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Scrambled Egg  作者: 読まれる前提
《たまごの殻》

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34章. 《怪物の腹わた》

巨大な器は、

外から壊れるとは限らない。


多くは、

腹の中から腐っていく。


「日山ホールディングスという怪物」


日山HD――

それは「会社」という言葉で呼ぶには、あまりにも大きすぎる存在だった。


グループ会社は六百三十四社。

その数だけ社長がいる。


社員は二十万人を超える。

国家に匹敵する数だった。


名刺の肩書きだけなら、六百三十四人の「王」が存在する計算になる。


だが、実際に玉座に座っている者は、ほんの一握りだ。


中核を成すのは筆頭会社、日山商事。

表向きは「商事」と名乗っているが、実態は金融、物流、不動産、海外投資までを束ねる巨大な中枢で、日山HDという怪物の心臓だった。


HD全体の役員数はおよそ二百名。

その中でも、グループ全体を統括する役員は三十名に満たない。

複数の役職を兼ねる者も多く、肩書きの数と実権は必ずしも比例しない。


数字だけを見れば、秩序ある巨大企業に見えるのかもしれない。

だが、内部は違う。


ここには、国家と同じものがある。

権力、派閥、利権、そして――見えない警察。


その巨大な組織の頂点に、長年君臨してきたのが藤堂高虎、日山ホールディングス会長だった。


創業家の人間であり、象徴であり、抑止力。

高虎は細かな経営判断には、既に口を出さない。

役員会に出れば、誰もが姿勢を正した。

一言も発しなくても、空気が変わる。

それが藤堂高虎という存在だった。


だが、一つだけ。

誰にも触れさせない領域があった。


日山HD 特別対策室。


その部署は、組織図のどこにも明確な位置を持たない。

役員会の管轄でも、社長直轄でもない。

唯一、会長だけが指揮権を持つ――異質な存在だった。


役割は単純だ。

監視と排除。


裏金。

反社会的勢力との関係。

違法取引。

内部不正。

そういった“腐食”が日山という巨大な器を内側から溶かさないように、

水面下で処理する。


役員であろうと、子会社社長であろうと例外はない。

対策室に呼ばれた時点で終わりだ――

社内にはそんな噂が、半分冗談、半分本気で流れている。


もっとも、対策室は万能ではない。

「裁く」ことはできても、「支配」することはできない。

会長の権威を背景に動く以上、会長が健在であることが前提だった。


その均衡を、崩そうとする者がいた。


藤堂高雄。

日山HDの役員。

藤堂家の血を引き、次代の中枢にいるべき男。

彼は表向き、忠実な経営者を演じながら、裏で静かに勢力を伸ばしていた。


裏金。

買収。

恐怖と欲望。


高雄のやり口は、露骨ではない。

法の境界線を計算して、踏み越えないふりをする。

だが、その足元は確実に汚れている。

そして汚れた手は、同じ汚れを求める者を引き寄せる。


日山商事の中で、高雄は影響力を膨らませていく。

役員の票。

子会社の忠誠。

関連会社の資金の流れ。

表の顔は変えずに、骨格だけをすり替えていくようなやり方だった。


そんな中で行われた、人事異動。


倉橋は末端に近い子会社の社長へと昇格する。

一見すれば栄転。

だが実態は、中央から遠ざけられた配置でもあった。

日山商事の中枢を動かす場所ではない。

その名刺の肩書きは立派でも、僻地の城主。


そして――

莉花が、日山HD特別対策室室長。

各関連会社監査役の長。


誰も気づいていなかった。

この人事が、日山という怪物の未来を決定づけるとは。


ほどなくして、藤堂高虎は引退を表明する。

日山を震わせる決断だった。


表向きの理由は年齢と体調。


だが内部では、別の見方が支配的だった。


――これ以上、内部の腐食を放置すれば、日山は外からではなく内側から崩れる。

高虎は、それを知っている。

知ってしまったからこそ、引退したのだ、と。


そして会長は、最後の決断を下した。


日山HD 特別対策室。

その全権を、莉花に委ねた。


室長としての裁量を全面的に与える。

会長直轄という枷を外し、対策室の権限を“組織”として成立させる。

それは、単なる人事ではない。

日山という国家に、もう一つの権力を与える宣言だった。


その知らせを聞いた瞬間、藤堂高雄は理解した。


自分の敵は、役員でも古参でもない。

反対派でも、野心家でもない。


――自分の娘だった。


皮肉、と呼ぶには生ぬるい。

最も守るべき存在が、最も危険な位置に立った。

そして何より厄介なのは、娘がその位置を“望んで”立っていることだった。


やがて始まる、日山商事社長選出。


役員会は、伏魔殿と化した。


裏金で動く者。

金では動かない者。

理念を掲げる者。

ただ自分が頂点に立ちたい者。

誰かを引きずり下ろすことに快感を覚える者。


票は割れ、疑心暗鬼が渦巻く。


藤堂家の名は強い。

だが、その名が強いからこそ、争いも激しくなる。

誰もが、藤堂を利用したい。

誰もが、藤堂に屈したくない。


結果として、藤堂高雄は社長に就任する。


最高得票数ではあったが、全体の三割にも満たない。

拍手は鳴った。

だが祝福はなかった。


敵だらけの会長。


その椅子は、

玉座ではない。


薄氷の上に置かれた椅子だ。


そして皮肉なことに、


その薄氷を割るのは

特別対策室の室長――


藤堂高雄の娘だった。


こうして日山ホールディングスは、三つの力に分かれる。


金欲で結ばれた高雄派。

高雄を認めない反対派。

そして――秩序を監視し、裁く特別対策室。


三権分立。

三つ巴。


誰もが誰もを疑い、

誰もが誰もを必要としている。


日山という怪物の内部で、

本当の戦いが、静かに始まろうとしていた。


静かな戦いほど、

深く内側を壊していく。


血が流れる前に、

もう取り返しのつかないものは

いくつも壊れていた。


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