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十五、嵐ふきあれて

 和也の怒気をはらんだ言いようと見下ろされる迫力とに玄は何も言葉を口にできない。


「何か言えよオラあっ!」


 殴られ、椅子から転げ落ちる。


 倒れ際に片足が机の脚にひっかかり、上に載っていた弁当が上から転げ落ちて床にぶちまけられた。


 クラスメイトたちの悲鳴が教室内に響き渡るが、誰もが硬直して意味ある行動を起こせないでいる。


 拳のぶち当たった頬が焼けたように痛く、玄は床に転がったまま頬を押さえて足をばたつかせる。


 それからいきなり息が苦しくなった。鼻血が出てきたのである。


(何だこの先輩、何だこいつ……!)


 平気で暴力をふるえる人間がこのような近くにいるという事実に恐怖を覚える。


「小野、テメエ!」


 佳が立ち上がり、身構えつつ叫んだ。


 和也は悲しげとさえ取れる怒気をはらんだ声で、


「佳、何でこんなクソガキといちゃついてんだよ!

 お前を守れるのは俺だけだって言ったろ!

 なのに何でこんな奴と」


「あたしを殴ろうとした男が、あたしを守ろうだって?

 テメエふざけんなよ」


 言いつつ、佳は和也と距離を置いていた。かすかにふるえているのが見える。


 ゆっくりと身を起こして、玄は、しかしながら立ち上がるタイミングを計りかねていた。


「あたしを守るどこか、あたしを殴ろうとして未知を殴ったテメエが、ひとを守るだなんて笑わせる。

 恥もかき慣れると恥とも思わねえのか。

 そもそも生まれたころから恥って気持ちを持ち合わせてなかったのか。

 もしもあたしがテメエなら、自分自身の存在に思い悩んで身投げすることは間違いねえな!」


「佳、テメ……っ」


 和也が片手で佳の胸倉をつかむ。


「また殴ろうってのかよ。

 やってみろよ早く!

 あたしの顔に二度と取れないあざをつけてみやがれよ!

 来いよ!」


 そこまで挑発されては和也のような性格の男は実行せざるを得ないのではないか。それは危険だと叫びたい。


「佳、テメエ!」


 拳を振り上げて和也は佳の頬をめがけて振り下ろそうとする。


 玄が立ち上がり、鼻血が流れるのも構わず和也に体当たりした。


 バランスを崩した和也は佳を手放し、しかしながら倒れ込むには至らない。


「……っと」


 体勢を戻し、和也は自分のシャツを見下ろした。


「鼻血がついた……。

 テメエ! どうしてくれるんだ!

 ぶっ殺してやる!」


「いや、その」


 へっぴり腰で両手を前に突き出す。


 和也の拳が再び頬にぶち当たる。玄は後ろに吹き飛んだ。


(あ、これもう、心が折れそう……)


 再び佳がピンチに陥っても助けに入れるかどうか怪しい。今の自分なら恐怖で見捨ててしまいかねない。


「どうやらテメエから相手してやんねえとなんねえみてえだな……」


 和也は手近にあった椅子の背もたれの両脇に手を添えた。


 血の気が引く。


 椅子を振り上げ、和也は転がる玄に接近してくる。


「いやだ、死にたくない……っ」


 我ながら情けないと思う声を上げて床を這うが、身体が思うように動かない。


 そうしている間にも和也は近づいてきていた。


「死ねよ」


 そう呟く声が聞こえてきた。


 そこへ、


「先生、こっちです!」


 聞き覚えのある声が響き、それとともに教師が数名教室内になだれ込んできて、和也を取り押さえた。


「ふっざけんな、いま大事な話してんだ、放せよ!」


「それが話をする態度か!

 こっちに来い!」


 教師数名に引き立てられ、和也はしぶしぶ教室内から連れ出されていった。


 しかし、教室の出入り口に差し掛かったとき、


「白根、テメエ!」


 教師を連れてきた未知の姿をみとめ、睨みつけて、


「テメエが佳に付きまとっている男がいるって教えてくれたんじゃないか!

 なのに何で先生を呼びやがったんだ!」


「良いから、ほら、来い!」


 未知に凄むも、教師に連れられ、和也はその場から去った。


 後には、完全に血の気が引き、死んだかのような顔色の未知が残されていた。



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