11(226)せがらしか
まだ春先だというのに、夏のような熱気。
鉱物が急激に冷やされ蒸気が上がる音が、その建物から聞こえた。
視界に映る鍛冶場では、若い鬼達が巨大な炉へ鉱物を焚べる。
その奥では、巨大なたたらが炎を上げ、職人たちの汗を煌めかせた。
炎の館とは別方向から、ため息をつく女性が白狼を見つける。
「呀慶じゃない、どうしたの?」
その声は、僕の記憶にある声。
しかも、先ほど巨大な鬼を蹴り倒した女性の声と同じ。
声の主は、呀慶から視線を外し、僕達へと向ける。
「あら、少年・・・良かったじゃない。」
「後ろの貴方は、感謝しなきゃだね。」
アリシアは少し俯くも笑顔に戻り、彼女に声を返す。
そこに嫌味などまったくなかった。
「そうだな、私はルシアに感謝している。」
「・・お前にもだがな。」
そこに交錯する二人の視線と空気。
笑顔が、逆に恐怖をあおる。
そこに呀慶は土足で入って行く。
「瀬織、阿傍様は居られるか?」
「オヤジなら母屋にいるよ。」
「今行くと巻きこまれるから止めといたほうがいいけどね・・」
彼女は、ため息をつき首を振る。
その姿に、つられる様に呀慶もため息。
僕は、彼女の後ろに見える館に視線を送る。
そこには、館から駆けて来る女性の姿。
「瀬織さ~ん。阿傍様と驍宗様を止めてくんなまし~。」
そこには、息を切らすテイメソスの女性。
どこか、蓬莱の女帝にも似ている。
彼女は、瀬織の横まで来ると、その着物の裾を引き彼女に訴える。
「これでは、話が進みんせん。」
「始まっちゃたらダメだろうな・・・」
「そうだ、呀慶止めてよ。」
二人の視線は、呀慶の顔に止まる。
しかし、そこには深いため息しかない。
彼は目を瞑り、尻尾をダランとたらす。
「私がか・・・」
そんな会話をしていると、凄まじい音が街に響き渡る。
音の出所は間違いなく正面の館だ。
それは巨大なモノがぶつかり合う低く重い音。
「己は、妹を見習え!!」
「なんで見習わんないけんのじゃ!!」
館の門を突き破るも、倒れる事のない驍宗。
その奥からは、異様な空気を孕ませた巨大な鬼。
一方の言葉は特殊だが、もう一方には違和感はない。
「己は、何時まであの男の真似を続ける!」
「せからしか!」
「しみちたもんな治らんど!!」
そこでは、振りかぶった拳が次の瞬間消える。
そして、振り抜かれる腕。
その後を追う様に爆音の衝撃波が辺りを吹き飛ばす。
僕は、そこに在る映像に現実を感じる事ができなかった。
ただ、同じような光景は、幾度か体験はしている。
男達は、音と衝撃波だけが飛び交う世界での罵り合う。
「一族を出た男に心酔するなど馬鹿のすることだ。」
「瀬織の様に地に足を付けろ!」
「オヤジん兄じゃろ!」
「民を捨て、自由の為に死んだ男など・・」
「お前は、次期族長だ。少しはわきまえろと言っているんだ!」
「そうへってん、俺はオヤジに迷惑はかけちょらんぞ!」
「董巌から文が届いたわ!!」
「あや、あん国が悪か!」
その話の内容は、ただの親子喧嘩だ。
しかし、目の前で繰り広げられる映像は異常でしかない。
そんな状況だが、体は歳に勝てない。
一瞬の隙が、驍宗を勝利へ進ませる。
その一撃は、確実に阿傍の顎へ入る。
そして、一瞬巨漢が揺れる。
そこに、瀬織の叫び声が響き渡った。
僕は、その声に反応し、2人の間に体が動く。
それは、完全に無意識だ。
レイピアの鞘は男の拳をいなす。
それた衝撃波は、脇に佇む石灯籠を粉々にした。
「さっきん娘か・・・喧嘩ん邪魔はすっな。」
「もう決着はついてるよ。」
「これ以上は良くない・・」
「君の妹が、悲しんでるじゃないか・・・」
「ゆじゃらせんか、娘っ子。」
その殺気は、阿傍から僕へ移る。
そこには、早朝の気さくな姿は無い。
僕は、眉を顰め唇を噛む。
そこに、意識をはっきりとさせた阿傍の声。
「驍宗! 客を巻きこむな・・・話は後だ。」
「呀慶、藻から話は聞いている。家へあがれ。」
僕は、深く息を吸い生を味わう。
そこに駆け付けるアリシア。
その表情に、僕は視線を合わせる事ができなかった。
僕達の空気を感じつつも、狐獣人の少女は笑顔で頭を下げる。
「先ほどは有難う御座いんす。」
「あちきは藻といいんす。」
それは、何時か聞いた声に似ていた。
蓬莱の女帝の様な鈴の音は、それ以前に何処かで聞いた音だ。
不思議そうな僕の表情を、彼女は笑い踵を返す。
そして、瀬織の後ろに続き館へと消えていく。
残されたのは僕達5人。
呀慶は、ため息をつき僕達へ苦笑いを送る。
そして表情を戻し、僕達を館へ誘った。
そこは、何処か厳格さがあるが、荘厳さはない空間。
僕達は、例にもれず靴を脱ぎ、屋敷の中へと入って行った。




