6(221).食と心
潤いを見せる漁村の朝は遅い。
あの惨劇の翌朝だ。
店の開く頃に、様々な魚たちが売りさばかれた。
中には、青い鮮血を流す魚さえある。
「旅の人じゃん、買ってってよ。」
「今日の魚はすごいよ、海神の恵みだ、ご利益ありだよぉ。」
「じゃあ、味がしっかりしたやつ貰えるかな?」
網の整備をしていた海女は、笑顔で魚を見繕う。
「はいな・・ちょうどいいのがあるね。」
「脂がのってて美味しいよ・・・1匹で銅貨で60枚」
僕は、笑顔の彼女に銅貨を渡す。
そして、魚を捌ける店を聞く。
「料理してくれる所、知らないかな?」
「・・・ちょうど60枚ね。ありがと」
「そうね、昨日あんたが壊した店の対面なら、できるんじゃないかな?」
「少し無愛想だけど、腕は本物ね。」
「あれは・・・ありがと、行ってみるよ。」
僕は、一瞬目を細めるも悪いのは、この海女ではない。
出来る限りの笑顔に戻し、手を振る彼女を残し、件の店へと足を進めた。
巨大な魚を担ぐ姿は、何処か滑稽だろう。
しかし、昨夜の大立ち回りで顔を知られた為だろうか、笑う者はいない。
指示された店に入ると、視線だけが飛ぶ。
「開いてますか?」
「あぁ、やってるよ。」
「持ち込みかい・・・」
「大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ、問題ない。」
その店主は、斜に構え視線を送るも直ぐに視線し作業を続ける。
僕は、カウンターに魚を置く。
それを見る客は、声を上げた。
「ほぉ、寒ブリかい。」
「いい大きさじゃないか、こりゃ、うまそうだぞ。」
「嬢ちゃん、いいもん買ってもらったな。」
「大将、こりゃ、さばき甲斐があるな!」
「・・・その様で。」
彼は酒を飲む常連客の様な男にも相変わらずの態度。
僕達は、席につき彼の対応を待つ。
「希望はあるか?」
「初めての魚なんだ。店長に任せてもいいかい?」
「5人分でお願いしたいんだけど・・・いいかな?」
「・・・できるよ。」
彼は、魚を片手で持ち上げ、まな板へ移す。
そして、美しい包丁さばきで寒ブリを捌く。
その姿に見とれていると、ラスティは僕に声を掛ける。
「ねぇ、ルシア・・・隣のおじさんは、魚を生で食べてるよ。」
「大丈夫かな・・・後でお腹痛くなっちゃうよ。」
その言葉を笑い飛ばす様に隣の客は声をかける。
話す表情は、なさがら親戚の親父だ。
「ハハハハッ、小猫の嬢ちゃん。魚ってのは生が美味いんだよ。」
「・・・ぷっはーーー! 生魚ってのは酒に合う。」
「なぁ、大将!」
「・・・フッ、その様で。」
少し笑顔の様に思える後ろ姿の店主は、手捌きによどみは無い。
刺身の盛り付け、そして盛られた皿さえも美しい料理が、カウンターを賑わせた。
僕達は、脂ののったブリの刺身に箸をつける。
用意された小皿には、黒い液体が注がれていた。
隣の酔っぱらいは、僕に視線を送る。
「嬢ちゃん、こうやって食うんだよ。」
「こうやって、ワサビを付けて・・・」
「・・くっーー来るね。」
「そして、美味い!」
酔っぱらいは自分の頼んだ料理の魚で食べ方のレクチャーをする。
それは、分りやすい上に食欲をそそられる。
僕は、酔っぱらいの真似をし、刺身にワサビを付け、醤油に触れる。
そして、口へと運んだ。
そこには、焼き魚には無い新鮮さ、そして素材本来の自然な甘みが広がる。
しかし、同じように広がる若干の魚特有の香りと味。
それを、ワサビのツンと来る香りと辛味が調和させ味わいへと変える。
僕の緊張した表情は、徐々に和らぎ、口も緩ませた。
そして、隣からは同じように箸を進めるアリシアの声
「ルシア、これは美味いな。」
「生魚は、いい経験だ・・・うん、これは美味い。」
「・・・ラスティ、このワサビは止めておけよ。」
「お前には、害がある様に思える。」
「うん、ウチは、ショーユだけでいい。」
「ウチ・・・生魚大好き!」
その姿に視線を送る店主は、何処か優しい表情だ。
僕は、彼の表情にホッとする。
そして、呀慶やその隣の兎月にも視線を送った。
「ルシアよ、これは、いい買い物だったな。」
「私達も、ご相伴褘あずかろう。」
「・・・美味い。今の時期のブリは、とびきり美味い!」
彼の隣で食事をする兎月も、少しずつだが表情を明るくした。
僕は、それを確認し小さく頷く。
そして、店主から提供される料理に舌鼓を打った。
魚という物は可能性の塊だ。
焼いて良し、蒸してヨシ、揚げてヨシ、茹でてもヨシ。
そして生でも行ける何でもありな食材。
挙句、頭すら料理となる。
残す所がない位に様々な料理が店主の腕から作り出された。
接客する態度こそ相変わらずだが、言葉とは裏腹にその熱い魂を感じる。
僕はそこに、ミランダと変わらない料理への愛情を感じた。
「持ち込みで材料費は差し引く・・〆て銅貨10枚。」
「店長、ご馳走様。10枚ね。」
「・・・丁度頂いた・・・また来いよ。」
僕達は、食事を終え店主と酔っぱらいに礼を言い店を後にする。
すでに日は天辺を過ぎていた。




