3(218),業と想い
その土地は、世界の縮図の様な場所。
港街を後に、平地を抜け山道へ。
風は既に緑の匂い。
まだ、ところどころに白い雪化粧が残っていた。
荷物を運ぶ飛脚は、竹で出来た水筒の水を煽り駆け抜ける。
何処かほのぼのとした風景は、僕達の心を温めた。
呀慶は、何通かの書状を飛ばし、先の準備をしている様だ。
僕達は、彼に引き連れられ蓬莱の首都へと旅を続けた。
過ぎる景色は、美しい里山。
ソレを見つめる3人に呀慶は声を掛ける。
「これはな、自然の姿ではない。」
「人の手が入ったから、人に美しいと思わせるのだ。」
「人の手が?」
僕は呀慶の言葉に質問を投げる。
そこに、彼の笑顔はない。
「そうだ、人とは傲慢な生物でな・・」
「どこまでも我が物顔だ。」
「私が言えた義理ではないのだろうがな・・」
「人は理由を付けて欲しいモノを求める。」
「それが物だろうと場所だろうとな。」
「お前も、そう思うのだな・・・」
アリシアは、眉を顰める呀慶を見つめる。
そこには、彼女の考えに重なるものがあるのだろう。
僕は、以前に彼女から聞いた話を思い出す。
「アリシア、それは人の業かい?」
「フフッ、ルシアは私の話をよく覚えているな。」
「あぁ、そうだな。」
「行動を否定する気はないが・・・同調する気にはなれん。」
少し重くなった空気は、簡単には治らない。
そして、ラスティは眠りに落ちている。
変わることのない空気はそのままに、ほのぼのとした風景は過ぎる。
その中で、場違いな不思議な声。
「おむすびころりん うれしいな♪」
「こりや、糞坊主ども、待て~!」
畑を挟んだ畦道を駆け抜ける子供達とそれを追う老人。
老人は逃げる子供たちを捕まえる。
しかし、怒鳴りはすれども、老人は人数分のおむすびを分け与える。
「小僧共、盗るのはよくねぇぞ。」
「欲しければ頼めな。」
「まぁ、ただじゃあやれねえが。」
「・・むすび食ったら手伝えな。」
「「「はぁ~い。」」」
そこには、人の優しさを感じた。
子供達は、悪態をつきながらも、老人の手伝いをする。
風は少し暖かく、人々は田起こしの準備を始めていた。
そしてまた、声が聞こえる。
それは、どこか悲しげに悔んでいる様に聞こえた。
「なんで、バレんのよ・・・」
「カチカチが火打ち石ってさ・・」
「おい、娘。どうした?」
そこには、座り込み涙を流すレプスの少女。
彼女は、呀慶の言葉を受け視線を飛ばす。
「お坊様・・・アタシは・・いえ、何でもございません。」
「そうか・・・ではな。」
「!・・いや、話を聞いてはくださりませんのですか?」
「お主が、何でもないと申したではあるまい?」
「・・・」
彼女は、どこか感情の薄い白狼に冷たい視線を向ける。
そして、その横の少女に訴えるような視線を向けた。
「アンタにはわかるよね?」
「・・・アタシ困ってるの・・・わかるわよね・・」
そこに、アリシアは声を割り込ませる。
その表情は、やはり呀慶と同じだ。
「ルシア、やめておけ。」
「面倒ごとだ・・・その上なんの保証も無い。」
「冒険者なら分かるな?」
僕は、その言葉に頷く。
そして、彼女の言葉に僕なりの答えを返す。
「ごめんね。急いでいるんだ。」
「カチカチ以外でやってみればいいんじゃないかな?」
僕達は、膝を落とす彼女を残し、村を後にする。
空には、火を吐く怪鳥が海岸へと向かう姿があった。
日も暮れ始めるも、僕達は山道を進む。
遠くには小さな明かりが一つ。
それは、小さな山寺だった。
「ごめん、住職はいるか?」
呀慶の声は静かに響く。
その声が消える頃、床のきしむ音と共に一人の老人が現れる。
「これは、お坊様ではございませんか・・・」
「すまないが、宿をとらせては頂けないか?」
「へぇ、よろこんで・・」
「・・あの、坊様・・・頼みごとをしても?」
「私にできる事であれば聞くが・・申してみろ。」
老人は、僕達を炉のある部屋へと誘う。
そして、食事を準備した。
「年は始まったばかりですので、大したものはございませんが・・」
出されたものは、大根の雑炊。
それは、この寂れた寺では御馳走だ。
僕達は感謝しながらそれを頂いた。
食事が終わる頃、老人は静かに願いを告げる。
「お坊様、どうか妻に・・・お経をあげてはもらえませんか?」
「・・・どうか、彼女を天国へと導いてやってはくれませんか?」
「本堂で行えばよいか?」
「・・へぇ、お願いします。」
呀慶は席を立ち、寺の本堂へと向かう。
丁寧だが、僕には理解できない言葉の羅列。
それは、老人の乾いた瞳に涙をもたらす。
その老人の想いを亡き妻に伝える様に、呀慶は本堂で経を続けた。
それを見つめる老人の瞳からは涙が消え、強い意志が籠る。
翌日の朝、聞き覚えのある声が、寺に響き渡った。




