37(213).安寧の為に
湿った雪が降る、少し暗い昼下がり。
悠安の花街は、国軍により封鎖された。
「さがれ、この先は立ち入り禁止だ。」
「退きなさいよ!」
「なに? アタイはそっちに住んでんの。」
「死にたくなければ、適当に時間でも潰してこい!」
「横暴よ! このふにゃ〇ん早漏野郎!」
「何だと妓女風情が!」
警備の男は、雑に髪を結んだ妓女らしき女性に睨みかかる。
しかし、同僚はそれを制止する。
「おい、やめろ・・・半分は、あってるじゃないか。」
「おま・・・俺は、あの女の安全を想ってだな・・」
同僚の言葉で我に返り、頭を冷やす警備兵。
そこに、気楽に声を掛ける同僚の男。
「だったら、もっと言い方があるんじゃねぇかな。」
「姉ちゃん、わりいね。こいつ堅いんだわ。」
「・・はいはい、分ったわよ。」
妓女らしい女性は、笑顔で、手を振る。
そして、少し悪戯な笑いで警備兵に礼を告げた。
「ありがとね、早漏で硬い軍人さん。フフッ。」
「・・・」
交わされる言葉こそ、血生臭さはない。
しかし、いつもの空気はそこには無かった。
僕達は、呀慶と共に、男塾と書かれた店の前に待機している。
「呀慶、これは何て読むんだい?」
彼は、届け出とは違う店名に目を顰めため息交じりに声を返した。
「ルシアよ、世間には不要な情報という物がある。」
「かかわると、碌なことは無いぞ・・・と書いてある。」
「ふーん、碌でもない事だけは、分かったよ。」
彼は、硬い表情を崩し、僕の頭を撫でる。
そして周りを確認し、僕達を引き連れ店内へと脚を踏み入れた。
「お客さん、まだ早いよ。」
「って、男じゃねえか・・・なんだよ、あんたら。」
呀慶は、受付の様な男に状況を説明する。
しかし、帰れの一点張り。
呀慶は仕方なく、対応の悪い男の顔を掴み押しのける。
それは、ただ強引にしか映らない。
「ああ、客ではない。国の調査だ。」
「邪魔はするなよ、営業など停止にもできるからな。」
それでも、止めようとする美青年は、巨大な白狼に払い飛ばされる。
部屋の隅で転がる美青年は、怒りを込め声を荒げた。
「おい、何様だよあんた!」
「知らぬか小僧、内大臣の呀慶様だ。」
「その綺麗な頭に刻んどけ!」
1人の武官は、壁に寄りかかり威勢を張る美青年に怒鳴り返す。
そして、彼らにより強引に広間の扉は開かれる。
奥には、数人の美青年と、呀慶と変わらぬほどの上背の美中年。
美中年は、ヅカヅカと迫りくる白狼達に、毅然として声を掛けた。
「これは、呀慶様。」
「どうか致しましたか?」
「ダッシュウッドでよいか?」
「ええ、私が、男塾のオーナーのダッシュウッドでございます。」
「何か、問題でもございましたでしょうか?」
呀慶は、文官に説明を振る。
その意を汲み、文官には見えない高官は、書状を突き出す。
そして、野太い声で読み上げた。
「カイナラーヤ・ユンカー・ダッシュウッド殿に告げる。」
「営業を許可した青玉については、数々の訴えにより30日間の営業野停止を命ずる。」
「また、同期間において法廷への出廷を命ずる。」
「命令理由については、数々の女性失踪への関与、花仙郷での事件関与。」
「なお、不服、取り消しの訴えがある場合、明日より20日間、審査請求ができる。」
「以上。」
言葉を聞くダッシュウッドは、目を薄っすら開け、白目を覗かせ思考に耽る。
そして思考の後、その表情を整え、言葉を返した。
「ハハハッ、何をご冗談を。」
「私共に対し訴えなど、嫉妬心を隠せぬ愚民の戯言。」
「なにより、花仙郷など私共は存じておりません。」
「何かご反論は御座いますかな、呀慶殿?」
そこには、自信に満ちた表情の男の笑顔。
そして、それを取り巻く男の華。
気圧される様に文官は後退する。
しかし、呀慶は一歩進む。
「では、優聖という者はおるか?」
「先ほどあなたが、押し倒した彼ですが何か?」
「呼んではもらえぬかな、カイナラーヤ殿?」
そこには、何か意地の様な物がぶつかり合う。
僕達は、それを遠くから眺める。
呼ばれた男は、僕に軽くぶつかりながら進む。
「あっ、ごめんね君。」
「ちょっと足がふらついちゃってさ。」
「お詫びに、今夜か、明日の夜にここで会おうよ?」
「サービスするからさ、どっちがいいかな?」
「どっちも、結構です・・・」
男は、優しい笑顔を男である僕に投げる。
これは、非常にうれしくない誤算だ。
それを見る、アリシアはクスクスと笑う。
そして、僕の耳元で囁く。
「痛かったな、ルシアちゃん。」
「私が代わりに癒してやるぞ・・フフフッ」
僕は、ため息と共に気力が抜けた。
肩に置かれた彼女の手に自身の手を重ね、彼女に苦笑いを返す。
「夕餉は、何食べようか?」
「・・・怒るな、ルシア。」
「私は・・・」
「分ってるよ、アリシア。」
「ありがと。」
僕達を他所に、呀慶達は、会話をぶつけ合う。
そして、つきつけられる証拠の数々にボロを出す優聖。
その姿を高官達は見逃さない。
「取り押さえろ!」
「抵抗する奴は、切り捨てても構わん!!」
男達は取り押さえられていくも、オーナーだけは違った。
屈強な武官たちを振り払い、投げ飛ばす。
彼の周りだけが、嵐でも過ぎ去ったかの様に荒れていく。
「私が貴様の様な愚民どもに平伏すとでも思っていたのか?」
「・・・とはいえ、準備は整った。もうここにも用はあるまい。」
「俺は、そこらの若造とは違うのだよ。」
彼の背中からは、服を突き破り羽が生える。
そして、端正な筋肉は、ゴツくそして屈強に盛り上がった。
呀慶は、飛びのきつつ、印を結び呪言を唱える。
「オン ソンバ ニソンバ ウン ギャリカンダ ギャリカンダ ウン ギャリカンダハヤ ウン ーーーーーーー」
「な、なんとぉー!!」
目の前の悪魔は、頭を掻けもだえ苦しむ。
そこに兵士たちは飛び掛かるも、力量は天と地ほどの差。
カイナラーヤは悶えながらも腕を振り払う。
それは、兵達の体を断ち、店内を紅く染める。
そして、彼は笑い出す。
「・・・フッフッフッ、アハハハハッ!」
その異常な姿に眉を顰める呀慶は、さらに深く呪言を唱えた。
その瞬間、目の前では更に異常な行動が起こる。
「聞こえなければ、意味をなさぬようだな。クツクックッ。」
意味深な言葉を残し、悪魔は両耳に指を突起刺さす。
その指が抜かれると、赤と青とも言われぬ血が両指と共に現れた。
そして、不敵に笑う悪魔の表情が、場の空気を重くする。
「順番とは理路整然と進むから美しい。」
「俺の番が来たようだな・・・」
「さぁ、愛し合おうじゃないか・・悠安の諸君。」




