8(223).穣都の女帝
ここ穣の都に来て3日が経つ。
街では、様々な人が商いを行っていた。
そこには、人の数と同様に思惑が存在する。
笑顔の中に潜むその想いは、読まれることは稀だ。
トコトコと歩く小さな冒険者。
朝日は女の影を大きく伸ばす。
立てられた尻尾は、ユラユラと彼女の気分を表した。
「西の猫ちゃん。買ってくかい?」
「新鮮な鮪が有んだぜ?」
「赤いヤツ?」
「ああ、赤いのも、霜の降りた甘いヤツもあるぜ!」
「さあ、どうだい、安くしとくよ!」
ラスティは、小さな背嚢を開け、小銭を数えだす。
その姿は、さながらお使いする子供だ。
店主のオヤジの顔も威勢から優しさへと変わる。
「テンシュ! いくらかな?」
「そうだな、4人前で銅貨8枚ってとこだ。」
彼女は空を眺め、計算を始める。
そして、1人足りない事に気が付きオヤジに提案した。
「5人で8枚じゃダメ?」
「猫ちゃん、言うじゃねか・・・」
「ハッキリ言えんのは嫌いじゃあねぇ。」
「贔屓にしてくれんならいいぜ。」
「うんウチ、ヒーキにする。」
彼女は、オヤジに銅貨8枚を払い、綺麗に包まれた鮪の刺身を背嚢へとしまう。
そして、来た道を駆けだす。
「ヒーキのテンシュ、ありがと!」
「あぁ、また来いよ!!」
彼女の散歩は、樋鳴りの元で終了した。
少年は、彼女を優しく抱き上げ、頭を撫でる。
「お帰り、ラスティ。」
「背嚢がパンパンだね。」
「ウチ、ヒーキのテンシュから赤いの買ってきたよ。」
「???・・・鮪かぁ、ご飯にしようか。」
小さな冒険者は旅を終え、淑女へと戻る。
そこに、朝の準備を終えた呀慶と兎月が合流。
「ルシアは、いつも早起きだよね。」
「アリシアは、あんななのに・・・何処がイイの?」
「兎月よ、止めなさい。」
「人には、趣味趣向というモノがあるのだ。」
「人への否定は、自ずと自らに返るぞ。」
「はい、呀慶様。」
いつの間にか師弟関係に落ち着く彼ら。
彼女の言葉から分かることは簡単だ。
それは、今日の姫は、未だ睡魔と戯れているという事。
しかし、ため息と共に開く襖の先には、ボサボサながら歯を磨く女性の姿。
「おはおう。ルヒア・・・」
「相変わらず早いな。」
「ラスティもいい子だなぁ・・・少し魚臭いぞ。」
「買い物か、偉いな。」
彼女に飛び付くラスティの笑顔は、僕の疲れを癒す。
アリシアの着替えも終わり、僕達はラスティの用意した朝餉をとった。
日は昇り、太陽は天辺から西の空へと足を延ばす。
僕達は、呀慶に案内され、城下から城門をくぐる。
その先は、見た目こそ違えど、構造は董巌の城と変わりない。
「ほぉ、ルシアよ、お主達は此方の礼儀をわきまえておるな。」
「西の者は、靴のまま板の間に上がってしまうものだ。」
「うん、以前にちょっとね。」
僕の苦笑いに疑問を持つ白狼だが、すぐに視線を戻し広間へと向かう。
そして、荘厳な装飾の施された襖が並ぶ部屋の前で跪く。
「呀慶が参りました。」
「・・・入りなんし。」
襖の向こうからは、聞き覚えがあるような言い回しだが、そこには妖艶さがあった。
不思議な圧の中、床を見つめる僕達を誘うかの様に襖は開く。
「待っていんしたよ呀慶、そいで西の者達。」
「面を上げて、こちらへおいで。」
それは、優しく聞こえるが、魂を強制する様な声。
僕達は言われるがまま、座敷へ進む。
呀慶は、座敷の中腹辺りで止まり、また跪く。
それに僕達は倣う。
その姿に、妖艶な笑みを浮かべた女帝は声を投げる。
「楽にしなんし。」
「ハッ、それでは報告を・・・」
呀慶は言葉を選び、ここ数年に大陸東で起こった事彼女に伝える。
それを聞く女帝の表情は、真剣がだ少し暗い。
「そうでありんすか・・・」
「それで、こなたの者達は何が知りたいのだ?」
「はっ、この度の可能性と、その封印についてになります。」
女帝は、僕達に視線を流し、目じりを下げる。
そして、ゆっくりと優しい口調で話を始めた。
「状況は、最悪じゃありんせん。」
「お主の父は、何かに操られているだけでありんす。」
「目的は、そなたの者の解放。」
「そもそも、女媧の許可なくば、海は渡れんせん。」
「最悪の時は、討てばよい。」
「その為に、そなたらは、月山へいきなんし。」
僕は、女帝の言葉に疑問が浮かぶ。
それは、余りにも現実味がない為だ。
「最悪とは・・・月山に何があるのですか?」
僕は、礼を掻き、矢継ぎ早に言葉を投げる。
しかし、その姿に笑みを浮かべる妖艶な女帝。
「待ちなんし・・」
「最悪とは神の介入。」
「月山には、それを止める力がありんすえ。」
返される答えに狼狽する僕達。
しかし、前に座る呀慶には、その様子は一切ない。
その後のことは、記憶が薄い。
呀慶は、女帝の質問に答え、何かを受け取る。
そして、呀慶は僕達に言葉を投げる。
「ルシアよ、それでは行くぞ。」
一言だけ告げると、彼は女帝に一礼し踵を返す。
その姿を満足そうに見つめる女帝は、最後に言葉を投げた。
「西の者よ、辛い旅になりんしょう。」
「それでも、希望だけは捨てない でくんなまし。」
僕達も、呀慶同様に一礼し部屋を後にする。
城門を出て見える風景は、以前と何も変わってはいなかった。




