17(232).鉄花火
朝の陽ざしが優しくなり始めた。
山から下る風は、まだ少しだけ肌を刺す。
焔が落ちないたたら場の横で、2つの樋鳴りが鍛冶師達に活力を与える。
僕は、円を描き足取りを確認する。
一方は、基本を確認する様に丁寧に動く。
その姿を見つめる2人の獣人。
「ラスティちゃんは、眠そうでありんすね。」
「ウチは、監視してるの・・眠くないもん。」
僕は、隣で鳴る樋鳴りに聴き入ることがしばし。
ある時、その姿にアリシアは眉を顰める事があった。
しかし、その価値がないと感じると彼女は、いつもの眠り姫と化す。
それでもと、ラスティが監視を始めていた。
隣の樋鳴りは、一通りの型を終えると深い呼吸と共に静かになる。
そして、樋鳴りは視線へと変わった。
「ルシア、たまには組み打ちなんてどうかな?」
「私は、糞兄貴みたいに無茶はしないよ。」
「・・・うん、お願いしようかな。」
僕は、円を描くことを止め、対する白影に頭を下げる。
そして、瀬織と向き合い頭を下げた。
互いが視線を合わせると、空気は変わる。
「天羅の時より、澄んだ空気だね。」
「私は嫌いじゃないよ。」
「瀬織、ダメ!」
「ウチが見てるんだからね。」
「ハハハッ、そんなんじゃないよ。」
「じゃあ行くよ・・・ルシア!」
彼女は、刃の落された練習用の打刀を抜刀。
その動作は、洗練され美しい。
僕は、それに合わせて同じように刃の無いレイピアを構える。
彼女は、すり足でジワジワと距離を詰める。
僕は、自身の間合いを確認する様に円を描き距離を詰めた。
そこには、工房で二人の鍛冶師が奏でる槌の音で、距離を詰める音など聞こえない。
ピリピリとした空気は、一つの音で堰を切る。
「あら、可愛い音でありんすね。」
「そろそろ朝餉のお時間でありんすものね、フフッ」
その小さなお腹の音で僕は動く。
円運動が加速する姿に、笑顔を溢す鬼娘。
彼女の刃は鞘に収まる。
そして、体勢は少しづつ沈む。
「攻めに転じるなんて、どんな心変わりかな?」
「・・・」
「親は子に似るってことかな・・・朝餉は、まだだよ!」
収まっていた刃は、走る刃を袈裟切りに払いのける。
僕は、空へ払われた刃の軌道を、脇を閉め腕を回し強引に戻す。
剣先は未だに瀬織をとらえたままだ。
袈裟切りから止まることのない剣閃は、上段から下段へと振り下ろされる。
僕は、その流れには逆らわない。
しかし、いなして尚、次撃に向け体勢を沈める瀬織。
「ハハッ、魔術師ってのは、本当らしいね。」
辛うじて、僕の後ろに流れる瀬織の剣閃。
僕は、腕を回し円を描く様にレイピアで払う。
それは、瞬時に軌道を変えた瀬織の剣閃とかち合い熱量を高めた。
「綺麗な花火でありんすね・・・」
「藻って不思議・・・」
遠巻きから聞こえる会話は、この場に似つかわしくはない。
それ程の空気感の差が存在する。
瀬織は口元を緩め、ぶつかり合う刃に手を沿える。
そして強引に体ごと押し込む。
「剣技ってのは、最後は自由なんだよ!」
圧倒的な重量で僕は押し飛ばされる。
それでも、距離が大勢を整える時間を与えた。
「・・・すごいね、瀬織は。」
「月山に来てから相手に勝てるイメージが持てないよ。」
僕は笑顔を返し、再び剣を構えた。
その姿に瀬織は、構えを解く。
「ねぇ、ルシア。」
「あんた、利き腕遊ばせ過ぎじゃない?」
僕は、彼女の指摘に苦笑いを返す。
そして、ラスティに声を掛ける。
「ラスティ、足元のソレ貸してくれる?」
ラスティは、一瞬周囲を確認。
そして、脚の下で敷物代わりになっている盾に視線を落とす。
「あらあら。」
「・・・ウチは、温めてたの・・・」
僕は、彼女の元へ行き盾を拾い上げる。
そしてラスティへ声を掛ける。
「ごめんね、少し貸して。」
「ルシアのだよ?」
「お尻汚れちゃうもんね。」
「使ってくれる人がいるなら、それに越したことは無いよ」
「うん、ルシア頑張ってね。」
僕は、彼女の笑顔に、同じように返す。
そして、笑顔を向ける瀬織の元えと戻る。
「もう一本お願いします。」
「いい面構えだよ。」
お互いの刃は交わり、盾は打撃武器として鬼娘を襲う。
しかし、それは素手で止められ、衝撃だけを空間に残す。
繰り返される攻防は、昼下がりの陽ざしの様な声に終止符を打たれた。
「ご飯ができましたよ~。」
福の姿が母屋から庭へ。
そして、視線を止めることなく工房へと消えていく。
「あなた~、驍ちゃん、落ち着いたら食べに来てね。」
言葉だけ残し彼女は来た道を戻る。
そして、入れ替わる様にアリシアの姿。
「ルシア、朝餉だぞ。」
「・・私も手伝ったんだ。」
「この国の料理も奥深いな。」
そこには、予想外に整った姿のアリシア。
僕は、自然と笑顔がこぼれた。
その姿に瀬織は、刃を収め構えを解く。
「ルシア、終わりにしようか。」
「朝から焼けるね、お二人さん。フフフッ。」
「藻、いくよ。」
「それでは、失礼しんす。」
「ルシアさん、綺麗な花火・・ありがとうござりんす。」
藻は、先を行く瀬織に付き従い、母屋へと消えていく。
その言葉に、首をかしげるアリシアは、ラスティに視線を送る。
「ルシアの剣とね、瀬織のがぶつかってキラキラしてたよ。」
「・・・あぁ、火花のことか。」
「風流な御仁だな。」
「さぁ、私たちも行こう。」
工房から鳴り響く打撃音が止み、数人の鍛冶師達が母屋へと流れていく。
彼らの肌は、炉の熱で焼け焦げ、くすんだ様に浅黒い。
しかし、そこには彼らの仕事への情熱が感じられた。
ぶつかり合う金属から飛び散る火花によって焦げ付いた肌は、見た目以上に美しい。
それは、藻の言う"花火"に魅入られた者達の勲章にも思えた。




