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21(236).先達者

太陽の陽ざしは、徐々に温かく変わり、肌寒さも無くなっていた。

僕は、借りた部屋を掃除し、荷物をまとめる。

それは、免許皆伝になったわけでは到底ない。

ただ、自分の剣に自信を持てたからだ。

僕は、古ぼけた背嚢に、無理やり詰められた女性物の服詰め直す。

それは、何処からか盗んだようにも見えて正直辛い。

そう考えた時、アリシアの悪戯な笑みが脳裏にチラつく。

それはため息しか生まないが、それでも僕はその表情が好きだった。

準備を終え、僕は新たな師である芭紫に声を掛ける。


「芭紫様、準備は出来ましたか?」


彼女の部屋からは、盛大に何かが崩れる音がした。

そして、小さな悲鳴。

それは、僕の中ではデジャブではなく、よくあることだった。

その音に急ぎ駆けつける女性の門下生。

しかし、中からは、入室を禁止する声。


「手は不要・・ですわ・・・」

「私は・・大丈夫です・・わ・・」


声は、何かに遮られくぐもって聞こえる。

そして、何より彼女の声とは思えない程に起伏があった。

その事に急を感じる女性の門下生は。襖に手を掛ける。


「芭紫先生! 今参ります!」


「参らないでくださいまし!!」


それは、可笑しな光景だろう。

襖を挟み逆方向へ駆けられる力。

僕は、女生徒の肩を軽く叩き、首を左右に振る。


「先生は大丈夫だよ・・・」

「僕がここにいるから、君は自分の仕事に戻っていいよ。」


「しかし、芭紫姫様のお部屋が・・・・」


僕は若干の違和感を感じ、彼女を部屋から遠ざけた。

そして数刻の後、咳払いと共に現れた芭紫先生は姫に相応しい姿。

その姿は、男女問わず息を飲ませた。


「皆さん、練習はいつも通りしてくださいましね。」

「・・・それと、私のいない間、午後は自由にしてもかまいませんわ。」

「では参りましょうか、ルシアさん。」


僕は、届けられた文に従い、彼女を月山へと先導した。

それは、福さんからの提案だった。

内容はいたってシンプルで、まったく簡素な内容だ。


”お花見しましょ、ルシアくん”

”芭紫さんもいっしょにね。”

”あと、水羊羹買ってきてくれると嬉しいな。”

”人妻の福より♡”


何処か可笑しな文面だが、違和感はなかった。

その手紙を見たら、瀬織はきっとため息だろう。

僕は、彼女の書いた内容に従い、それを実行している。

文が届いた時は、芭紫は難色を示した。

しかし、発端が福であると伝えると彼女は顔色を変える。

そして、率先して準備を始めた。

ゆっくりと進む馬車には、僕と芭紫そして、門前を掃いていた少女だ。

彼女はお(かね)といい、道場一力がある。

その為か芭紫の荷物持ちをしている事が多い。

今回はその理由もあるだろう。

だが、二人の仲には何処か、僕達とラスティに通じる部分も感じられた。

馬車は北上し、いくつかの町を越え終着の村に止まる。

そして、そこからは登山へと変わっていく。

正面には月山の山々、そしてかすかに見える白い煙。

僕は目的地を見つけ、方向を見失わない様に山へと分け入った。

場違いの服装だが、必要最低限の行動に自由がある姿の芭紫は、汗1つ掻くことは無い。

僕は、道を切りひらく様に刀を振るう。

その光景に、口元を緩める芭紫。


「自然を相手にしても、勝てませんのよ。」

「お分かりですの、ルシアさん?」


彼女は、僕の横を涼しい表情で抜け、正面の藪へと進む。

そこには、不思議な光景が広がり、僕は目を疑った。

彼女の進む先の植物は、彼女を避けるのだ。

その進む道は、少し凍っている様にも見えた。

僕は、不本意ながら彼女の後に続く。

そして、その歩みは簡単に月山の街へとたどり着いた。


「変りませんわね・・・月山の街は。」


彼女は口をすぼめ、ゆっくりと息を吐く。

そして、街を見まわたす。

その表情は、どこか満足なように見えた。

しかし、それは買い物をする一人の姿で一変する。


「店長さん、この子も家に来たいって言ってますよ。」


「いやー、福さん。そんなに持ってかれたら、ウチが干上がっちまいますよ。」

「大根も・・これ以上まけられませんぜ・・・」


「んん~、でも来たそうよ。」


「誰か、阿傍様を呼んできてくれよ・・・」


八百屋の店主は、笑顔で野菜を眺める女性に頭を抱える。

その姿を目にした芭紫の表情は想像にかたくない。


「ルシアさん、先に進んでよろしいわよ。」

「・・・出来るだけ福様に関わらない様にしてくださいまし。」


僕は、苦笑いで彼女を引き連れ街を進む。

しかし、自由人とは、読んで字の如く何者にも縛られない。

僕の姿に気が付くと、店主に銅貨を支払い、こちらへと迫る。

僕の背では、いつもの芭紫の姿は無い。


「あらあら、ルシアくん、おかえりなさい。」

「ちょうどよかった・・・フフッ。」

「喜びなさい! 今日は、ブリ大根よ!!」

「さあ、持って持って。」


強制的に僕の重量は増えていく。

それは、何処かライザに通じる部分があるが何かが違う。

彼女は、僕の荷物を増やし終えると、満足そうな笑顔を湛える。

そして、後方でお金の後ろに隠れる芭紫を見つけた。


「あら! 芭紫じゃない。」

「懐かしいわね! どうしたのこんな山奥に来て?」


彼女の表情は、限りなく重く暗い。

だが、その表情を見て尚も、福は腐っても彼女の先達者だ。

死んだ目とため息程度では、福には通用しない。


「福様、貴方がお呼びになりましたのよ。」

「・・・昔みたいに。」


「あら・・・・そうだったわね。」

「フフッ、私も歳ね。」

「一緒に帰りましょ。」


そして視線の矛先は僕へ

屈託のない笑顔は、彼女の本意を霧に包む。


「さぁ行くわよ、ルシアくん。」


僕は理解した。

これはライザではなくアプサラスなんだと。

手を引かれる芭紫の表情は、無から苦笑いへと変わる。

その姿を眺めながら、季節外れのブリと、無用に思える程の荷物を僕は運ぶ。


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