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1(216).魔の海域

冷たい風は、不穏な空の元で吹き荒れる。

荒れ狂う海は、船の進行を妨げた。

海中は薄暗く、空の青はそこに無い。


「嬢ちゃん、幽海に引き込まれんなよ。」

「この海には底がねぇって噂だぞ、ハハハァ。」


魚の様な顔の水夫が、笑いながら過ぎていく。

そこに、魚臭さは一切ない。

僕達は、悠安の港を出港し、10日程波に遊ばれた。

相変わらずのラスティは、壺にぶら下がる。

それは、出港して5日も経つと、見た目など気にならない。

彼女の背を擦る水夫たちとは直ぐに打ち解けた。

気さくな彼らは、意外にも水中で息は出来ないという。


「嬢ちゃん・・・考えてみろよ?」

「鰓呼吸じゃ、陸じゃぁ死んじまうだろ・・・」

「まぁ、俺達マフォークは、泳ぎは得意だぜ。」

「・・・な!」


彼は、手をグーパーさせ指の間の水かきを見せる。

その手は、伊達に水夫ではない。

そのガタイ通りに、ゴツく屈強な指。

そして、見せつける水かきは、光に透けることは無い。

僕は彼らと別れ、壺を抱えるラスティを抱え、アリシアの元へと向かう。

彼女は、この揺れの中、新たな甘味を見つけた。

それは、お茶に合う黒い甘味で羊羹と呼ばれるものだ。

ただ、水夫によると一般的な羊羹とは違うというが、素材は変わらないらしい。

しかし、そんな些細な事は彼女には関係ない。


「フッフッフッ、漉し餡の塊ではないか。」

「・・・んんーーー・・・少し水分が欲しいな。」

「・・・この緑のお茶は合う。」

「この相性は、素晴らしい発見だ!」


あてがわれた船室からは、彼女の奇声と独り言が漏れていた。

僕は、眠りについたラスティを抱え、部屋に入る。


「おかえり、ルシア。」

「私は、素晴らしい発見したのだ!」


「シー・・ようやく寝付いたんだ。」

「ごめんね、アリシア。」


彼女は、勢いを殺し、ラスティを撫でる。

しかし、片手に握られた羊羹は離れることは無い。

声の音量を下げるも、表情は大音量だ。


「ルシア、羊羹には、この緑茶が合うぞ。」

「・・・んん美味い。」

「蓬莱が楽しみだな。」


僕は、彼女から差し出された喰いかけの羊羹を齧る。

それは、彼女の趣向には正解だが、僕には少し甘すぎた。

その表情に、笑顔を溢す彼女。


「フフッ、これを飲め。」

「相性の良い飲み物だ。」


差し出されたそれは、確かに甘味に合う渋みがある。

そして、温かい飲み物は心も温めた。

僕の息は、自然と体中の緊張と共に吐き出される。


「はぁー・・」

「いいね、この飲み物。」

「外が寒いから安らぐよ。」


「私の選定は、すばらしいだろ?」


「そうだね。すごくいいよ。」


僕達は談笑し、暗雲立ち込める船旅を楽しんだ。



その海は幽海と呼ばれ、恐れられる海域。

空には、鳥などいない。

そして、水中は西に比べ暗く、嫌な影が蠢く。

僕は、水夫たちの笑い話の様な話を思い出す。


「嬢ちゃん、この海を越えるなんて普通は無理だぜ。」

「実際、この船だって特殊過ぎるんだ。」


「特殊?」


「ああ、これはな、あの天淵様の師匠が、お造りになった船らしいんだ。」

「理由は分からねぇが、この船だけが海を越えられる。」


僕は、首をかしげながら、彼らの言葉に質問を投げる。

それは、彼らの笑いと共に答えを返された。


「じゃぁ、空からは、行けないのかな?」

「でかい鳥とか、ドラゴンとかさ?」


「ハハハッ、無理だぜ、そりゃ。」

「さっきも言ったろ。空には鳥はいない。」

「それはな・・・喰われるからだ。」


僕は、納得するも腑に落ちない。

ゆっくりと、甲板から身を乗り出し海の底を眺める。

そこには、黒い蠢きがあった。

そして、その奥は、深淵の様に深い闇。

しかし、逆に淡く揺らめく様にも見える世界。


「あんまに眺めるなよ、海ってのは魔物だ。」

「人の気持ちを飲み込むからな。」

「夜には見るなよ、魅入られて持ってかれっちまうぞ。」


「・・・そうだね。あれはヤバそうだね。」


僕は、魚の水夫の注意に頷く。

そして、話を戻し答えの先を問う。


「喰われるって、何にだい?」


「混沌ったかな・・・西ではカリブディズだったか?」


僕は耳を疑う、それは御伽噺の存在だ。

そのあっけに取られた表情に、彼らは笑う。


「まぁ、海面に映らなきゃ、水面まで出てくることなねぇよ。」

「・・・言っておくが、幽海で釣りなんかすんなよ・・・」


そこには、気さくな表情は無く、心からの注意だ。

僕は生唾を飲み込み頷く。

彼は表情を戻し、僕をその場に残し仕事へと戻る。



数日経ち、天候は徐々に回復した。

羊羹も無くなり、静かになるアリシア。

目的の島国が見えた頃、波はその任を全うし、勢いを緩めた。

壺を手放す小さな淑女は、海風を楽しむ。

僕は彼女達と共に、冬の陽ざしの降り注ぐ甲板で風を感じた。

封印を司る土地は目の鼻の先だ。


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