表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/220

32(208).造花

青く染まった薔薇が美しく咲き誇る庭園

そこには、好々爺の姿はない。

再び店が開かれた花仙郷は、妓楼の格を落とした。

今までの様に女性の笑みは無い。

それでも、男達の下世話な笑い声だけが場を包む。


「ハハハッ、お姉ちゃん、乗り悪いよ。」


「・・ソ・そうですね・・」

「・・・」


「ほら、可愛いんだからもっと笑いなよ。」

「ね、是も食べてさぁ。」


「・・ア・あリガとうございます。」


「君は初めてなのかな?」

「そうい初々しいのも好きだよ僕。」

「・・・今夜どう?」


「・・・ソ、ソウですね・・」


「マジかぁ~。じゃあもっと飲んじゃおうね!」


あれから、男性客に対する老人の対応は緩くなった。

客からすれば、嬉しい誤算だ。

しかし、以前の常連からしたら彼の姿が守銭奴に映る。


「秋泉さんよぉ、いいのかい?」


「・・・構わんよ。本人の意志じゃ。」


そこには、何処か違和感のある好々爺の表情。

今までも能面の様に違和感があったが今は違う。

明らかに、狂気じみた笑顔に変わっているのだ。


「そ・・そうかい。」

「俺は帰るわ、勘定ね。」

「鈴々ちゃん、楽しかったよ。」


「ア・ありがトうございマす。」


そして客が引き、夜明けと共に部屋へと女性が戻った後。

老人は、笑顔で彼女達に化粧を施す。

その姿は職人であり、子供の様だ。

その部屋はバラの香りに包まれ死臭など一切しない。

心の壊れた老人は、遠い日の想い出に浸り、筆を動かし、綿を叩く。

そこに礼や笑顔を返す女性の姿はない。

だた黙々と笑顔の男が作業に耽る。

そして、疲れから彼は眠りに落ちた。



それは彼の見る夢の中。

懐かしい声に彼は、目を開ける。


「秋泉、ちょっと服のほつれを直しておくれよ。」


彼の目の前には、遠い日の懐かしい女性達。

忘れた事の無い彼女達の名前を呟く。


「李央さん、ちょっと待ってください・・・」


「フフッ、秋泉はモテモテね。」


男の目に映る指先は、枝には決して見えない。

急かされるままに、破れた服の裾を手直しする。

そして、遊女を送り出す。


「できましたよ。」


「ありがとね、秋泉。」

「終わったら、料理の余り持ってきてあげるよ。」


秋泉は、汗を拭い、もう一人の遊女の元へ。

そして、化粧を始める。


「小蘭さん、昨日遅くまで起きてましたね。」


「いいじゃない、本読んでたのよ。」


「いいですけど・・隈まであるじゃないですか・・・」


「・・・隠せるわよね?」


「化粧は、あまり体には良くないんですよ。」


「だって、貴方が貸してくれた本じゃない・・・」

「責任取りなさいよ~。」


秋泉は、いつぶりだろう。

子供じみた笑顔を目の当たりにし、心を掴まれた。


「・・どうにかしますよ。」

「仕事ですから・・・」


「・・ごめんなさい、秋泉。」


彼は真剣に彼女の肌を整え、化粧を施す。

最後に唇に紅を指す。

そして、彼の口から小さく息がこぼれる。


「小蘭、どうにか消しましたよ隈。」


鏡を見ることなく彼女は彼の手を取る。

そして、喜びと共に彼への感謝を伝えた。


「秋泉、ありがとー。」

「フフッ、アタシ秋泉の真剣な顔好きだよ。」


そして彼女は、客間へと出ていった。

それを見つめる店のオーナー。


「秋泉、いい仕事だ。」

「・・・ですが、女性を心に泊めなさんな。」

「辛くなるのはお前さんだよ。」


「はい、店長。」

「彼女達は、店の看板です。」

「ここを出る時は、上客に買われる時でしょうね・・」


その言葉を聞くと店長は、彼の肩を叩き部屋を出る。

そして、言葉を残す。


「お前さんは、笑顔でいなさい。」

「腕のいいお前なら、この先も安泰だ。」


その言葉と共に彼は目を覚ます。

そこには、現実味の無い現実が広がる。

生気を失くし、目的すら分からない女性達が佇む部屋。

男は、今は亡き小蘭の言葉を胸に彼女達を化粧した。

その日々が繰り返され、老人は疲労し、また夢を見る。


「秋泉、私、国仕えの文官にもらわれる事になったんだよ・・」

「身請けは、7日後かな・・」


「・・・そ、そうなんだ、小蘭よかったじゃないか。」


「・・・ありがと、秋泉。」


「じゃ、化粧するよ。」


秋泉は、真剣に筆を走らせる。

しかし、白粉は容易く崩れ出す。


「小蘭、大丈夫?」

「体調悪いなら、店長呼んでくるよ?」


「・・・秋泉のバカ!」


彼女は、化粧室を駆けだし、自分の部屋へと引きこもる。

その姿に秋泉は唇を噛み、瞼を瞑った。

そして、目を開けると、目の前には聞かざる小蘭の姿。

その光景は、明らかに時が進んでいる。

しかし、その事は彼が誰よりも理解していた。

なぜなら、それは記憶であり夢なのだから。

目の前の小蘭は、悲しい笑みを向ける。


「秋泉、最後の化粧だね・・・」

「ありがと・・・これ私だと思って大切にしてね。」


彼の手には、白いバラと小さな人形。

それは、彼女の大切な物だった。

秋泉は彼女へ声を掛ける。


「小蘭、僕は君だけを愛し続ける。」

「だけど、君は幸せになってくれよ。」


彼に背を向ける女性は徐々に小さくなり、馬車へと消えた。

そして、世界は涙で歪む。

現実に引き戻された老人は、その人形の様に女性を愛した。

目の前に映る彼女たちは、美しく煌びやかな衣装に身を包む。

それは、小蘭の人形の様に美しく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ