19(234).愛穢土芭紫姫
僕達は月山を後にし、蓬莱の地を南下する。
月山から10日ほど経ち、大きな川が街の中央をはしる嵯峨に到着。
そこは、穣都と同じように活気があった。
ただ、大きな違いは巨大な太鼓橋がかけられている事だ
その橋の上には、様々な想いに耽る者達の姿。
そこには、笑顔で歩く男女の姿も勿論ある。
また、それとは対照的な者の姿も。
その者達を客とする飴売りという露天すらあった。
「私ゃ、飴売~り♪」
「太鼓叩いて、毎日まわる~♪」
「宇治川に通えば~♪」
澄み渡る空に通る声は、少し変わってはいるが、どこか懐かしい謡いまわし。
歌のリズムに合わせて、練り上げられる飴は様々な形を作る。
それは、猫や犬、鳥や魚、そして花や植物と様々。
小さな子供たちは、親にソレをねだる。
露天の店主は、カリスト(熊獣人)だが、アリシアの様に背が高く均整がとれた女性だ。
「はいはい、並びなよ。」
「順番だ・・・ダメだぞ、割り込みは。」
彼女は笑顔だが、口元のそれは、変になまめかしい。
そんな子供たちの列に、何処か常世染みた女性も並ぶ。
しかし彼女は、その容姿とは乖離する服装だった。
それは、日焼けた白い道着に袴。
そして、刀と盾を肩から担ぐ姿は戦士そのものだ。
「熊さん。私にも、おひとつ下さいな♪」
見上げる程の露天の亭主に注がれる笑みは、月光の様にどこか冷たい。
店主は、彼女の笑みにいつもの事の様に笑顔を返す。
「芭紫様、出稽古の帰りですか?」
「また、門下生にどやされますよ・・・はい銅貨1枚です。」
芭柴様と呼ばれた女性は、銅貨を払い飴細工を受け取る。
そして、店主に礼を言い橋を渡っていった。
僕達は、彼女達のやり取りに目を奪われ呆然と端に立ち尽くしている。
それは、飴屋の目に留まり、商売は続いた。
「あら、娘さん達、飴細工買ってかない?」
「甘くておいしいわよ~!」
その言葉に、僕の眉は尻下がりになる。
その姿とは裏腹に、3人の女性は興味を示す。
「甘い・・だと・・・」
「なぁ、ルシア。 甘いと言っているぞ!」
「・・・はい、銅貨3枚ね。」
子供の様に銅貨を握りしめ、店に掛け寄る3人の女性。
僕は、現実を忘れる様に川の流れに視線を落とす。
彼女達が戻り、僕は彼女たちの手を引き宿を探した。
川がはしる街の朝は清々しく感じるが、住民の感覚とはかけ離れるのだろうか。
僕は、白む街並みを眺めながら、宿の庭へと降りる。
そして、手になじまない独特な形状の打刀で鍛錬。
そこには、いつもの影は見当たらない。
心が欠けた様に感じる中、僕は剣を振る。
少し乱れた樋鳴りは、先駆者を呼び寄せた。
「乱れておりますのね、女剣士さん?」
「・・・ハハッ、使い慣れた物じゃないんですよ。」
垣根から、ちょこんと見える顔の一部は顎を少しだけ空に向けている。
彼女は、垣根にしがみつく手を離し、一瞬姿を消し庭へ入って来た。
その姿は、声色と一致する華やかな和服。
彼女は、僕と変わらない視線の高さで話を続けた。
「お節介かもしれませんが、樋鳴りがブレておりましたので。」
「お悩みがあれば、お聞き致しますわよ?」
彼女の笑顔は、どこか冷たく感じる。
しかし、発せられる言葉はその感覚と真逆。
僕は、刀を鞘に納め、宿の縁側へと腰掛ける。
「僕の技量が足りなくて・・・大切な剣を折ってしまったんです。」
「・・・僕がもっとしっかりしていれば・・きっと・・・」
「・・・すいません、初めて会う人にこんな話。」
彼女は、爽やかな笑みを浮かべ、僕の横に腰かける。
そして、優しく声をなげた。
「フフッ、お悔むことは、成長を望む証拠ですのよ。」
「貴方の太刀筋は、誠実で実直。」
「だた、今は心がお寂しそう・・・」
「構えは、あの方の剣技に似ておりますわね・・・」
「だた、右手がお寂しそう・・・」
「日が西に入りましたら、愛穢土の道場へいらっしゃい。」
「貴方のお悔みを、はらせるやもしれませんわ。」
彼女は腰を上げ、軽く叩き皺を伸ばす。
そして、軽く会釈し庭から去っていく。
僕は、ため息と共に部屋へと帰った。
昼餉を終え、僕達は、愛穢土の道場を目指す。
そこは、阿傍の屋敷の様な門構え。
中からは、男女入り混じり、気合のある掛け声が響き渡る。
僕は、門前を掃く少女に声を掛けた。
「あの、ここの方だと思うんだけど・・」
「道場においでって招かれたんだ、入ってもいいかな?」
「浮船っていう宿の庭であったんだけど、わかるかな?」
「・・・ちょっとまっててくださいね。」
「はしさまにきいてきます。」
箒を引きずりながら、くぐり戸に消えていく少女。
少し待つと、彼女は戻ってくる。
「はしさまが、おいでって。」
「アタシについてきて!」
彼女は僕の手を引き、先ほど箒で出来たであろう跡を辿る。
その先には、館とは渡り廊下で繋がれた立派な建物。
そして、先ほどからの掛け声が大きくなっていく。
「あそこのきれーな人が、はしさまだよ。」
「あたしは、はきそーじがあるから行くね。」
彼女は言葉を残し、門の方へと帰っていく。
道場の中では、十数人の門下生が木刀を振る。
僕は、一糸乱れぬ動きに目を奪われた。
「君ですか・・・」
「皆さん、今日は、お終いに致しましょう。」
「「はい、先生!」」
「「「ありがとうございました!!」」」
「はい、皆さん、おつかれさまですわ。」
そこには、太鼓橋の上で飴を買っていた女性の姿があった。




