34(210).手の平の上で
日は高く、そして温かい一日が始まる。
その割に風は変わらず肌寒い。
ギルドの入口で掃除するギルド長。
「これはこれは、ルシアさんにアリシアさんではありませんか。」
「これから、お食事ですかな?」
「ウチもいる!」
「おぉ、これは失礼を。」
「ラスティさん、こんにちは。」
「こんにちは!」
小さい淑女は、嬉しそうに肩掛けから声を飛ばす。
アリシアは、その光景に愛娘を見るかの様に眺め微笑む。
僕は、久しぶりに見た悠安ギルド長に違和感を覚えた。
彼は、何かある度に掃除をし、僕達と接点を作るからだ。
「あのギルド長・・また問題ですか?」
「聞いてくださいますか、ルシアさん。」
「実はですね・・・」
「待て、ギルド長・・・どうせ依頼だろう?」
「昼餉の後にまた寄らせてもらうよ・・・」
「逃がす気はあるまい?」
アリシアの鋭く死んだ魚の様な目に、牛老人は笑う。
それは、図星だからでは無い。
彼の術中に引き込んだからだろう。
そんな姿に、アリシアはため息と共に言葉を返す。
「高くつくぞ・・・好々爺。」
「抜かりは御座いませんよ、銀級の冒険者殿。」
僕達は、深く頭を下げる好々爺を後に商店街へと向かう。
そして、昼餉を済ませ、またギルドへと戻った。
ギルド内では、掲示板に群がる冒険者達。
「金貨2枚だと・・条件は・・・」
「ハァ・・・・最低条件が銀ってあり得んだろ?」
「ああ、まったくだぜ!」
「誰も受けれねえよ・・・」
「だったら軍だけで動けってんだよ!」
悪態だけが埋め尽くす掲示板の前。
それを苦笑いで見守る受付嬢の内心は察したくはない。
横では、満足そうに見守るギルド長の姿があった。
「ルシアさん、アリシアさん、お待ちしておりましたよ。」
彼は、僕達に一礼すると、視線だけを掲示板へと向ける。
その笑みに、アリシアは頭を掻く。
「あの爺さん、碌でもないな。」
「ルシア、帰るか・・・」
「聞くだけ聞いてみようよ・・・金貨2枚」
「先立つ物は何とやらって・・・」
「・・そうだな、蓬莱でも入り用だしな。」
「では、ジジイの元へ向かうか。」
僕は、アリシアと共い受付へ向かう。
それは、あの人だかりから依頼書を取る行為が嫌だからだ。
それに気づく好々爺の笑顔は変わらない。
僕にもアリシアのため息がうつる。
そして、苦笑いの受付嬢の元に到着。
「いらっしゃい、ルシアくん。」
「アハハハ、ウチの上司がごめんね。」
「何を言いますか・・・ルシアさんのご意志ですよ。」
「冒険者とは、自由意志の存在ですからね。」
僕には、この牛爺の笑顔が、お面なのではと思えた。
それは、アリシアも同じだった。
「おいジジイ、来てやったぞ。」
「なんだ、あれは・・・」
「依頼でございますよ・・・依頼主は国ですがね。」
僕らは、牛爺の作られた笑顔に冷たい視線を返す。
そして話だけを聞く事にした。
不変の笑顔は、僕達を引き連れ、件の応接室へ。
その間、受付嬢は依頼書の回収に走る。
「はーい、この依頼は受注されましたので回収しますね。」
「おい、受付の女・・その依頼に私も加わることは出来ないか?」
そこには、蚩尤の姿があった。
しかし、彼は銀級ではなく、ましてや冒険者ですらない。
その事を知る受付嬢は、目を細め彼にため息を吐く。
「花街の蚩尤さんでも、規律は規律です。」
「受注者が了承でもしない限りは無理ですね。」
「・・・そうか・・女、受注者に会うことはできぬか?」
受付嬢は、左上に視線を向け腕を組む。
そして、彼に待つように声を掛け、件の応接室へと足を向けた。
応接室では、二人から冷たい視線を向けられるる好々爺。
しかし、彼にその圧力はどうということは無い。
まるで置物の様な姿に、アリシアは呆れため息をつくしかできなかった。
「おいジジイ、依頼内容だけは聞いてやろう。」
「・・・約束だからな。」
「約束という物は、大切ですからね。」
「では、玲々が戻るまで、お茶でも出しましょうかね。」
アリシアは、更に目を細め、老人を睨む。
そして、やや低い声で声を投げた。
「・・・変なものはいれるなよ。」
「疑う事も、冒険者には大切な資質です。」
「聞くはタダですが、聞かぬは損ですな、ハッハッハッ。」
つかみどころのない好々爺は、茶の準備を始める。
そこに、受付嬢は加わり、ギルド長と代わる。
「ギルド長、私がやりますよ。」
「年寄りは、座っててください。」
「この位は・・・」
「邪魔です。座ってくださいね。」
受付嬢に睨まれつつ、こちらに戻る好々爺。
その姿に、口元を緩めるアリシアは、どこか満足そうだった。
僕は、目を覚ましたラスティを抱き、脚の上に座らせる。
そして、場は整い説明が始まった。
場の空気は重く、予想すらしていなかった玲々は俯く。
その姿に、一瞬視線を向ける好々爺だが、今は仕事。
彼は、僕らに視線を戻し、話を続けた。
「・・・この件は、あなた方にお願いする事が最善かと思った次第です。」
「国は、大事にはしたくないと見受けられる。」
「いや、それは無理ではないか?」
「消えたのは、暴君と言えども国の将だろ?」
「しかも、素行は最悪だが功績もある・・・」
アリシアは、牛爺を睨むことなく、端正な姿で依頼を聞く。
僕は、腕を組み、牛爺の話の裏を覗くも、それは無駄だ。
彼は、淡々と必要と思われる内容のみ語る。
「捜索対象の過去は、どちらでもよいのです。」
「依頼は、ただ彼の捜索。」
「私が、あなた方に頼む理由は、彼が消えた場所に縁ある者だからです。」
「そして、あなた方はお強い・・・人材は有限ですからね。」
まったく表情が変わらない好々爺。
そこには、穏やかだが歴戦の戦士の様な圧があった。
彼は、視線を窓の外に向け、言葉を続ける。
「知人に関係があると思うと、寝覚は良くはありますまい。」
「気がかりは、自ら解消してはいかがかな?」
その一言は、最初から用意されていたかの様だった。
僕は、ため息をつき、アリシアに視線を向ける。
そこには、若干眉を顰め、拳を握る姿。
僕は、彼女の握られた拳に手を重ねる。
「アリシア・・・ダメだよ。」
「あぁ、判ってはいる・・・」
その呟きを耳にする受付嬢は安定の苦笑い。
そして、何かを思い出したかのように声を掛ける。
「そういえば、花街の蚩尤さんが、力になりたいって言ってましたよ。」
「ルシアくん、会ってみる?」
「蚩尤さんか・・・うん、何か手掛かりがありそうだね。」
僕は、部屋を後に足早に遠ざかる足音から意識を外す。
隣では色々と諦め、ラスティをじゃらすアリシア。
少し時間を置き、2つの足音が部屋の前に止まり扉を開ける。
そして聞き覚えのある男の声が投げられた。
「ルシア、アリシア・・・アンタらだったのか。」
「・・・頼む、俺も連れて行ってくれ。」
「金はいらん・・・何が起きているのか知りたいのだ。」
僕は、蚩尤の言葉に頷きを返し、その意を伝えた。
相変わらずのアリシアだが、空気を読みラスティを肩掛けに納める。
「では、仕事だな・・覚えていろよ好々爺。」
「年を取ると物覚えは悪くなるものですよ。ハッハッハッ。」
この後に知ったギルド長の出自。
元は国で有名な軍師だったという。
彼は、その手腕と人柄から多くの者に慕われた。
それは、女帝から評価され、その一族の長と称される程。
そして引退の後、異例ではあるがギルドへと招集。
彼は今でも尊敬され、牛族の王、牛魔羅王と呼ばれる。