26(202).花の園の好々爺
目抜き通りから脇道に入りると、立派な建物が建ち並ぶ場所がある。
それは、どの建物の柱も赤くはない。
商店街の様な活気は無いし、空気は何処か重く感じた。
僕は、メモを頼りに1棟の建物を見つけた。
その建物には、この場所には似つかわしくない少し大きめの庭を持つ。
そこでは、気の優しそうな老人が花の世話をする。
「お爺さん、ここは花仙郷という場所であってるかな?」
「ほほぉ、綺麗な娘さんたちじゃの・・・」
「花仙郷はここじゃよ。」
「何か用かね?」
その問いにアリシアは眉を顰め、僕の前に出る。
そして、彼女が老人に声を返した。
「いや、ここは・・・」
「・・・稼げると聞いてな。」
「ほぉ、では、ついてきなされ。」
「詳しくは、中で話そうな・・・フォフォ。」
建物の扉を開けると、そこにはバラの香りが広がっていた。
中には、上背がありガタイのいいミノスの男性が小綺麗な服装で迎える。
「秋泉様どうされました?」
「よい・・・稼ぎたいそうじゃよ。」
「・・・蚩尤、客以外は追い返すんじゃぞ・・・園が穢れるでな。」
「御意に」
老人は、薄気味悪い笑顔を浮かべ、僕達を店内の奥へと連れていく。
店内には、既に客が酒を飲み女性を侍らせていた。
「おぉ、オーナーじゃねぇか。」
「ここは天国だな!」
「へぇ、ごゆるりと・・・フォフォフォ。」
客へ見せる笑顔は、まるで面の様に冷たい。
しかし、ここの空気は、それすらも見抜けなくさせている様だ。
僕達は、別の部屋へ通される。
そして、老人からこの店について告げられた。
「ここは、一般向けには、ただの飲み屋じゃ。」
「入用なら相談にのるがの・・・フォフォフォ。」
アリシアは、眉を顰め老人を睨むように見据える。
そして、机の下の僕の手を握る。
「・・試しで働くことは出来るのか?」
老人は、僕達に舐める様な視線を向ける。
そして、ひとしきり終えると、算盤と呼ばれる計算道具を弾く。
そして、試算が終わると視線を戻す。
「そうじゃな、7日でこれならどうじゃ?」
「コイツは、私と一緒じゃないと人見知りをする。」
「一緒でいいなら、それに乗りたい。」
「・・・どうだろうか?」
老人は更に算盤をはじき、目を瞑り腕を組む。
そして、筆で書いた事すら分からない程細い目を見開く。
「これなら考えよう・・・どうじゃな?」
「泊る場所が無いなら部屋も用意してやる。」
「・・・よろしく頼む。」
アリシアは、僕に視線を送り、片目を閉じる。
これで、1週間の宿は浮き、問題の場所に潜入も出来た事になる。
しかし、僕はその達成感に満ちた笑顔を冷たく見つめた。
僕達は、先ほど蚩尤と呼ばれたミノスの男に案内され、宿泊する部屋に着いた。
「新入り、ここがお前たちの部屋だ。」
「一部屋で良いんだよな?」
「ああ、一部屋で良い。」
「何かあったら呼べ。」
「外出は自由だが、一言声を掛けろよ。」
「あぁ、すまない。」
蚩尤は、僕達を残し店の方へ帰っていった。
僕達は、部屋に荷物を降ろし話し合う。
「・・・アリシア。」
「いいではないか、宿代も浮くし、情報も集め放題だ。」
「・・・何が問題だ?」
「わかってて言ってるよね。その顔・・・」
そこには、悪戯な笑顔がある。
彼女の言う事は理にかなっていた。
しかし、それで良しとはいかない部分もある。
だが、洋服棚をあさる彼女は、笑顔で声を飛ばす。
「フフフッ、あるじゃないか。」
「さぁ、化粧の時間だ、ルシアちゃん!」
入店してから4日経つ。
ここに勤める者には大体話をすることできた。
その中には、受付嬢の妹である鈴々の姿も。
「なぁ、嬢ちゃん。金に困ってたらオジサンが助けちゃうぞぉ」
「いえ、まにあってます。」
「難いなぁ~、もっとリラックスしないと。」
「こっちのお姉さんみたいにさぁ。」
「お姉さんは、どうだい?」
「あぁ、必要ない。」
アリシアは、手慣れた手つきで客を失神させた。
それは、だいぶ昔の記憶にもある。
失神した紳士は、うまい事、柱の陰に横たわる。
その位置では、表情など誰にも見えない。
僕達は、客の注文を適当に食べ、時間を過ごす。
そして、砂時計が落ちる頃には、何食わぬ顔で客を起こす。
「お疲れですね。お兄さん。」
「ほら、僕が立たせてあげますよ。」
「・・・おお、すまんな。」
「・・なにっ! ボクっ娘だと・・・」
「おじさんの推しにしちゃおうかな?」
「・・御冗談を。」
「店長、お客様がお帰りです!」
これは、僕にとって嫌な日常だ。
しかし、それを見つめるアリシアは、何処か表情が緩い。
客が帰ると僕達は、休憩室へ戻っていくのであった。