十四、ネタ
昼休みの玄の教室にいきなり姿を現した未知はつかつかと佳と玄のいるほうに歩み寄ってきて、
「こいつが」
未知を睨むようにしながら玄を指さした。
「何のために近づいてきてるか、佳はわかってんの?」
「ンだよまたその話かよ。
決着ついただろ、それ」
面倒くさそうに佳が髪をかき上げた。
(『こいつ』……)
玄は少なからず傷ついた。
「だいたい未知が、こいつから告白されたって話、嘘だって言ってたじゃねえかよ。
ンな嘘ついてまでこいつを引き離そうとするのはなんでだ?」
佳も「こいつ」呼ばわりするが、それはなぜか傷つかない。
「決まってるじゃない!
前にも言ったけど、こいつは」
再び玄を指さし、
「自分の小説のネタ探しに利用するために佳に近づいているんだよ!
こいつの小説読んでてわからなかった?
ヒロインがだんだん佳そっくりの性格になってきているってこと」
「前にも言ったけど、わかんねえよ」
「そんなつもりは……」
玄としては佳を積極的に小説の材料として見ようというつもりはなかった。
だが、いつの間にやらそうなってしまった可能性というのはありうる。現実からも材料を得ようとする以上、その過程で佳の成分が混ざらないとも限らない。
「それに、前もって言っとくけどよ」
佳はしっかと未知を見返し、
「あたしは別に小説の材料になったとしてもかまわない。
それで良い作品ができるってんなら、恥ずかしくはあるが、嫌う理由はないんじゃねえの?」
「大迫さん……」
その言葉に玄は落涙しそうになった。
その一方で、
「わかんない……」
未知があとずさりした。
「佳がそこまでこいつの小説に肩入れする理由がわかんない……」
「何で未知がそれをわかんねえのかあたしにもわかんねえけどよ。
そりゃまあ、最初は、心をへし折るために欠点を探して読み込んで、ってのがそもそもだったけどよ」
「そうだよ。
佳だってそもそもこいつのこと好きじゃなかったじゃない」
「そうだけど、何度も持ってくる小説がな」
「邪魔でしょ。ウザいでしょ。はっきり言ってやってよこいつに!」
「まあそう思わんでもないが……」
佳は目蓋を伏せた。
わずかでもそう思われていると知り、玄は口元が引きつった。
目を見開き、佳は、
「それでも、いつも熱気に溢れていて、少しずつだけど腕も上がってきて、ああ、本気でやろうとしてるんだ、ってのが伝わってきて、あたしも楽しかったんだ。
そういう情熱を向けられる、ってのが、あたしにも新鮮で、嬉しいんだ。
未知はこいつのこと好きじゃないからそうは思わないんだろうけど、あたしはそう思ってるよ」
「ば……、ばっかじゃないの!
わたしは二人の仲に反対だからね!」
そう言って、未知は教室から去って行った。
「『二人の仲』って……」
言われた言葉を玄は繰り返す。その意味を考えると、頬が熱くなるのを感じる。我知らずもじもじしてしまう。
「馬鹿。深く考えんなっ」
紙束で頭を軽く佳に叩かれた。
「ごめ……?」
謝りかけ、佳を見ると、佳は佳で顔が真っ赤になっていた。
「未知も、何を勘違いしてんだか……。
そりゃまあこんだけ二人で話してたら妙な勘違いもするかもしれねえけど、だからといってこのあたしがそんな仲だなんて馬鹿な話が……」
目を横のあらぬほうに向けてブツブツと呟いている。
(違う違う、勘違いするな!)
玄は必死に自分自身に言いきかせる。
佳は言葉の意味に照れているだけで、決して玄との関係を想って羞恥を覚えているわけではないはずである。
期待をすれば意味もなく後で深手を負うことになることは間違いない。
だから深呼吸をして、ひとまず落ち着くことが大切である。
「何で深呼吸?」
うっすらと頬を染めたまま佳は上目遣いでこちらを見てくる。そのような姿を見せられれば惚れてしまいそうになるが、そこはこらえて、
「気を取り直して、って思ってさ」
「なるほど」
佳は言って、再び小説の読み合わせを始める。
いつもより厳しい指摘に耐えながらしばらくそうしていると、教室の出入り口から、
「佳!」
と男の声がした。
声の主を見やると、
(あれって確か……)
ハンサムで有名な小野和也という先輩のはずだった。
以前、佳との間で問題行動を起こしたという話を公平から聞いてはいたが、なぜ和也がここに来ているのだろう。
佳は舌打ちした。
「何で小野の野郎が……っ」
当の和也はこちらに接近し、しかしながら呼ばわった佳のほうではなくこちらを見下ろしてきて、
「テメエか、佳に近づくクソガキってのは」




