十三、友情
「何だよンなもん知らねえよ」
自席で頬杖をつき、視線だけ佳はこちらに向け、すぐにそらした。
「今度のは傑作なんだ。
今までできていなかったことができるようになったっていうか、新しいやりかたに目覚めたっていうか」
「知らねえっつってんだろ」
こちらをふたたび見るつもりはないようである。
「白根さんのことは」
どうやらその話に決着をつけない限りは受け取ってもらえそうにない。
「僕には何のことなのかさっぱりわからない」
「ざっけんなよ」
こちらを見もせずに毒づかれた。その声は鋭さや突き放す感じは控えめだったが、だからといってこちらを否定していないわけではないだろう。
いぜん佳に対して抱いていた恐れといった感情が復活してくる。
だがここで引き下がるわけにもいかない。手ごたえのある新作を完成させた以上、ぜひ読んでもらわねばならない。
となれば、こちらが切れるカードはただ一つである。
「僕はもう、白根さんとは会わないよ。
大迫さんに読んでもらいたいときは、大迫さんとだけ会うようにする。
だから、読んでもらえないか」
「お前……」
こちらに視線を向けてから、頬杖から身を起こし、佳はしきりに右手で髪の毛束をよじりはじめる。もう一方の手の指先でトントンと机の上を何度も叩く。どうも落ち着きがなくなっている。
かと思うと、佳はいきなり立ち上がる。引かれた椅子が床をこする音が派手に響いた。
「わかった。ここでちょっと待ってろ」
そう言って佳は駆け足気味に教室から去った。
取り残された玄は自分のクラスではないので居心地の悪さを感じ、しかしながらどうすることもできないので、黙ってその場に紙束を両手で持ち猫背気味に突っ立っているしかできなかった。
佳のクラスメイトたちの好奇の視線にさらされる。はっきりとは聞こえないが、そこかしこから聞こえるひそひそ話は明らかに自分たちを題材にしたものだとみて間違いはないだろう。
そんな苦しさも小説の題材になると思えば耐えられる。
そう考えようとしたものの、やはりつらいものはつらい。
十分もしないうちに佳が戻ってきたが、その左頬が赤く腫れていた。
どうした、と訊く間もなく向こうから、
「喧嘩してきた」
「誰と」
「ンなもん決まってんだろ。言わせんな。
出せ」
どっかと席に尻を落とし、佳は片手を突き出してきた。
「何を」
「察しの悪いやつだな。
傑作様とやらを出せと言ってんだろ」
慌てて紙束を突き出した。
佳は表紙をめくり、
「ハッ!」
と笑った。
「出だしからして駄作じゃねえか。
やり直し!」
紙束を勢いよく返される。
玄はそれを受けとることも忘れて、
「白根さんと喧嘩したってこと……」
「はっきり言うなよ」
「それって僕が、僕が……」
「僕が僕がじゃねえよ。
こいつはあたしと未知の間の問題だ。お前が責任感じる必要はねえ」
しかしあの未知が佳を引っ叩くほどの怒りを示す事案だったということである。
未知のついた嘘とその怒りとを考え合わせると謎があるが、とりあえずは、
「じゃあ、また作品書いてくるよ」
「なるべく早めにな。
お前忘れてっかもしらんけど、テスト近いからな」
「あ、ああ」
すっかり忘れていた。
公平と仲たがいをしたときはかなりの覚悟が必要だったのに、佳は簡単に未知と喧嘩ができることに人間関係の質の違いを感じてしまう。
喧嘩することも含めて受けいれられるしなやかさがそこにはあるのだろう。
対して、自分はどこか公平との友情をうしなうことを恐れてびくついていたところがあった。うしなうことを恐れていては良いものは手に入らないのだろうか。
(次作のテーマは友情かな……?)
そう思い書いた作品を携え、再び佳の教室に向かう。
翌日に新作を読み終えた佳が紙束を手に昼休みの玄の教室にやってきて、玄の隣の空いている席に尻を置いた。
食事をしながら、赤く書き込んだ箇所について一つ一つ佳が解説をしていると、そこへ、
「佳!」
この教室に未知が姿を現した。
今まで玄が見たことのないような不快さをあらわにした表情をしていた。




