16(231).刃の記憶
空を飛ぶ事が自然だった。
しかし、男はそれを狩り、姿を変える。
それは、錬成された魔鋼よりも固く粘りを持つ物へと。
男は、ドワーフ達が掘り上げた大隧道を巫女と越える。
彼ら二人の前には、少し小さな崖が道を阻む。
「宇受愛、手をかしてみやんせ。」
「龍陰様、ありがとうござりんす。」
そこには、仲間以上の雰囲気が立ち込めていた。
男は、月山の次期族長、女は蓬莱の巫女で吸血鬼。
彼らは、女媧の依頼で西へと旅をしている。
大山脈を抜け、魔法王国アルカディアへと入った。
そこは内戦が起き、同種族でも罵り合い殺し合う場所。
二人の表情は重い。
「龍陰様、南へ行ってみんしょう。」
「そうじゃな・・・気候は、人ん心を大らかにすっでな。」
二人は、馬車に乗り港へ、そして船に乗り島へ渡る。
そこは、猫や犬、そして狼たちが生活をする国スキュレイア。
彼は、一人のフェンリス族を思い出す。
「あそこん少年は、小め時の呀慶に似ちょっな。」
「あら、ほんざんすね。」
彼らは、街をめぐり、世界を回る。
時に旧知の巨人の家を訪れ、時に天淵の弟子の国で現状を調査する。
彼らは、時間と共に悪化する西の国に落胆した。
「アルカディア王、魔法とは無限の力ではありんせんよ。」
「やかましい!」
「貴様の様なドワーフごときが我に意をの唱えるな!」
「衛兵、この者共を城より追い出せ!!」
侍と巫女は、幾度目かの謁見の後、王都にて賞金がかけられた。
彼らは、数カ月の間スキュレイアへと身を隠す。
その時に、男は鍛冶場を借り、二振りの剣を拵えた。
それは、大山脈で狩り取られたヴィーヴルが姿を変えた物。
その一対の剣は、互いを想う番いの様に美しい。
「宇受愛、こんた君が持っちょってくれ。」
「ヴィーヴルは、持ち主を守っちゅうでな。」
「フフッ、依頼が終われば夫婦になれんすかね。」
「そんたよかね。改めて申し込んど・・・げんねかね。」
二人は、笑い合い、その夫婦の剣をお互いの腰に差す。
二人は、時を伺いながら島民と共に過ごす日々。
島民と過ごすうちに彼らの人柄は認められ、リヒター王を動かし供を得た。
「龍陰様、宇受愛様、カール・フォンランドと申します。」
「可愛い猫さんでありんすね。」
旅先で仲間を増やす龍陰達は、賢者と対峙し言葉を交わす。
それは拳を交わし、魔力のぶつかり合いだった。
「貴様が勇者と祭り上げられた鬼か・・・」
「戦いたくはないが、これも定め・・・私が死ねば家族が路頭に迷う。」
「・・・すまんが死んでくれ!」
迷いが生んだ魔力は炸裂するも、鬼は容易く切り払う。
そして後方からは、巫女の魔力が賢者を襲う。
殺意などは大してない。
巫女は賢者に向けて声を投げつける。
「話ができるなら、主さんの身は保証しんす。」
「魔力を放ちながら言う事か!!」
賢者の魔力は巨大な炎へと変わり、視界に映る世界を焼き払う。
しかし、それを包む様に広がる巫女の水泡。
それは、温度差を生み爆発へと変わる。
そんな世界に怯むも、宇受愛の前に立ち、彼女を守る白い猫。
その後方の岩陰に隠れるヒューマンの剣士と魔法使い。
その瞬間、賢者は違和感を感じた。
遠くに居たはずの鬼が、本のページでも抜けたかのように目の前に居る。
その上、不思議な訛りで説得とも思えない説得。
しかし、その体捌きに伺える実力は圧倒的。
彼の手は、賢者の口を塞ぐ。
「話がでくっなら聞け!」
「問題は愚王じゃなか。そん後ろにおっ者じゃ!」
「グモグモ・・プハァ・・・」
「口をふさぐな愚か者、しゃべれないではないか!」
「話は聞く・・・私の負けだ。」
それは、後に謳われる英雄譚程美しいモノではない。
しかし、詩歌と違い奇跡的に無血だった。
その結果、賢者を得た龍陰達。
だた、彼らの裏では、ヒューマンの二人が暗躍した。
数だけは最大勢力のヒューマンは、団結し彼らを持ち上げる。
そこに、真実などない。
時は進み、止まる事のないうねりと変わり、大きな戦が起こる。
それは、一人の術士の想いを利用した上司のたくらみだったはず。
しかし、その真実は術士の陰謀、上司は利用され王を動かす。
そして王は、国を動かした。
だが、賢者を得た組織は、内情を知り弱点を突く。
個の強さなど比較にならない種族差を数が覆す。
国は滅び、そこには、行き場の無い魂が満ちる。
そして一人の術士が、己の欲望の為に神を呼ぶ。
そこでは、一人の女性を依り代に神が顕現。
しかし、想定通りではなかった。
術士は、依り代をののしる。
「・・・貴様、王女ではないな。」
「クソが! あの糞女、侍女にこんな魔導具を持たせやがって・・・」
「違うわ・・私が借りただけよ!」
「これが私の役目・・・姫様・・・お元気で・・・」
術士は、侍女の付けたネックレスを破壊する。
そこに現れたのは、想像通り王女ではない。
しかし、儀式は止める事など出来るはずも無いのだ。
依り代の意識が奪われ、雰囲気が変わる。
「・・・ソラス。 何なのだ、この依り代は・・・」
「知るか、糞女神・・・」
そこに龍陰たちは駆けつける。
彼らは、陣形をとり、術士を討つために動く。
「間に合わんやったか・・・」
「仕方なか、依り代を討つど!」
激戦の末、巫女はその身に神を封じ込める。
そして彼女は、白猫に声を掛けた。
「カール、こなたの剣で龍陰様を守ってくんなまし・・・」
「宇受愛様・・・貴方の想いは、この命の代えても・・・」
白猫の涙ながらの言葉に、笑顔を返す宇受愛は彼に剣を託す。
そして視線を、龍陰へと移す。
「殺っておくなんし・・・」
「何時までも・・お慕いしておりんす・・・龍陰」
「主と夫婦になりたかった・・・」
龍陰は、眉を顰め唇を噛む。
その姿に、涙を流す宇受愛は言葉を続ける。
「龍陰、早く・・・」
「いつ邪神に意識を奪われるか分かりんせん。」
「わっちを変わり果てた姿にしないでくんなまし。」
「主を想う姿のまんまで行かせてくんなまし ・・・」
龍陰は、唇から血を流しつつも涙を拭う。
そして従者の猫に想いを託す。
「カール、すまん・・・」
「後は、おまんに任せっ。」
男は言葉を残し、刀を天高く放り上げる。
そして、跪き祈りを捧げる巫女を抱きしめた。
「宇受愛・・・君を一人にはせんど。」
「夫婦には、なれんなかどん、ずっと一緒やっど・・・」
そして、刃は二人を貫いた。
その姿は、魔力だまりを吸い込み、一本の巨木へと変わっていく。
「うううっ・・龍陰様・・・宇受愛様・・」
猫は、地に膝を落とし項垂れる。
一方で、その姿を見捨て二人のヒューマンは国へ凱旋。
そして、王となり王妃となった。
一方猫は、託された想いを胸に大国となったヒューマンの国の抑止力となる。
そして一振りの剣を家宝としスキュレイアに仕え、時は過ぎた。
時は進み、幾代も変わるフォンランド当主。
そして美しい剣は、一人の白猫の女性の手に託された。
「ミーシャ、これは貴方を守る剣よ。」
「きっと、あなたの想いを守るわ。」
「お母様・・・ありがとうございます。」
「体には気を付けてね。」
「ルシアさんと仲良くするのよ。」
「はい。お母様・・・」
そして、その剣は一人の男へと渡り、彼女の想い人を守った。
レイピアの柄は、風に遊ばれ転がる。
それを、鬼の女性は受け止めた。
「ちょっと、糞兄貴。」
「預かり物なんだから、大事に扱いなさいよ!」
「そんた悪かことをしたじゃ・・・」
「あいがとな、瀬織。」
「こん剣には、色々な想いが詰まっちょってな。」
「手が止まらんのじゃ・・・なぁ親父。」
瀬織は、剣柄を箱に納め、真剣に槌を振るう二人の姿を残し工房を後にする。
庭では、早朝から剣を振るう少年の姿。
そこには、誠実で実直な男の姿があった。




