第4章 俺達の初恋の行方
生まれて始めて
こんなにも誰かを求めてる
いつか終わりが来る命を燃やして
俺達は今をただ素直に生きていきたい
*
恵鈴が涙目で俺を見詰めながら、立ち上がって追いかけてきた。
俺の胸に飛び込んできた妹の身体は熱く、柔らかく、かぐわしいほどに旨そうな匂いを放って全身全霊で俺を誘惑しているみたいだ。
それを必死で抑え込む。
『平常心だ』という親父の声を思い出す。
だけど、身体は素直過ぎた。
俺の足の間に入って全身を預けてきた恵鈴の柔らかな感触に、
痛いぐらいに張り詰めてきてものすごく苦しい。
そうと知っているのか、恵鈴はさらに俺を追い詰めてきた。
俺の大事なところをあろうことか手でひと撫でしたんだ。
「やめろ!」
夢中で恵鈴を押しやって俺はまた逃げ出した。
風呂場に逃げ込んで鍵をかける。
服を着たまま冷たいシャワーを浴び始めた。
平常心になりたい。
獣になって大事な恵鈴を傷つけたりはしたくない。
もっと、時間が要る!
俺は大人になりたいんだ!!
今の自分がまだ頼りないガキだから。
今日一日、親父の仕事振りを見て、親父と二人で話をして、大人の男の生き方をもっと知りたいと思ったんだ。
間違うことは怖いけど、わからなくなって誰かの意見に流されることのほうがもっと怖い。俺の人生を誰かに仕切られるなんて、そんなの無理だ。
せっかくまた生まれて来れたのに、惰性で生きるのはもううんざりなんだ。
俺は今度こそ、晴馬のようにしっかりと地に足をつけた大人の男に成長すると決めたんだ。
そのためなら、俺は耐えられる。
恵鈴と生きていくなら、俺が大人の男にならないといけないよな?
曇りガラス越しに恵鈴の手のひらが二つ張り付いた。
こちらからその手に自分の手を重ねる。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」と泣いて謝っている恵鈴に向けて、
俺は言った。
「恵鈴。
泣きながらでも良いからちゃんと聞いてくれ。
俺はお前が好きだ。
お前しか見えない。
お前と生きていきたい。
だから、俺はお前よりもっとしっかりとした強さが欲しい。
俺に時間をくれ。
俺が誰にも頼らずに責任が取れるようになるまで待ってくれ。
俺の事が好きなら、待てるだろ?
お前は強いし頭も良い。
美人で頑固だけど一途だ。
おふくろや親父よりもずっと俺達は解り合える。
俺達にしか解り合えないことなら今までだって沢山あったよな?
二人だけの秘密は数えきれないほど沢山あるだろ?
俺は一度だって裏切ったことはない。
どうすればお前と二人で生きていけるのか
一緒に探して行きたいと思ってる。
だから、時間をかけていこう。
焦らなくても、俺はお前を諦めたりしないから」
「ようまぁぁぁ……」
ガラス越しに恵鈴が縋りついていた。
まだ、張り詰めたもう一人の俺が
今にも爆発しそうだからドアを開けるわけにはいかないけど。
どうしたものか、と悩んでいたら。
恵鈴が泣き声交じりに喋り出した。
「私も、好き…。
ようまが大好き…。
ようまさえ居てくれたら友達も家族もいらない。
あなたがいない人生なら死んだ方がマシ…」
熱烈な愛の告白に、俺の心臓が高鳴っていく。
「知ってしまったから、もう止められないよ。
あなたが欲しくて、気が狂いそうなぐらい胸が苦しいの。
どうすれば良いの?
私は、どうすれば良いの?
苦しいの…」
「俺だって、今すごく苦しいよ?
だけど、お前と生きていくためなら耐えられる」
「ようま…」
「乗り越えるしかないんだ。
えりん。俺と死ぬまで一緒に居たいなら、耐えられるだろ?」
曇りガラスの向こうで、恵鈴が首を振った。
わがままな恵鈴が滅茶苦茶可愛すぎて、反則。
今すぐ抱きしめて押し倒したいけど、それは先の楽しみにしておこう、と自分に言い聞かせた。
「苦しいの…苦しいよ…ようまが欲しい…」
うわごとのような甘い声でそんなわがままを言われて、
急に笑いがこみ上げてきた。
我慢できなくて、俺は風呂場の音響の中で大笑いをした。
大好きになった女が俺を欲しがってる。
それがこんなにも嬉しいなんて。
笑いが落ち着くと、いつもの恵鈴の声で名前を呼ばれた。
「ごめん。嬉しいんだ。
お前が素直過ぎて、可愛くて、俺の事欲しがって・・・。
それが嬉しくて、すごく幸せだから」
「ようまばっかりズルい!
私も幸せにしてよ!!」
それから俺は。
ありったけの愛の言葉を恵鈴に浴びせるように囁いた。
今の俺ができる精いっぱいの愛情表現を
恵鈴は素直に受け入れてやっぱり俺と同じように笑い出した。
一笑いしたら恵鈴も落ち着いたみたいで、
俺は濡れた服を脱いで熱いシャワーを浴びてから
リビングで待つ恵鈴のもとに行って隣に座った。
「乗り越えられたのかな?」
「いくらなんでも、気が早いだろ?」
「燿馬の顔付き、なんか変わった」
「そうか?お袋にも言われたけど…」
「また不安になったらキスしてくれる?」
間を置いて、恵鈴がそんな可愛らしいことを言うと蕩けそうになる。
「キスは当分なし。身体に悪いだろ?
心が通じていればなんとかなるよ。
じゃないと、俺本当に辛いんだから…」
ふくれっ面になった恵鈴がまた可愛くてヤバイ。
「よし、じゃ、こうしよう。
不安になったら、キスよりも俺に全部ぶつけてこい。
どんな気持ちも全部、受け止めてやるから」
「なにそれ…。体育会系みたいなこと言うよね?」
「え?そうか?体育会系って、そういう感じだっけ?」
恵鈴は身体を俺に向けて顔を真っ赤にしながら聞いてきた。
「じゃあ、私がエッチな気分になった時はどうすればいいの?」
ドカン、と一発ぶち込まれてしまった。
「…エッチな気分て…え?」
「女の子だって、我慢するの辛いんですけど」
「そ…そんなこと、耐えろって言っただろ?」
「燿馬はさっき、シャワーでしてきたんでしょ?」
「してきたって?」
「私はね!なんでも知ってるの!男の人は一度火がついたら、抜かないと…」
「わわわわわわわ!!」
俺は恵鈴の口を塞ぎながら意味不明な言葉を喚き散らした。
「私のこと考えて自分の手で気持ち良くなったんでしょ?」
「そ…そんな」って、誰だよおまえ?
俺の知らない恵鈴が悩ましい声でそんな下ネタを言ってきた。
「恵鈴てかなりエロイよな?親父に似たんだろうな」
「燿馬だって、顔に似合わないぐらい立派な…」と俺の股間を見て急に照れだすとか。
「今、想像したのか?」
「だって、小さい頃は散々見てきたじゃない」
「いやいやいやいや…あんなものじゃないからな!」
「なにがよ?」
「見たらきっと驚くぞ?」
「見たことあるもん」
…は?
「私、パパとママがしてるところ…見たことあるもん」
ドカン、ドカンと、空襲が止まらないんですけど。
恵鈴はとんでもない発言を連発して、俺を殺す気か?!!
「やめろよ…。両親のアレなんて俺は視たくもない…」
「私だって見たくて見たわけじゃないよ?誤解しないでよね?!」
顔赤くして自分の言動から責任放棄する恵鈴なんて初めて見た。
いつもは堅物で冷静で妙に大人ぶってたのに。
俺しか知らない素顔の恵鈴は、年相応の可愛い女の子だ。
女の性欲を処理する方法なんて知らない。
男なんて確かに簡単だよな。
手ですればスッキリするんだから。
女は手でしないのか?
「…お前は普段、どうしてるの?」
「そういうこと、聞く?本当に知りたい?教えてもいいけど、後悔しない?」
恵鈴が俺を揶揄い始めた。ちょっとSっ気がある恵鈴が新鮮で面白い。
だけど、すぐにモジモジと恥ずかしそうな態度になりつつ教えてくれた。
「基本は同じだよ…。自分の指で触りながら…好きな人のことを想像するだけで…」
想像したら鼻血が垂れてきた。
「血が出てる!!」
それから俺は鼻栓をして、
なぜか両手をベルトで縛られて、恵鈴の隣で眠りについた。
せめて一緒に寝てくれと言うから。
だけどそんなの生殺しだろうに。
寝惚けて手が出ると厄介だから、俺は志願して手首を拘束される選択をした。
翌朝。
お袋も親父も普段通りで、俺達のことを詮索しようともしなかった。
恵鈴曰く「ママは、自分達で考えていけばいいって、それしか言わなかったよ。全面的に信頼してる。たとえ人殺しになってもその信頼関係は変わらないって言ってくれたの」
お袋は相変わらず凄い人だ。
あの人の子供に生まれて、俺達はたぶんかなり恵まれていることだろう。
普通の神経なら、双子の兄妹が近親相姦なんてことになるのはかなり抵抗があるはずだ。
なのに、お袋は……。
「燿馬。その手首の痣はなんだ?」
親父が気付いて俺に聞いてきた。
何と答えれば良いのか迷っていると、恵鈴が「私が縛ったからよ」と答えた。
親父は固まっている。
「無事に朝を迎えられたんだもの、良かったじゃない」と、おふくろが呑気な声で親父に話しかけた。
そして、俺に向かってウインクをする。
どこまでお見通しなんだろうか、おふくろの千里眼は…。
「ほら。お弁当できたわよ」
いつもの日常に戻って来た。
学校に行く道のりを、今日から俺達はまた二人で歩いた。
考えてみればどんな時もいつも二人で一緒にいた。
同じ景色を見て、同じ場所に通って、同じ教室の中で互いの心を感じ合いながら。
誰にも入り込む余地のない俺達の絆は、これからもきっと誰にも侵害されない。
それだけ特殊な俺達だから、きっと一線を越えても誰にも気付かれない。
そんな気がしてきた。
恵鈴が調子に乗って手を繋いできたけど、俺は構わない。
真白も冴島先輩も俺が恵鈴と手を繋いで登校しているのを見て、声もかけて来なかった。
「おはよう。お二人さん!」と、ちずが後ろから追い付いてくる。
恵鈴がちずに「ごめんね。燿馬は私だけのものだから」といきなり宣言したのには、さすがにちびりそうになったが。
もっと驚いたのは、ちずは普通に笑って「わかってるよ」と言ったこと。
夏の初めの南風が吹く中、
俺は恵鈴の笑顔を見詰めながら自分の中に生まれた決意をしっかりと握りしめた。
未来はこの手で創っていくのだと……
「天邪鬼な君に」 終わり




