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22(237).いとおかし

白む空に響き渡る(かね)打つ響き。

それは、僕がこの街を発つ前から鳴り響いている。

意志ある様に響く音を横に、頼りきれない刃を振るう。

繰り広げられる剣の舞に、手を止める女性、そして2人の観客の視線。


「芭紫様を紹介したのは、正解だったみたいだね。」


「瀬織、ありがと・・・でも、まだ届かないよ。」


僕は、彼女に視線を合わすことなく姿ない白い影を追う。

しかし、影は同じ動きを繰り返す。

その結果は、変ることなく剣閃と共に消えるのみ。

一連の鍛錬を、ため息と共に終える。

その時、タイミングを見計らったかの様に鉄の音は消えた。

瀬織は、汗を拭いながら工房へ足を向ける。


「ルシア、母さんに"火造り"が終わったって伝えてくれない?」


「うん、わかったよ。」

「福さん、調理場だよね?」


「そうだと思う・・・お願いね。」


僕はラスティを拾い上げ、母屋に足を向ける。

借り物の刀は、数カ月も腰に下げているというのに違和感が拭えなかった。



目に映る朝の調理場は戦場だ。

飛び交う声こそ柔らかいが、皆機敏に動く。


「アリシアさん、後ろ通るわよ。」

「・・あら、ルシアくん、料理運ぶの手伝ってくれる?」


福は僕を見つけ、有無を言わさずお盆を渡す。

僕は、ラスティを降ろし、彼女の指示に従った。

そして朝餉の準備が整うと、工房の者達に声が掛かる。

僕は、タイミングを見て、福に火造りの件を伝えた。


「あら、それはいいタイミングね。」

「フフッ・・・ルシアくん、明日の稽古はお預けよ。」

「明日は皆でお料理ね・・・忙しくなるわ。」


僕は、彼女の言葉に頷く。

そこに、割烹着姿のアリシアが現れる。

そして、冷たい手で僕の顔を包む。


「ルシア、おはよう。」

「一緒に居間へ行くか。」


「明日は、僕も手伝うよ。」


「そうか・・・では、服を用意しないとな・・フフッ。」


彼女は、相変わらずの笑顔だ。

僕は、その表情に違和感を感じた。

ラスティは、その表情を気に留めず、アリシアに飛び付く。


「ラスティ、食事にいくぞ。」

「今日は、お前の好きな焼き魚だ。」


「ウチ、焼き魚好きだけど・・・」

「アリシアみたいに綺麗に解せない・・」


そこには、少し悲しい表情がある。

アリシアは、口元を緩め彼女に声を掛ける。


「ラスティ、気にするな。」

「見た目など、感謝の気持ちさえあれば不要だ。」

「私は、笑顔で食べるお前が好きだぞ。」

「魚だって、嫌な気持ちはしていないはずだ。」


「でも、綺麗に食べたい・・・」


彼女はアリシアの胸に顔を埋める。

その頭を濡れた手で、撫でるアリシア。


「後で、一緒に練習しような。」


「うん、ウチ頑張る!」


ようやく、笑顔を取り戻すラスティ。

そこには、いつもの二人の姿があった。

僕は二人と共に、皆が待つ居間へ足を進めた。

その後ろを福は、何処か嬉しそうな表情で同じ様に進む。

僕はまだ、明日の惨状を想像することができなかった。



翌朝、それは起こった。

居間で着付けされる僕の姿に、吹き出す驍宗。


「ブハハハハッ、なんじゃ~、そん姿は・・・」


「いいじゃん。」

「フフッ、可愛いじゃんね~、アリシア。」

「・・・ほら、リボンも結んじゃお!」


「・・・ガハハハ!」

「ルシア、俺を笑わすっなじゃ!」


瀬織は明らかに悪乗りだが、着付けするアリシアは満足そうだ。

僕は、やや赤面しつつも、ため息しか出ない。

割烹着を着た女性陣に交じり、僕も調理場へ。

そこには男女が入交り、せわしなく作業を進める姿。


「アリシア・・・着物じゃなくてよかったじゃん。」

「何で着付けたの・・・?」


「どうせなら・・・なあ。」

「着物と割烹着は、イイだろ?」

「フフッ、お前も、良いといったではないか。」


「言ったけど・・・」

「アリシアを見て言っただけだよ・・」


僕は、眉を顰め、目を細める。

その先には、クスクスと笑うアリシアと瀬織。

二人の悪戯は、粛々と作業する彼らに笑顔と笑いを与えた。

そこに、気を引き締める様に吹くの声。


「皆さん、時間は無限じゃないわよ。」

「早く終わらせて、この後の楽しい時間を増やしましょ!」


「「「はい、奥方様!」」」


空に太陽が昇る頃、調理場は静けさを取り戻す。

それとは対照的に、母屋では慌しく動く人の波。

外を流れる風はまだ涼しい。

僕達は、軽い朝餉をとり、大量の荷物を持ち街を出た。

僕はアリシアと共に、尻尾を立て前を行くラスティをゆっくりと追う。

一行は、整地された山道を進む。

空は青く澄み渡り、春の風はいつに無く温かく、そして優しい。


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