35(211).亡びの園
昼間の花街は、夜に比べ賑わいは少ない。
ガラの悪そうな男達は、僕達に頭を下げる。
それは、後方にいる彼への礼儀なのだろう。
「ルシアは、そのなりで銀級とは・・・努力したのだな。」
「アレだけ客が付いたのも頷ける。」
「いや・・関係なくないかな。」
妙に、納得している蚩尤を僕は諫める。
しかし、その横でアリシアは悪い笑顔を浮かべた。
そこには、明らかに裏がある。
僕のため息と裏腹に、彼女は蚩尤に声を投げた。
「蚩尤、ルシアはすごいだろ。」
「そこで相談だ。勤勉なルシアの為に衣装を少し分けてくれないか?」
「コイツは、女物を嫌うのだ・・・悲しい事だろ、可愛いのに。」
「お前は、ルシアの事を想っているのだな。」
「構わんよ、以前に使っていた物は持って行っても大丈夫だろう。」
「あれは、他の女性には、少し小さいからな。」
僕は、それを拒否する様に蚩尤の返答に質問を投げる。
その姿は必死に映っただろう。
「蚩尤さん! 僕は確かに小さいけど・・」
「同じくらいの女性はいるでしょう?」
「ルシア、タッパの事じゃないのだ・・・」
「分ってくれるよな?」
僕は、その誠実そうな表情にため息をつく。
判って欲しいのは此方だ。
その返答に、口元を緩めるアリシア。
それは、まるで玩具でも買ってもらった子供の様だった。
「よし、報酬も増えた事だ。」
「気張っていくぞ、ルシアちゃん。」
僕のため息は、花仙郷の門まで続く始末だ。
肩掛けから、周りを眺めるラスティもどこか嬉しそうに見えた。
花仙郷に着くと、その異様な空気に僕達はたじろぐ。
庭園の花は青く染まり、美しくもその異様さが事の重大さを物語る。
「秋泉様・・・いったい何をなさったのだ・・」
「アレは確か・・・」
「健康状態の確認で採取していた血を与えていたな?」
「・・・ああ、秋泉様は、勿体ないと言い、検査の終わった血を与えていたよ。」
「・・・」
「ルシア、これは不味いかもしれんな。」
「戦闘の用意だけはしておけ・・・」
アリシアは、僕に視線を送る。
それに応える様に僕は、盾を装備し、先頭に立つ。
その姿に、蚩尤は目を丸くした。
「ルシアは、術士ではないのか・・・」
「やはり、苦労して来たのだな・・私はお前の努力の心から讃えよう。」
僕は、その言葉をこそばゆく感じた。
それにも増して、アリシアは嬉しそうだ。
僕は、蚩尤の前に立ち、花仙郷の扉を開ける。
そして、中へと足を踏み入れた。
そこは、昼間だというのに暗く、ジメジメとしてる。
一歩ごとに軋む床板に僕は、驚きを隠せない。
最後尾で肩掛けから小猫は闇の中を見通す。
「ルシア、何もいないよ。」
「広間までは、大丈夫!」
「ありがと、ラスティ。」
僕は、彼女の言葉に背を押され足を進める。
嫌な空気は、その匂いにも表れ、僕達の鼻を襲う。
強烈な臭いは、最も敏感な小猫から手に掛けた。
彼女は肩掛けの奥深くに潜り込み、その持ち主に声を掛ける。
「アリシア、この臭い・・死臭だよ・・ゾンビがいるかも。」
「そうか・・・厚手の布があった方がいいな。」
「ルシア、布で口を覆え、死臭だ!」
後方からはアリシアの声、僕は背嚢に結んでいた布を解き顔半分を覆う。
臭いは和らぐも、その先の扉を躊躇させる。
しかし、これも仕事だと割り切り解き放つ。
そこには、索敵していた通りの数の影。
前傾姿勢のそれらは、何処か儚く、そして切なく見えた。
警戒しつつ奥へと進む僕の脚元には、趣味の悪い義足が無造作に転がる。
それは、依頼の半分ほどを達成したことを意味した。
僕は、ため息と共に盾を構え、奥へと進む。
そこには、生前の様に美しく着飾った女性達。
しかし、その衣装は赤黒く彩りを足されていた。
彼女達は、僕に気づき片言の言葉をぶつけ立ち上がる。
「イ、イラ、シャイませ。」
そして、誘う様に腕を伸ばすも、それは優しい抱擁ではない。
食欲に突き動かされた彼女は、腕の先にその口を突き出す。
僕は、盾で女性をいなし、左手を伸ばす。
その姿に声を上げる蚩尤。
「ルシア、彼女達は悪くない!」
「どうか、傷つけないで安らかに出来ないか!」
それをアリシアは、彼を優しい声で制止する。
彼女の瞳はとても慈悲深く見えた。
「蚩尤、アイツなら大丈夫だ。」
「お前が称賛したルシアだぞ。」
彼は、その姿に衝動を沈めた。
そして、アリシアを守る様に彼女の前に立つ。
僕は、彼らの声を後方に、女性の脇に手を当てる。
「ごめんね。」
僕は魔力を流し、そして彼女の魔力を発散させる。
僕の目の前の女性は、何処か幸せな表情を浮かべた様に思えた。
そして、その場にゆっくりと崩れ落ちる。
僕は後方の蚩尤に、亡骸に戻った彼女を任せ、次の女性へと向かった。
十数回繰り返される魔力発散は、彼女達を一瞬光で包み、優しい表情へと戻す。
死臭の立ち込める秋泉の園は、その日、全てを散らせた。




