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5(220).泥を喰らう幽海

朽ちた寺で、静かに経が読まれた。

すすり泣く少女の身は悲しみと憎しみに包まれている。

二人の親は、もうこの世界には居ないのだ。

最後の仕事を終えた寺は、持ち主と共に燃え上がる。


「古寺には、良いモノは寄り付かん。」

「お主も忘れろ・・・」

「母の様に僧になるなら私が口利きはしてやる。」


「・・・はい・・・その前に・・・」


僕は、熱すぎる視線にたじろぐも頷き答える。

しかし、彼の者の行方など分かる筈もない。

僕は、燃える寺を後に村で聞き込みを行った。


「あー、狸将だったら海の方へ行ったよ。」


「それは、どっちの海かな?」


「寺の先の峠を越えた海だな。」

「よく、そこの土場で見かけるって話だぜ。」


「ありがと。」


僕達は情報を集め、彼の足取りを追った。

通り過ぎる光景には、朽ちた寺はもうない。

昼を越えたあたりで、峠の頂上に着く。

そこから見える景色は、人工的にも見えた。


「あれは、柱状節理というものだったか・・・」

「ルシア、自然とはすごいモノだな。」


アリシアの横顔は優しい。

僕は、彼女の視線の先に視線を乗せた。

海に切り立つ断崖は、人の悪戯にしては律儀に整えられた壁面。

それは無意味にしか思えないが美しい。


「柱状節理ってことは火山から流れた溶岩だね?」


「そうだな・・・」

「固まる時に、その量が圧縮された際に起こる現状だったな。」


彼女の表情は少し重いが、すぐに元に戻る。

彼女は、こういったことを思い出すとき少し表情が重い。

僕は、そことを質問する気にはならなかった。

一行は絶景を後に、漁村を訪れた。

そこでは、投網の様な物を整備する猟師の姿がある。

僕は、堺で聞いた幽海の話を思い出す。

それは、僕の疑問を掻き立てる。


「すいません、幽海で漁なんてできるんですか?」


その問いに、米をまとめた団子を頬張る女性猟師は答える。


「嬢ちゃん知らないんだね。」

「この辺の子じゃないんだね・・・羨ましいな。」

「これはね、延縄漁で使う網よ。」

「幽海でも沿岸なら、姿が海に映ると不味いけど、これならいけるの。」

「ねぇ、今度は、貴方たちの旅の話を聞かせてよ。」


僕は、彼女の食事中に話をした。

それは、西の旅の話だ。

彼女はお礼にと、米の塊を僕達にも振る舞う。

手渡す彼女は、その料理の説明をした。


「これはね、おむすびって言うの。」

「こうやって皆で食べれば、笑顔になるでしょ。」

「それって、皆繋がってるみたいじゃない。」

「縁ができるっていうのかな。」

「だから、縁結び、お結びっていうんだよ、きっと。」


僕は、お結びを食べながら笑う彼女を見る。

そこにアリシアの冷たい視線を感じた。


「アリシア、おいしいね。」

「こうやって、外で食べるご飯もいいよね。」

「今度、お花見でもしようよ。」


「・・・はぐらかす事を覚えたのか。」

「だが、外での食事はいいモノだな。」


僕は、苦笑いでラスティに視線を送る。

案の定、頬には米粒がついていた。

それを、取り彼女の口を濡れた布で拭く。


「おいしかったね。ラスティ。」


「うん。ウチ、お結び好き!」


彼女は手に着いた米をぺろぺろと舐める。

それは、いつもの姿にも思えるが、何処か幸せそうな表情だ。

食事が終わり、僕は本来の質問へと移った。

聞き込みの結果は、当たりだ。

僕達は、土場が動く夜まで、海女の作業を手伝って過ごす。

静かに聞こえる波の音は、そこに春の訪れを感じる。

太陽が沈む頃、僕達は海女と別れ、土場へと向かう。

そこは宿の一つで、ガラの悪い男達が仕切る場所だ。

靴を脱ぎ板の間を進むと、威勢のいい声が聞こえる。


「さぁ、張った張った!」


「半!」


「「丁!」」


「俺は半だ!」


「半」


「それでは、よろしいでござんすね!?」

「・・・・」

「ピンゾロの丁!!」


そこは、楼臨の地下闘技場にある空気と変わらない。

業が成す様々な想いは、嫌な思い出を蘇らせる。

僕は無意識に手を握り、血をにじませた。

それを見つめるアリシアは、僕の手を優しく握る。


「大丈夫だ・・・私は何処にも行かない。」

「もう、捕まったりしないよ。」


その静かな囁きは、僕を現実に引き戻す。

僕は意識を戻し、件の男を探す。

障子は開き、一人の男が不貞腐れ外へと向かう。

その男を見た兎月は、声を上げ殴りかかる。


「おまえが!!」


「おっと、兎か・・・」

「へんっ、てめぇでも売り飛ばして金でもするかよ!」


受け止められる拳は、強引に引かれる。

そして、近づけられる顔に、彼女は目を細め顎を引く。


「ふざけるな、糞狸!」


そして振り上げられる足は、男の急所を抉る。

だが、男は口元を歪めた。


「狸ってのは、袋が厚いんだぜ・・・」

「見てみるか、今夜あたりよぉ?」


僕は、その汚い表情に怒りを覚え、男の顔に掌底を打ち込む。

それは、綺麗に入り、数枚の障子をぶち破る。


「ってぇなー! なんだ糞娘!」

「てめぇじゃ、金になんねえんだよ!」


男は、拳を振り上げ僕を襲う。

しかし、素人の動きでしかない。

僕は、その腕を捌き、空いた脇腹へ腰を入れた2つの掌底をぶち込む。

男は、勢いよく襖をぶち抜き、外へと転がり出た。

状況を理解し逃げ惑う男は、海へと走り船を漕ぐ。

そこにアリシアは、一筋の水撃を飛ばした。


「この外道が・・・ゆっくりと沈め。」


海上では笑う男の姿。

そこには何処か勝ち誇った表情が浮んだように思えた。


「ハンッ! この程度の穴じゃ沈まねえよ。」


しかし、ここは幽海、なぜ特殊な船以外が出ないのかが証明される。

船体は、徐々に傷つき、側面からも水漏れ。

そこに無数の何かが纏わりつく。


「「乗せてくれ・・・」」


「「乗せてくれや・・・」」


「「のせてくれ・・・」」


一つの声とは思えない程重なり合う声。

そこには、声を発する主人の姿は無い。

声におびえながらも、必死に水を汲みだす男の姿。

状況は悪化し、船の周囲を包む闇の様にどす暗く濁る海。

海岸から眺める僕らの周りには、人だかりができ昼間の海女の姿もあった。


「夜に船を出すなんて・・・悪手だわ。」

「混沌がでるよ・・」


その言葉は、現実のものと変わる。

何かの重さで船は傾き、男の姿を海へと映す。

そして、盛り上がり始める海面。

次の瞬間、海は狸将()を上空へ飛ばす。

上昇を終え落下する彼の進む先には、大きく開かれた混沌()(大穴)

金属を引きずるような低い咆哮を上げ混沌は、海の奥へと消える。

そして、空からは、魚貝類が降り注ぐ。

その場の村民は言う。


「海神様の御恵みじゃあ・・・ナンマイダァナンマイダ・・」


そこに残された兎月は脱力し笑うのみ。

幽海を見つめ笑う様は、全てを失った者の姿。

そこには、師匠が僕に問うた復讐の先が見えた。


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