10(225).月山公
白む空に響く叫び声。
怪鳥の声すら静まり返る森。
目の前の空間に、転がり出る巨体。
赤い鮮血にまみれた巨大な熊に飛び掛かる巨躯の鬼。
「すまんが、皆ん血肉になってくれや!!」
二つの悲鳴に、僕は飛び起きる。
視線を遮る様に立つアリシア。
その正面には術式が浮かび上がる。
それを止めに入る呀慶の叫び。
「アリシア、大丈夫だ!」
「術式を解除してくれ。」
そして彼女の術式が止まった事を確認し、呀慶は冷たい視線を鬼に向ける。
その間に熊の首は、空高く跳ね飛ばされ朝から大惨事だ。
「遅かったな、呀慶。」
「朝飯たもっていっじゃろ?」
「お主は、いつも唐突だ。」
「探知ぐらいは、できるだろ?」
その冷たい視線に対して、怯むことなく笑顔を向ける鬼人。
彼は、周りを眺め、僕達に挨拶する。
「俺は驍宗じゃ。街まで案内すっど、嬢ちゃん達。」
その視線は皆に同じように注がれていた。
その横で、ため息交じりに俯く呀慶。
鬼は、そう告げると巨大な大太刀を鞘に納め、熊を肩に担ぐ。
明らかに可笑しなバランスだが、表情一つ変えない。
呀慶は、気を取り直し僕達に移動の旨を伝えた。
「急に、すまんな。」
「アイツは、止まらんヤツだ。」
「悪い奴ではないのだ・・・そうであって欲しい。」
彼は、尻蕾に言葉をしまい込み、移動の準備を始めた。
嵐に起こされたラスティと兎月は、顔を拭き身支度を整える。
一方アリシアは、野営の為か準備は早い。
身支度をするラスティをヒョイと肩掛けに納め、彼女の小さな背嚢を手渡す。
「大事なモノだろ、ラスティ。」
「しっかりと持っているんだぞ。」
「ありがと、アリシア。」
ラスティは、眠気眼を擦りつつ、大切な背嚢を軽く叩き存在を確認する。
そして、アリシアに笑顔を向けた。
僕は、もう一度を周囲を確認する。
そこには、忘れ物は何もない。
存在する物は、炎が消え存在も処理された、微かな焚き火の跡。
そして、鬼のに狩られたクマの被毛の一部とその鮮血。
巨獣の躯を担ぐ鬼は、視線だけ此方に声を投げた。
「準備よかか?」
そこに呀慶は、嫌味をぶつける。
しかし、その表情は長年の友人に向けるモノ。
「らしくも無い。」
「珍しく気に掛けるな。」
「瀬織が告げ口したんじゃ・・・」
「オヤジが、せからしゅうてかなわんわ・・・」
そこには、珍しい呀慶の苦笑いがあった。
僕には、その空気が少しおかしかった。
僕達は、熊を担ぐ鬼に引き連れられ、山を登る。
そこには、山中とは思えない程の規模で街が存在した。
「ここじゃ、月山にゆくさ。」
その爽やかな笑顔の横で、絶命した熊の顔がそれを打ち消す。
その空気は、3人の女性の表情をひきつらせた。
驍宗は、街の人々に若と呼ばれ、笑顔を返す。
「おう、熊取って来たぞ。あとで寄れや。」
「若、熊以外にも大量だね。お館の孫ももうすぐかい?」
「ハハハッ、こんわろらは、客人やっど。」
「あんまり呆けてっと、直ぐに迎えが来ちまうど。」
そこには笑顔しかなかった。
彼らは、いじられれば、相手をいじり返し笑う。
そこには嫌みが全くない。
僕達も、進むにつれ表情が笑顔に変わっていった。
その空気は、一つの風がおかしな方向へと持っていく。
突風が走り巨躯の鬼が壁に突っ込む。
「いってぇなぁ・・・なにすんだ瀬織!」
「何、客置いて狩りに言ってんのよ!」
「藻一人で、オヤジと二人ってどんな状態よ!!」
そこには、闘技場で刃を合わせた鬼娘の姿。
服装は相変わらず派手だが、やや清楚に見えた。
彼女は、壁に埋まる鬼を足蹴りた後に、彼を引きずり館へ消える。
彼女の消えた後には、2つの筋だけが道に残った。
僕は、昨夜の呀慶の言葉を思い出す。
"蓬莱の生態系は特殊"だと。
僕達の強張る表情に、苦笑いを投げる呀慶は無理に作る笑顔が痛い。
「まぁ、気にするな・・・敵ではない。」
「アレが次期月山公だ。」
「そうだな、封印する者とでも言うべきか・・・」
「帝たちは、守り人と呼ぶがな。」
僕は、彼の言葉に疑問を抱く。
それは、彼にも予想が出来たらしく笑顔が返る。
「呀慶、彼も世界樹に?」
「世界樹は、聖女の力だ。」
「彼女達には悪いが、本来は必要ないモノだがな。」
「・・あの状況は、、繋がりを断絶させるのではないのだ・・・」
「そうだな、あれは、蓋みたいなものだ・・・いつかは開く。」
僕は頷き話を聞く。
その表情に呀慶は、優しく言葉を続けた。
「ここで話しても繰り返しになるだけだ。」
「彼らの向かった先へ行こう。」
「お主らの欲しい情報は、この先の館の主がくれよう。」
僕達は、呀慶の後に続き、目抜き通りを途中まで進む。
そして曲がり、同じように大きな道へ。
その先には、巨大な屋根を持つたたら場。
そして、そのせいで小さく見える立派な屋敷があった。




