表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
226/325

11(226)せがらしか

まだ春先だというのに、夏のような熱気。

鉱物が急激に冷やされ蒸気が上がる音が、その建物から聞こえた。

視界に映る鍛冶場では、若い鬼達が巨大な炉へ鉱物を焚べる。

その奥では、巨大なたたらが炎を上げ、職人たちの汗を煌めかせた。

炎の館とは別方向から、ため息をつく女性が白狼を見つける。


「呀慶じゃない、どうしたの?」


その声は、僕の記憶にある声。

しかも、先ほど巨大な鬼を蹴り倒した女性の声と同じ。

声の主は、呀慶から視線を外し、僕達へと向ける。


「あら、少年・・・良かったじゃない。」

「後ろの貴方は、感謝しなきゃだね。」


アリシアは少し俯くも笑顔に戻り、彼女に声を返す。

そこに嫌味などまったくなかった。


「そうだな、私はルシアに感謝している。」

「・・お前にもだがな。」


そこに交錯する二人の視線と空気。

笑顔が、逆に恐怖をあおる。

そこに呀慶は土足で入って行く。


「瀬織、阿傍(あぼう)様は居られるか?」


「オヤジなら母屋にいるよ。」

「今行くと巻きこまれるから止めといたほうがいいけどね・・」


彼女は、ため息をつき首を振る。

その姿に、つられる様に呀慶もため息。

僕は、彼女の後ろに見える館に視線を送る。

そこには、館から駆けて来る女性の姿。


「瀬織さ~ん。阿傍様と驍宗様を止めてくんなまし~。」


そこには、息を切らすテイメソスの女性。

どこか、蓬莱の女帝にも似ている。

彼女は、瀬織の横まで来ると、その着物の裾を引き彼女に訴える。


「これでは、話が進みんせん。」


「始まっちゃたらダメだろうな・・・」

「そうだ、呀慶止めてよ。」


二人の視線は、呀慶の顔に止まる。

しかし、そこには深いため息しかない。

彼は目を瞑り、尻尾をダランとたらす。


「私がか・・・」


そんな会話をしていると、凄まじい音が街に響き渡る。

音の出所は間違いなく正面の館だ。

それは巨大なモノがぶつかり合う低く重い音。


「己は、妹を見習え!!」


「なんで見習わんないけんのじゃ!!」


館の門を突き破るも、倒れる事のない驍宗。

その奥からは、異様な空気を孕ませた巨大な鬼。

一方の言葉は特殊だが、もう一方には違和感はない。


「己は、何時まであの男の真似を続ける!」


「せからしか!」

「しみちたもんな治らんど!!」


そこでは、振りかぶった拳が次の瞬間消える。

そして、振り抜かれる腕。

その後を追う様に爆音の衝撃波が辺りを吹き飛ばす。

僕は、そこに在る映像に現実を感じる事ができなかった。

ただ、同じような光景は、幾度か体験はしている。

男達は、音と衝撃波だけが飛び交う世界での罵り合う。


「一族を出た男に心酔するなど馬鹿のすることだ。」

「瀬織の様に地に足を付けろ!」


「オヤジん兄じゃろ!」


「民を捨て、自由の為に死んだ男など・・」

「お前は、次期族長だ。少しはわきまえろと言っているんだ!」


「そうへってん、俺はオヤジに迷惑はかけちょらんぞ!」


「董巌から文が届いたわ!!」


「あや、あん国が悪か!」


その話の内容は、ただの親子喧嘩だ。

しかし、目の前で繰り広げられる映像は異常でしかない。

そんな状況だが、体は歳に勝てない。

一瞬の隙が、驍宗を勝利へ進ませる。

その一撃は、確実に阿傍の顎へ入る。

そして、一瞬巨漢が揺れる。

そこに、瀬織の叫び声が響き渡った。

僕は、その声に反応し、2人の間に体が動く。

それは、完全に無意識だ。

レイピアの鞘は男の拳をいなす。

それた衝撃波は、脇に佇む石灯籠を粉々にした。


「さっきん娘か・・・喧嘩ん邪魔はすっな。」


「もう決着はついてるよ。」

「これ以上は良くない・・」

「君の妹が、悲しんでるじゃないか・・・」


「ゆじゃらせんか、娘っ子。」


その殺気は、阿傍から僕へ移る。

そこには、早朝の気さくな姿は無い。

僕は、眉を顰め唇を噛む。

そこに、意識をはっきりとさせた阿傍の声。


「驍宗! 客を巻きこむな・・・話は後だ。」

「呀慶、藻から話は聞いている。家へあがれ。」


僕は、深く息を吸い生を味わう。

そこに駆け付けるアリシア。

その表情に、僕は視線を合わせる事ができなかった。

僕達の空気を感じつつも、狐獣人の少女は笑顔で頭を下げる。


「先ほどは有難う御座いんす。」

「あちきは藻といいんす。」


それは、何時か聞いた声に似ていた。

蓬莱の女帝の様な鈴の音は、それ以前に何処かで聞いた音だ。

不思議そうな僕の表情を、彼女は笑い踵を返す。

そして、瀬織の後ろに続き館へと消えていく。

残されたのは僕達5人。

呀慶は、ため息をつき僕達へ苦笑いを送る。

そして表情を戻し、僕達を館へ誘った。

そこは、何処か厳格さがあるが、荘厳さはない空間。

僕達は、例にもれず靴を脱ぎ、屋敷の中へと入って行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ