33(209).接ぎ木
偽りの園は、活気を取り戻すも雰囲気だけは戻らない。
なじみの客足は減り、欲望に生きる者が寄り付いた。
それは、またあの暴君を呼び出すことになる。
彼は、その園に価値を見い出し、老人に言い寄った。
「なぁジジイ、ここは俺様が買い取ってやるよ。」
「欲しい金額を言え、色を付けて出してやる。」
「・・・アンタに花を愛でる権利はないよ。」
「さっさと帰ってくれ・・・」
意気揚々と現れた夔牛に対し、秋泉は睨みつけ客として扱わない。
その姿に、新たな客達は歓声を上げる。
「爺さん、いいねぇ。」
「客の為に、官をのけるたぁ、俺は気に入ったね。」
「この酒を追加で頼むよ。」
「さぁ、姉ちゃんたちもガンガンやってくれ!」
「・・・オジサンと朝まで楽しもうじゃないか?」
「・・ア・ありがトウございマす・・うぅ。」
「?、まぁ、今日は3人で楽しもうじゃあないか!」
「「・・・はい」」
「よぉーし、料理も追加だ!」
その姿に、秋泉は好々爺へと戻った。
しかし、彼の妓楼は何処か不穏な空気が渦巻いている。
それは、彼が一番感じていた。
そして、あの女の言葉が脳裏をよぎる。
"大切にしてやれば、言う事ぐらいは効くはずだよ。"
"それでも、馴染むまでは注意しな。"
その言葉に、彼は疑問を擁きつつも、彼女達を労い着飾った。
だが、不幸なことは、ふとした切っ掛けで顔を出す。
翌日、彼は裁判官の前に立っていた。
「秋泉、お前は、死霊術を使うと噂が立っている。」
「それは事実か?」
「いえ、滅相もございません。」
「私は、ただ人に夢を売る商い人にございます。」
裁判官はその答えに、眉を顰め老人を睨む。
そして、対局に控える官に声を掛ける。
「夔牛、老人はこう言っておるぞ?」
「私から見ても、この者に死霊術など使えるとは思えぬ。」
「いかがか?」
「人は見た目で決まるものではございませんよ。」
「だた、この者も言っておるではございませんか?」
「人に夢を売ると・・・」
「そんな不確かな物は、商いではございませんよ。」
夔牛は軽く背を反らし、裁判官に見下す様な視線を向ける。
そして、苛立つ裁判官に続ける。
「私は、この目で見たのですよ。」
「死者が蘇り、この老人の元でこき使われる姿を。」
「・・・あまりにも忍びない・・・・私は悲しい。」
演技染みたその姿は、喜劇にしか見えない。
それでも、裁判官は場の空気を正し、老人に視線を向ける。
「秋泉、この夔牛の言葉についてはどうだ?」
「お前は、死者を従者とし商いをするというが真実か?」
「いえ、私の店には、死人の様に肌が白く美しい者はおりますが、決して・・」
裁判官は、老人の些細な挙動に長年の経験を照らし合わせる。
その動きは、罪人に多く見られる挙動だ。
結果、裁判により秋泉は牢へ送られた。
そして秋泉は、取り調べの中、真実を告げた。
しかし、老人の口から語られた夔牛の蛮行。
そして夢物語の様な現象は虚言とされた。
その上、老人の言葉に夔牛への侮辱罪が認められ、彼は罪人へと落ちた。
その夜、花仙郷の扉は、一人のミノスの手で開けられる。
「ジジイが、最初から手放せば死なずとも済んだモノを。」
「夔牛様、よかったじゃないですか。」
「ただで女たちが手に入ったんですから。」
「蘇る女なんて儲けもんですよ。」
「ガハハハッ、そうだな。」
「しかも、美人ぞろいだ。」
男達は下賤な笑みを浮かべ、女達の控える店内へと足を踏み入れた。
そこは、夜の闇も相まって、外の幻想とは相反する場所だ。
軋む床板を進む夔牛は息を飲む。
それでも、あの時の様に店内へと続く廊下を進む。
辺りは真っ暗で、手に持つランタンだけが心のよりどころだ。
短い様で長い廊下を小さな影が過た。
「・・な・なんだつ・・!」
「ひぃ・・・脅かさないでくださいよ夔牛様。」
「ただの妓楼です・・何もいやしませんよ。」
男達は息を飲み、そして、空の笑いで場を和ませ合う。
しかし、老人の戯言が耳から離れない。
"彼女達は、まだ馴染んでいない。"
"悪いことは言わん・・・ワシらから手を引け・・"
男達は廊下の奥の扉を開く。
そこには、あの空間だ。
男達が、欲望のまま暴れ遊んだ、あの空間がソコにはある。
しかし、その闇に佇む十数名の影は、それを客とは思わない。
主の命が失われ、制御を失う彼女達。
次々と上がる男達の悲鳴。
現実を忘れようとする夔牛の声は空しく響く。
「俺が新しいオーナーだ・・・」
それから、数日が経ち、出頭を求められた夔牛の姿は宮中にはない。
それは、彼の州へも連絡が行くが、夔牛は見つからなかった。
国は状況を重く考え、彼の捜索に動く。
そして、ギルドにもその依頼は届いた。