13(228).相性
板張りの床を2人の足音が響く。
その手にはお盆が乗り、餡子とクリームが彩りを加える抹茶車厘。
硝子の器が季節外れの涼しさを演出する。
瀬織は、どっかり座る驍宗を足で軽くどかし、指示を出す。
「おい、机開けろよ・・・クリームの奴持ってきたからさ。」
「そんた、うれしかね!」
驍宗は、そそくさと空の茶碗を片付ける。
そして、誰に言われるまでも無く冷茶を配っていく。
それを見つめる福は、何処か嬉しそうだ。
「あらあら、驍ちゃんも・・・兄妹仲良くして偉いわね。」
瀬織は少しだけ眉を顰めるが、ため息と共に表情を戻す。
そして、笑顔で驍宗と呀慶の間に座った。
「呀慶、暑いから少し寄ってよ。」
「うむ。 しかし、ここに入らずとも・・」
「いじゃない・・・この座布団、私のだから。」
「そう・・なのか。 では、退くとしようか。」
「寄るだけでいいよ・・・もう、朴念仁・・」
瀬織からのため息は消えない。
その姿を温かい目で眺める福と藻。
僕達4人は借りてきた猫だ。
目の前に置かれた、甘味と冷茶。
それは、3人の女性から緊張の糸を解していく。
「ん・・う、美味しいな。」
「奥方、これは何という甘味だ?」
解き放たれた、我が姫はその感情に動かされた。
それでも、彼女の理性が、その獣を押さえつける。
「フフッ、奥方なんて。久々に聞いたわ・・・」
「お姫様にでもなったみたいね・・・ねぇ藻ちゃん。」
「フフッ、福様は、お姫様でありんすよ。」
その花畑な空間に、若干の苦笑いを浮かべるアリシア。
しかし、その空気にすら彼女は怯まない。
本来の目的を残し、新たな目的へと邁進する。
「それで奥方、この甘味は?」
「抹茶車厘って言うのよ。」
「・・・じゃあね、ママが作り方を教えてあげるわね。」
アリシアの瞳は輝く。
そして、その瞳は僕へと流れる。
「いいよ。ラスティも連れてってあげて。」
「・・すまないな。」
そして女達は瀬織を除き、調理場えて消えていく。
居間に残ったのは、ゴツイ男達と一人の鬼娘、そして僕だ。
上座に座る阿傍は、咳払いし、場を戻そうとする。
しかし、調理場からは明るい声、そして黄色い奇声。
「・・・なんだ、すまんな御客人。」
「いえ。こちらこそ、すいません。」
妙な連帯感の生まれた居間で、瀬織はため息をつく。
彼女は、冷茶を一口飲み父親の背を押す様に話を動かす。
「で、オヤジは何処まで話したんだよ?」
「そうだな・・・御客人、神の顕現については判ったか?」
「はい。現状では、起こらないことは判りました。」
「でも、どこか落ちつかないんです・・・」
僕は不安ではあるが、その理由をうまく伝える事ができなかった。
そこに驍宗は、言葉を投下する。
「人では神は呼べんし、戦も終わったじゃろ。」
「確かに、宝玉はおっ盗られたが、解放は出来ん。」
「のぉ、呀慶?」
「そうだな、どう使うにしろヒューマンには無理であろう。」
「両国の女帝もそれには同意見だ。」
僕は、彼らの言葉に少しだけ気が楽になった。
しかし、気持ちが落ちつか無い事は変わらない。
その表情に眉を顰める阿傍。
「娘、お主の見てきた事に、その心があるのか?」
「・・かもしれません・・あの、僕は男です。」
「そうか、すまないな。世俗に疎くて・・・」
「我が子も、あのように派手だ。 時代は変わるのだな・・」
「まぁ・・・お主の引っ掛かりを教えてみろ。」
「解消できるやもしれんぞ。」
僕は、表情を緩ます阿傍の言葉に頷く。
そして、少し悩みゆっくりとだが、感覚を言葉に変えていく。
「・・・西で出会った魔術師に違和感を感じているんです。」
何処か、人間味のある表情の阿傍は、元の表情に戻る。
そして、眉を顰め、僕の言葉に耳を傾けた。
「以前に、ある教団と戦ったんです。」
「その時、詠唱無しで強力な魔力の炎を生み出す魔術師にあったんです。」
「それから、その後その魔術師に従う魔人。」
「死者の記憶を持つ青い血を持つドワーフ。」
「そして、魔人の骨から生まれた巨大な骨の魔人。」
「どれも、英雄譚の様に現実離れした存在でした。」
「・・・もしかしたら、他にもあったかもしれません。」
「僕は、あなた方の様な世界に関わる人間じゃないんです・・・」
僕は、繋がりのない言葉を並べ、自分を落ちすかせる事しかできなかった。
そんな、言葉の羅列を3人は腕を組み真剣に聴き入る。
そして、瀬織が声を上げた。
「あっ、アイツの事か・・・確かにいたね青い血のドワーフ。」
「ほぅ、瀬織も一つは見たのか・・・」
「私も、空に浮く魔術師を西の戦で見たな。」
「もしも、ルシアの言う事が、全て一人に集約するのなら・・・」
空気は重く、ため息が漏れる。
それを一息に吹き飛ばす様に驍宗が吠えた。
そして、その勢いのまま抹茶車厘を掻っ込む。
「あーー! 糖分が足らん!!」
「少しは大事に食えよ・・・」
妹の嫌味など、どこ吹く風。
彼は甘味を食べ終えると、冷茶を流し込む。
そして、腕を組み目を瞑る。
「おい、驍宗。 そのまま寝るなよ・・急な糖分は眠くなるからな。」
「・・・して、ルシアよ。」
「仮に、全てがお主のオヤジにかかわる事ならば・・・」
「それは、ヒューマンでは叶わぬことだ。」
「お主も、崑崙で見たであろ?」
「仙と呼ばれる程に魔力を高めた者ですら浮遊は望めん・・」
「詠唱無しで、お主を怯ませる炎など出来んこと。」
「それは、術士のお主なら、判らんことでは無かろう?」
「それは・・・」
僕は呀慶の言葉に俯き、その言葉にある真実に唇を噛む。
しかし、頭と心は結び付かないことがある。
そんな表情に瀬織は、優しく声を掛けた。
「現実なんて、意外と簡単な事で成り立っるんじゃないかな。」
「悩めば何処までだって悩めちゃうよ。」
「アタシだって家族には迷惑しているもん・・・ねぇ糞兄貴。」
瀬織の視線は、腕を組み目を瞑る鬼へと飛ぶ。
しかし、視線はぶつかるのみ。
返る事のない返答に、彼女のため息は続く。
それを知ってか阿傍は、僕へ声を掛ける。
「御客人、では、お主の最悪を終わらせる方法を考えようか。」
少し肌寒い風は、戸口に吊るされた風鈴を優しく叩く。
それは、優しいようで何処かななしい音だった。




