デスサイス病の始まり
デスサイス病は全身の血管がダメージを受けてやがて心臓を壊して死に至ってしまうという恐ろしい病気だった。
感染経路は完全には解っていなかった。ただ感染者と触れあうことは絶対の条件だったようだ。
症状自体の緩和がロココの実を煎じた薬で出来るというモノで、完全な完治には聖なる魔力による病原菌の大元を破壊しなければならず一種の呪病という話であった。
ただ当初はそれすらも分らずにオーレリアン王国は大打撃を受け国力が弱まっているところに西の国でも唯一病が流行らなかったカノン王国から攻め入られるというゲームではそういう流れになっている。
公式ではその最中にヒロインのマルガリータがアルフレッドやキリア、ルーアンなど攻略対象を聖女の力で助け、呪病と分かり国の人々を救うという流れだった。
そのデスサイス病がついにウィルソン子爵家の領地にも現れたのである。
デスサイス病は血管の呪いの病気なので感染した人間の身体は赤黒く変色していくこれまでにない症状が現れる。
それが転生者である私とアスランの救いであった。
町中で見たこともない症状の人間が現れたらウィルソン子爵家の屋敷まで知らせるように指示をロココの木を育て始めた頃から領地内に出していた。
その一方が入ったのだ。
それはまだ完全に暑くなる前の爽やかな季節の午前であった。
私はちょうど理論講義の休憩時間でアスランが作っていた薬草の庭を見ながらティータイムをしている時だった。
「身体が赤黒く……それでその患者は?」
報告に来た従者は跪いて頭を垂れて報告を続けた。
「はい、いま町の病院の一つダンカン・デービスから報告が至急の連絡が入りました」
アスランと私は視線を合わせると頷いて立ち上がった。
一緒にしていた母に目を向けた。
「お母さま、緊急の出来事がありました。疫病がこの町にもやってきたようです」
母のオリビアは聡い女性なので静かに頷いた。
「話を聞いてわかりました。こちらの方は任しておきなさい。ハリーに知らせます。ただ、二人ともくれぐれも気を付けてください」
私もアスランも頷いて薬剤研究室へ寄ってロココの実を元に作った薬をカバンに入れてダンカン・デービスがしている病院へと向かった。
町の中の病院は個人病院が普通で転生者の私が知っている総合病院と言う考え方が無かった。それは薬草、また、魔術で病気を治すという考え方が基本だったからだった。
私は病院の近くまで馬車で行き、従者には一定以上近付かないことを命令してウィルソン子爵領地内の人々が領主からの指示を重く受け取っていることが直ぐに分かった。
町の自衛団の若い青年たちが指示を出した通りに病院の周囲に誰も近付かないようにしていたからである。
青年の一人が私たちを見つけ静かに会釈した。
アスランが彼に近付き唇を開いた。
「病人に触れた人々は?」
「全員、病院の中にいます。ダンカン先生が直ぐにご家族も呼んで話を聞いてテイラーさんと一緒に行っていたジミーも病院で待機するようにと」
私は安堵の息を吐き出した。
人数が多ければそれだけ薬剤が多く必要になり、私も治す人々が多くなる。
一歩間違えば治療が間に合わないということにもなる。
アスランは私を見ると軽く肩を抱いた。
「ここで封じ込めウィルソン子爵がかねてからの話のように街道を封鎖すればここでの疫病の拡大は止められる」
私は頷いた。
中に入るとダンカン医師と看護婦をしている彼の娘とテイラー一家とジミー・ジョンソンの7名が発症しているエイム・テイラーの周囲に集まっていた。
エイム・テイラーは中年の小太りの男性で顔色は蒼褪めデスサイス病特有の肌のあちらこちらが赤黒く染まっていた。
私はアスランを見た。
「アスラン、ロココ薬剤を皆さんに」
アスランはロココ薬剤を周囲にいてまだ症状の見れない人々に一粒ずつ渡した。そして、最後にエイム・テイラーの口に含ませた。
ゼイゼイと苦しそうに息をしていたが少しマシになり赤黒い肌の色が一か所に集まり呪の陣を描いた。
私はその瞬間に彼の手を握り目を閉じて祈った。
「どうか、助けて……そして、この呪いが広がらないように」
私は転生者だ。亜久里るりだった頃の記憶もある。日本が故郷か。このウィルソン子爵領地が故郷か。そう言われると迷う。
でも、この地の人々も守りたいと思う気持ちは間違いない。
「私は例えどうであったとしてもマルガリータ・ウィルソンでもあるわ」
そう思った瞬間に組み合わせた手の間から眩い光が輝きを放った。
呪の陣は消え去りエイム・テイラーの呼吸がマシになった。
私とアスランは顔を見合わせて笑みを浮かべた。
そして、ダンカン医師をはじめ全員に聖魔法で中に巣食っているかもしれない呪の陣を破壊し体内に入り込まないようにバリアを張った。
ダンカン医師は巨漢のがっしりした男性で少々厳つい顔をしてたが私とアスランに頭を下げると笑みを見せた。
「領主のご令嬢と第一王子が自ら来てくださるとは感謝します」
私は素直な気持ちで首を振るとストンと言葉が零れた。
「いいえ、皆さんはウィルソン子爵領地の大切な宝です。お守りするのは当然です」
誰もが笑みを浮かべて私を見つめてくれた。
そこには私がこれまでマルガリータ・ウィルソンに持っていた『残念ヒロイン』という概念はなかった。
そう、私は私。
マルガリータ・ウィルソンはマルガリータ・ウィルソンで残念ヒロインではないのだ。
私はアスランと病院を出て空を見上げた。
「そうね、残念ヒロインって私がこの世界をただのゲームだと思っていたからね。マルガリータ・ウィルソンはマルガリータ・ウィルソンだったのよ」
アスランは笑みを浮かべると私の頭を撫でた。
「ポジションなんてのは本当はないんだ。マルガリータ・ウィルソンはマルガリータ・ウィルソンでどのポジションでもない。胸を張って生きていけばいい」
『ポジションなんて雑誌やプロダクションがいっているだけだろ。るりはるりでどのぽじしょんでもない。胸を張って舞台に立てばいい』
遠い日に兄が言ってくれた言葉が重なって聞こえた。
そう言えばアスランの前を私は知らない。
まさか。
まさか。
私は隣を歩きながら空を見上げるアスランを見つめて胸が高鳴った。




