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12(227).顕現

重苦しい空気は、室内に入りさらに増す。

まだ肌寒さが残る居間は、庭からそよぐ風が場違いな風鈴の音が際立てた。

目を合わせない家主と、その長男は、意外にも隣り合わせに座る。

その姿にため息を吐く瀬織は、何処か嬉しそうだ。

その空気を換えたのは、瀬織から活発さを消した少し年上の女性だ。


「あらあら、もう戻ってきたのね。」

「フフッ・・・ちょっとお茶碗足りないみたいね。」

「瀬織、持って来て頂戴。 ママ、足が疲れちゃった。」


「もう、座ってから言うのズルくない?」

「・・・他は何が足りないの?」


「そうね・・・お抹茶の車厘(ゼリー)があったわね。」

「アレ美味しかったわ。」


1人だけ花畑にでもいるような柔らかい空気の女性は終始笑顔。

自身の行動を変えることのない姿勢は、驍宗に通じる部分があった。

彼女から発せられる優しい声は、次第に鬼二人の空気を和らげる。


「瀬織、あれを作ってくれや。」

「クリームと餡子ん奴。」


「はぁ? 自分で作れよ!」


瀬織は、驍宗の言葉に拒否するも、彼には援軍がいた。

それは、阿傍の横にある花畑だ。

彼女は、瀬織に視線を投げ、綺麗な巾着から1枚の銀貨を渡す。


「瀬織ちゃん上手だし、ママもアレ好きよ。」

「お友達も喜ぶわぁ・・・ねぇ、藻ちゃん。」


「あっちは・・・あい。」


笑顔は時として、睨みを凌ぐ。

その圧は、隣に控える家主さえも怯ませた。

ため息交じりに茶を出し、遣いに走る瀬織。

居間では、笑顔で茶を啜る彼女の母親。


「ほら、あなた・・・お客様とお話は?」


「・・お、おお。」

「では、始めようか。」


完全に棘を抜かれた阿傍。

だが、威厳だけは、かろうじて残っていた。

彼は僕達に視線を送り、ゆっくりと話を始める。


「主らが、西から来た連中で良いな?」


その問いに、僕とアリシア、そしてちょこんと肩掛けから顔を覗かせる淑女は頷く。

その小さな猫に阿傍の妻は、笑顔を送る。


「あら、可愛い。」

「貴方はミルクの方がいいかしら?」


「おい、話を止めるな、福。」


彼女の質問にラスティは首を振る。

そして、肩掛けから出て、アリシアの脚の上に座った。


「ウチは、お茶好き。」


「あぁ、コイツは、これで大丈夫だ。」

「話を続けてくれ、阿傍殿。」


アリシアは、阿傍の表情が闇に落ちる前に場を収拾させる。

流石に、この二人のぶつかり合いなど見たくはない。

阿傍は咳払いをし、本題へと入って行く。


「では、神の顕現と、阻止について話せばよいな?」


「はい、お願いします。」


僕は、居住まいを正し、話に注視した。

それは、アリシアやラスティも同様だ。

彼はその姿を確認すると、その視線を天井へと流す。


「まずは、神の顕現について話そう。」

「お主らは、邪神戦争と呼ばれる英雄譚は知っておろうな?」


「はい、古代魔法王国戦争後期の話ですよね?」


僕は、彼の質問に言葉を返す。

その隣でアリシアは、何処か暗い表所を浮かべている。

彼は、その姿に眉を顰めるも直ぐに表情を戻し話を続けた。


「・・・お主らの知る邪神の顕現を阻止した話だな。」

「あの復活の発端は魔法王国戦争だろう。」

「アレだけの業が渦巻き、魂が満ちれば、常世に繋がりやすくなる。」


「常世ですか?」


彼は、僕の質問に表情を変えず返答する。

そこに感情など何も内容のも思えた。


「常世とは、神の世界とこの世界との間の空間だ。」

「そこは、一つの意思に帰る前の魂があると言われている。」

「一つの意思に戻った魂は、また幾星霜か先に生まれ変わると言われていたな・・」

「儂も、この目で見たことは無い故、それ以上は知らん。」


「その空間と神の顕現に何の関係が?」


僕は、急かす様に彼に問いを投げる。

それを窘める様にアリシアが僕の肩に手を置く。

その姿に彼は、口を緩めた。


「まぁ、急く出ない。」

「そこには、神は容易に行き来できるという。」

「特に、時の女神・・この場合邪神とでも言っておこうか。」

「彼女は、モノが壊れる事を望む節があるからな・・・」

「よう、この世界を覗くという。」

「そして、綻びがあれば、それを信者に広げさせる。」

「それは、多くの死を招き、純粋な魔力だけを残す。」

「あとは、簡単だ・・・」

「神の依り代と、神を呼ぶ力、そして満ちた魂・・これがそろえば神は顕現する。」


「では、あの男は・・・」


阿傍は目を開け、僕を見つめる。

そこに威圧はないが、どこか物寂しそうな表情だ。


「あの男か・・・まぁよかろう。」

「その男には、まだ呼ぶ力はないはずだ。」

「だた、この月山には、常世と繋がる場所がある。」

「万が一にも、その男が此方に渡ったとなれば話は違うがな。」


「それは・・・」


阿傍は、僕の言葉に優しい視線を返す。

その答えは、僕達も理解はしていた。

それは、崑崙の女帝である女媧の許可がなければ渡航は出来ない。

そして、この幽海と呼ばれる海は、それ以外の方法では越えられない事も。

しかし、僕の脳裏には最悪が過る。


「もし、アイツが此方に渡っていたら・・・」


「まぁ、大丈夫だろう。」

「たかがヒューマン、そこまでの大戦も都合よく起きてはおるまい。」

「・・・1人のヒューマンが神を想う気持ちなど、たかが100年という事だ。」


阿傍が、茶を啜る中、玄関の開く音と共に元気のいい足音。

それが、居間を越えて行く。

それを確認すると、福は立ち上がり、音のする方へと消えていった。



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