18(233).高みを目指して
賑やかな朝餉を終え、一部の職人たちは食器を片付ける。
その波に僕も交じった。
初めて立つ阿傍宅の調理場は広い。
布を頭に巻くゴツイ職人達からは、様々な会話が聞こえた。
「師匠と若・・ありゃ本気だな。」
「久々に見たよ、二人の駆け合い。」
「幻魔なんだろ素材・・・」
「らしいな、ありゃ2か月で出来りゃいい方だな。」
「・・・しかし、刀が使い手を認めりゃいいが・・」
「まぁ、若が認めたんだから大丈夫じゃねえかな。」
数人の鍛冶師は、食器を洗いながら会話する。
その会話は、知ってか知らずか、僕の精神をじわじわと蝕む。
しかし、それは董巌の言葉から予想はしていた。
彼らの言う幻魔とは、この世界に存在する最上位の鉱石だ。
書物には、持ち主を選ぶと記載されてはいるが、意味は分からなかった。
その知識は、アリシアも変わらない。
幻魔とは、それだけ希少で加工品すら出回らないものなのだ。
そんな会話を止める様に瀬織が声を挟む。
「あんまり、他人を話題にしちゃ良くないよ。」
「本人だって望んでその場にいる訳じゃない事だってあるんだからさ。」
「瀬織ちゃん・・そうだよな。」
「俺達だって、陰で話されて気持ちがいい事なんでねぇもんな。」
「噂の少年は見ねえけど・・・嬢ちゃん、少年は大丈夫か?」
不意に声を掛けられた僕は頭が痛い。
その姿に、含み笑いする瀬織。
不思議な空気が調理場を包む。
「僕・・・その少年です。」
「・・・すまねぇ嬢ちゃん、女の子だったのか。」
「・・いや、僕、男です・・・・」
「・・・またまた・・・なぁ瀬織ちゃん。」
言葉を振られた瀬織は、盛大に吹き出す。
そして、真実は笑いへと変わりつつ、片付けは終わった。
僕は、もやもやしながらも、調理場を瀬織達と共に後にする。
職人たちは工房へ、僕はアリシア達が待つ居間へと足を向けた。
そこは、呀慶と藻が仕事の話をしている。
一方、縁側ではアリシアと兎月がラスティをじゃらしていた。
瀬織は、明るい表情で呀慶の隣に座る。
そして、二人の話に聴き入っていた。
僕は、アリシアの元へ。
「ルシア、おつかれさま!」
ラスティが僕の胸の飛び込む。
じゃらす二人は、少し不満気だ。
「・・ラスティ、いいの。」
「いっぱい遊んでもらってるよ。」
「フフッ。」
僕は、ラスティをアリシアの腕に預ける。
そして、アリシアの隣へ座った。
彼女は視線を太陽へ向け、僕に声を掛ける。
「こういうのも悪くないな。」
「そうだね、だんだん温かくなってきたしね。」
「そうだな、風景にも色が増えてきた。」
「この国の木には、綺麗な花が咲くな。」
「ルシア、あの赤い花は梅の花というらしい。」
「あの酸っぱいヤツの?」
「そうらしいな、疲れが取れていいぞ。」
「ほら、食べてみろ・・・フフフッ。」
彼女は悪戯な笑顔で、悪戯をする。
不意に放り込まれた梅干しに、僕は悶えた。
その表情に彼女は優しく笑う。
そして、ラスティへ注意する。
「ラスティ、梅はダメだぞ。」
「お前の体には良くないからな。」
「ウチ・・ルシアみたいになりたくない。」
「フフッ、そうだな。」
ゆっくりとした時間は、その光景を見る兎月の心も癒していく。
最近の彼女は、アリシアと呀慶、そして藻の弟子になっている。
彼女の才能は魔力にあり、適正属性も本人が理解していた。
その為か、才能を開花させつつある。
とは言え、土の単属性の一般的な魔術師としての才だ。
それでも、昔より笑顔は自然と増えていた。
そんな視線は、彼女から意外な言葉を投げさせる。
「ルシアって、盾も使うんだね。」
「アリシアさんから聞いた時、びっくりしたよ。」
僕は、その言葉に首をかしげる。
そこへ、呀慶の言葉も飛んできた。
「ルシアよ、そろそろ盾も新調してはどうだ?」
「あれでは、バランスが悪い。」
「魔剣を防ぐことは出来まいよ?」
「う~ん・・・でも、魔鉱石の盾でも斬られたよ・・・」
「結構値も張ったのに・・・」
僕の脳裏にゲルギオスの脂っこい笑顔が過る。
それは、無意識にため息へと変わった。
その姿に、含み笑いをする瀬織。
彼女は、僕に視線を送り言葉を飛ばす。
「そういえばルシアの盾術って、吸血鬼達の盾術に似てるよな。」
「師は、吸血鬼かドワーフか?」
僕は、一瞬首をかしげるが、天羅の闘技場を思い出す。
少しの間を置いて言葉の意味を理解したが、返答は彼女を悩ませた。
「僕の盾の使い方は、盾術なんて大そうなもんじゃないよ。」
「だって、基本をルーファスって友人に教えてもらっただけだし。」
「基本って、そのルーファスは?」
「ヒューマンだよ・・・確か、驍宗さんと戦った事があったと思う。」
「・・・フフッ、魔王って言ってたよ。」
「フッ、アハハハハッ!」
「糞兄貴が、魔王って・・・ハッハッハッハ。」
彼女は、瞳の隅に涙を浮かべ表情を明るくし笑う。
それは伝染し、藻や呀慶へと伝わる。
藻は口を隠し俯き笑い、呀慶は豪快に声を上げ笑う。
其々がその見た目通りの笑い方をし、話した僕にも伝染した。
当事者がいない空間で評価の上下が分からない会話。
それがひと段落し、瀬織は笑顔で涙を浮かべたまま会話を続けた。
「だったら、盾は我流ってことだよね。」
「時間があるし、愛穢土様の所にでも行ってみたら?」
「愛穢土様って?」
僕は、笑顔で呀慶に寄り添う瀬織に視線を送る。
彼女は、そのままの姿で僕の質問に答えを返す。
「そうだよね・・・愛穢土様は、西で言うヴァンパイア、こちらでは吸血鬼族かな。」
「彼女は、刀と盾を使う独特な流派の現当主ね。」
「・・そういえば・・・彼女の所には、女として行った方がいいかも・・・」
「彼女、嫉妬深いから、君とアリシアの姿に癇癪起こすと大変だしね。」
「ねっ、アリシア。」
いまだ、日向ぼっこのアリシアは、不意な言葉に眠気を失う。
膝を温めるラスティを撫でながら彼女は、うつろな表情で会話に入る。
「そうだな・・・今回もルシアちゃんで行こうか。フフッ。」
僕のため息は、居間の笑いにかき消され、孤独感をだけを残す。
庭に列を作る小さな昆虫の勤勉な姿だけが、僕の心に癒しを与えた。




