39(215).花葬
光の柱が、街の一角を包んだ翌朝。
そこには、様々な噂が囁かれた。
しかし街には、いつもの様な生活がある。
それは、花街でも同じこと。
既に警備は居らず、件の建物が消えたのみ。
花仙郷の庭園には、小さな墓標と季節の花が供えられていた。
「秋泉様、終わりましたよ・・・」
「彼女達も貴方の元へ向かうでしょう・・」
蚩尤は、目を瞑り跪く。
その背中には、優しさと哀愁が滲み出た。
3人の旅人は、その背中に声を掛ける。
「蚩尤さん、そろそろ行こう。」
「国への報告があったよね。」
僕は、彼を現実に呼び戻す。
振り返る姿には、やはり寂しさを感じた。
「ルシア、花をありがとう・・」
「俺一人では、ここまで気が回らなかったよ。」
僕は、首を左右に振り、アリシアに視線を向ける。
それを見る蚩尤は、何処か納得できない表情だ。
しかし、その表情に眉を顰め目を細めるアリシア。
「なんだ、牛・・その表情は。」
「私がガサツだとでも言いたそうだな・・・」
僕は、彼女の言葉に苦笑いが浮かぶ。
その表情が見えたのか、彼女の肩駆けからは、クスクスと笑い声。
それは、ようやく哀愁漂う庭園に、平穏が訪れた様だった。
花街を抜け、目抜き通りから帝城へと足を向ける。
商店街の匂いに、後ろ髪を引かれつつも一行は進む。
見慣れた長い石段の上では、老人の官吏が僕達を待つ。
「お待ちしておりました・・・」
「ルシアさんがお見えにならないようですが・・」
「ご体調でも?」
その言葉に、僕は困惑するも、2人の淑女はクスクスと笑う。
そこに、助け舟を出す蚩尤。
「コイツが、ルシアだ・・・これでも男性だよ。」
「この度、登城するに見合う服がなくてだな・・」
「その・・急いで用意したのだが、女性物しか無く・・」
「まぁ、髪も、まとめる様にと指示したのが悪かったかもしれん。」
「・・・時代も変わるものですな。」
「それでは、ご案内いたします。」
何処か腑に落ちない老官吏だが、感情と仕事は別。
歳のわりに素早い動きで、僕らを宮中の一室へと導く。
廊下の左右を彩る庭園は、秋の花々が咲き乱れた。
「呀慶様、4名をおつれ致しました。」
「・・・わかった、通せ。」
両開きの扉は、片方だけ開く。
部屋の奥では、見慣れた白狼の姿。
そして、彼に従う数人の文官。
「待っていたぞ・・・」
「・・・何だぞの姿は・・まぁ聞くまい。」
「早速、本題に入るぞ。」
彼は笑顔を、一瞬曇らせるも視線を逸らす。
そして、強引ともいえる流れで話を進めた。
「今回の件、大儀であった。」
「報酬は、後ほどギルドから支払われる。」
「世間には、こいつら文官がうまいように話を作るだろう。」
「・・・今回の件は、口外無用・・いいな。」
そこには、懇願するような視線の圧が場を包んでいる。
とは言え、僕は、この件に何か裏を感じた。
「呀慶、あの男は、なんだったんだい?」
「ダッシュウッドのことか。」
「お前たちが来る半年ほど前に来た西の商人だそうだ。」
「報告では、ヒューマンだが・・・」
「あれは、魔人の一種だろう。」
「しかし、あの血の色は何だ・・」
長く生きる白狼の表情に、若干の困惑を擁くアリシア。
彼女は、腕を組み思考も巡らせる。
だが、その答えの糸口を見つけたのは蚩尤の話。
「紫・・店の花の一部が紫だったな。」
「店の女性達は、全て生きた人だった。」
「誰一人魔物ではなかったんだが・・・」
「だが、あの日、彼女達は、皆死んで花は紫の物が現れた。。」
「おい蚩尤、秋泉に魔術のたしなみは無いのではないのか?」
アリシアは、蚩尤の言葉に確認を取る。
その回答は、彼女の言葉通りだが、ある商人の名が上がる。
「アリシアの認識で合っているよ。」
「あの日、ヴァンジョンズという西の商人が店を尋ねたんだ。」
「・・・それから秋泉様は、変わったよ。」
「カーミラ・ヴァンジョンズか・・・」
「董巌の元にも居たな・・・」
「あの時は、数人を闘技会に参加させたというが・・」
「ルシア、憶えているか?」
アリシアは、僕に視線を送る。
その表情に、僕はアリシアと呼ぶことをためらった。
「・・・そう・だね・・・ドワーフとアインさんは憶えているよ。」
「ドワーフのオッサンは・・・人ではなかった。」
「でも、あの人の血は青かったよ。」
「青い血か・・・ワイバーン、ドワーフ、そして娼妓女たち。」
「考えたくはないが、嫌な繋がりができてしまったな・・・」
その言葉を聞く、呀慶の表情も暗い。
彼の口からは、思いもよらない言葉が僕達に向けられた。
「お主らの渡航に、私も加わっても良いか?」
「この件は、捨ててはおけぬ。」
「数年前の西での騒動・・・まだ終わってはおらぬやもしれん。」
僕は、アリシアに視線を送るが、彼女は思考を再開させていた。
そこにあるのは、知識への探求ではなく、もっと暗い何かだ。
僕は、彼女の返答を待つことなく呀慶の問いに頷く。
彼は、悩むアリシアに、一瞬視線を送るも、咳払いし話を進めた。
「では、元の話に戻ろう。」
「妓女たちの事だが、あのまま家族へ返すのも難しい。」
「そこで、国で弔う事にした・・・良いな蚩尤。」
「俺に、彼女達をどうこうする権利なんてありませんよ。」
「・・・盛大に弔ってもらえるなら喜ぶでしょう。」
そこには、少し寂しそうだが、優しい表情の蚩尤の姿があった。
その光景に満足する文官たち。
その後、この事件について事情聴取がされる。
そこには、何時ぞやのラスティの勇士。
ため息交じりの僕と、優しく見守るアリシア。
そして、盛大に顔を赤らめる白狼。
終わる頃には、日は西の空へと場所を変え、徐々に下がり始めていた。
登城から7日程経ち、彼女達の葬儀は行われた。
場所は、花仙郷の建物のあった場所。
そこには、彼女達の家族も立ち会っている。
「ルシア、色々世話になっちゃたね。」
「きっと、鈴々も喜んで・・いるわ。」
涙を拭い、嗚咽まじりで毅然に振る舞おうとする玲々の姿。
僕は、呀慶に渡された男性正装でその場にいる。
空は、雲一つなく晴れ渡り、彼女達の旅路を導くようだった。
高く燃え上がる葬儀の炎は、彼女達を空へと送り出す。
その渦に引かれる様に秋泉の花々は、その色を散らせた。
天高く舞い上がる季節外れの花弁は、風に導かれ東へ消えていく。
そこに、僕達が求める答えがある事を信じたい。
そんな想いとは裏腹に、西の国からは不穏な噂が流れている。
折れてしまったレイピアは、悲しく光を湛えていた。




