4(219).轟々と燃え上がる
朝日が昇り、少し暖かくなった風が頬を掠める。
僕は、毎日の鍛錬を終え、汗を拭う。
その時、寺からは聞き覚えのある声。
それは、白いレプスの少女の叫び。
「父さん! どうしてこんな・・・」
老人の足元には、文が一通。
ソレを呀慶が拾い、泣きじゃくる少女に渡す。
「私が降ろそう・・・お主は文を読め。」
「・・・字は読めるか?」
天井に吊られた老人に抱き縋る少女は、その場に項垂れ膝を着ける。
渡された文は強く握られ、その顔は涙でグシャグシャだ。
アリシアは、彼女へ温かいお茶を入れ渡す。
「おい兎、知っていることを話せ。」
「この爺さんには恩がある。」
泣きじゃくる女性は首を左右に弱々しく振る。
だが、その行動に従う者は、この場にはいない。
ラスティは、チョコチョコと女性に寄り声を掛ける。
「おじいちゃんの事は悲しいけど・・」
「悲しいのは分かるけど、泣いてちゃわかんないよ。」
その小さな声に彼女の視線は向けられる。
彼女は、アリシアからお茶を貰い、心を落ち着ける。
そして、握りしめた文に目を通す。
「・・・お坊様、どうか私の願いを聞いてください。」
「これじゃあ、父さんが報われないよ。」
「母さんだって・・・」
彼女の言葉は徐々に力を失くし、また涙を流す。
その姿は、余りにも悲しすぎる。
僕は、無意識に声をかけていた。
「君の仇は僕が討つよ。」
「・・・二人は君の大切な人だったんだろ?」
「・・・うん、育ての親だよ。」
「もう優しく笑ってはくれないけど・・・」
彼女の話す内容は、あまりにも悲惨。
それは、同じように育てられた者の話だった。
この寺は、尼寺だという。
老人は、ここの手伝いだった男だ。
寺の主人は、彼の内縁の妻。
その関係は、昔からの主従関係から徐々に変わった繋がり。
尼僧がこの寺に就き、手が足りない部分を青年が手伝う。
その内、境内で一人の子供を拾う。
そして、また同じ様にもう1人と増えた。
「フフフッ、これも神様からの贈り物ですかね。あなた?」
「そうですね、尼僧様。」
「もう・・・名前で呼んでくださいよ。」
それは、村人から見ても微笑ましい姿だった。
彼女達は、慈愛に満ちた時間を二人の子供に与え成長を見守った。
1人は、白く美しい、理性的な少女に育ち、尼僧の手伝いをする様になる。
一方は、妹の様にはならず、彼らの慈愛を否定し反発するようになった。
彼は、事ある毎に、尼僧に反発し暴力を振るう。
「狸将、村の畑に悪戯をしてはいけません。」
「今年の実りが悪ければ、私たちは食べてはいけませよ。」
「うるせえよ、生臭坊主。」
「俺が楽しければ、それでいいじゃねえか。」
「食い物だって、ある所から盗りゃあいいじゃねか。」
「・・・あなたは・・説教です。そこにお座りなさい。」
「うるせえな、坊主は、堂で経でも読んでろ!」
男は、尼僧を蹴っ飛ばし、寺を出た。
倒れ込む母に、つき添う少女は唇を噛む。
「母さん・・・どうして兄さんは・・・」
「彼を責めてはいけません。」
「人の業は、理性が無ければ止められません。」
「彼に、理性を教えられなかったのは私の責任です・・・・」
それから数年経ち、男は村へ戻った。
男は金を使い込み、高利貸しに追われていた。
「ババア、金出せよ。」
「今困ってんだよ・・親ならどうにかできんだろ?」
「お金などありません。」
「どうして、貴方は・・・・」
「説教だろ・・いらねえよ。」
「・・・そういやあ、セイレーンの肉は高く売れんだよな。」
そして男は、育ての親を手をかける。
尼僧は、その身をもって息子が改心するのならと、抵抗はしなかった。
そこに戻る妹は、絶望にくれ、男に殴りかかる。
「・・・母さん!!」
「狸将、ゆるさない・・・」
「兎月、お前の力じゃなにもできねえよ。」
「無能術士じゃ、何もな。」
そこにあるのは、純粋な力の差。
魔力はあれど、使い方など知らない彼女は、無情さに打ちひしがれた。
彼女が意識を取り戻した時には、母も男の姿も無い。
そして、彼女は男を探し旅にでる。
幾つかの町で聞き込みをし、彼の足取りを追う。
数日経ち、最後に行きつく先は元の村。
そこで男は、父に笑顔でスープを馳走する。
その姿に、彼女は頭に血を昇らせた。
「お前! 何のつもりだ!!」
「母さんを返せ!」
「アイツは、もういねえよ・・・ブッハハハッ。」
「つれえよな爺さんもよぉ・・・俺は、もう行くぜ。じゃあな。」
男は、スープを飲む父に、穢れた笑いを浮かべ寺を出た。
彼女は、男を追い、日向で寝そべり眠る男に何時かの仕返しを企てる。
うつらうつらと睡魔と遊ぶ男は、後方から聞こえる音に疑問を投げた。
「カチカチうるせぇな・・・なにもんだ!」
その発言にびくつき反応してしまう彼女。
それでも理性は最低限働く。
しかし、誠実さが邪魔をし、声少し変えるのみ。
「・・こ、ここはカチカチ山さ・・・」
「・・・・アタシってバカ・・・」
その誠実さが仇となり、男は妹に気付く。
そして笑いながら、彼女に1つの情報を与えた。
「テメェじゃ何も出来ねぇって言ったろ。」
「何がカチカチ山だ・・・ガキでもマシな嘘つくぞ。」
「まぁ、馬鹿なお前に、いいことを教えてやるよ。」
「寺の床下を見てみな・・・ブッフハハハハ。」
「俺は村から出る。 じゃあな、馬鹿兎。」
言葉に従い彼女は、寺床下を調べ、そこで希望は打ち砕かれた。
そこに在った物は、元の姿など無く、あるのは少し血肉が残る骨。
その夜、父は神に絶望し発狂。そして寺は荒れ果てた。
彼女は、全てを失い途方に暮れる。
翌日、村で出会った冷たい旅人達。
彼女の心には、山の様に大きく燃え上がる炎が宿る。
それが、他力であろうと復讐する力を神は彼女に与えた。




