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天邪鬼な君に  作者: 森 彗子
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それは恋。きっと恋。 4

それは去年の夏。


中学三年生のときだ。

進路のことで色々と悩んでいた時期に、私達家族は温泉旅行に出かけた。日常から離れた方が良い考えが浮かびやすくなるというママの提案で、自宅から車で7時間もかけて出掛けた先は函館市だった。


幕末志士が新政府軍と戦ったという五稜郭を観光しているとき。

パパとママはまるで新婚旅行のカップルのようにいちゃつきはじめ、一緒に居たくないのか燿馬が勝手に単独行動を始めたから、私は少し離れながらもアイツについていったんだ。


展望台のタワーに登り、五芒星のカタチをした大きな公園を見渡す。

遠くに雪を被る山脈が見えたり、霞んでいたけれど北海道の地形がわかる海岸線がうっすらと観えて、すごく良い眺めだった。


燿馬の方から私に近付いてきて、言ったんだ。



「お前のことずっと守ってきたけど、これからどうする?

もう俺に守られる年でもなくなっただろ…。


俺達、距離を置いた方が良いと思うんだよね。

お前はどう思う?」



言っている意味はわかる。

双子の兄が妹の世話から解放されたい、と言っているだけの話だと。


だけど私がこの時感じていたのは……。



……勝手に涙が溢れ出した。


「え?なんで泣いてんの?」と、燿馬が驚いていた顔と、明らかに困っている態度。



追い打ちをかけるように胸がズキズキと痛んだ。



わけがわからないよ。


いきなりそんなこと言うなんて。



私を見放すなんて。


ずっと守ってくれるって約束したのに!!




裏切られたような気持ちで、酷く悲しくて……




そして、猛烈に腹が立った。





燿馬と私の間に流れる空気が変わった日。

それが、始まりの日だった。



「恵鈴?」



ちずの声が聞こえるけど、私は返事ができる余裕がない。

今はこの得体の知れない猛烈な痛みに耐えるのが精いっぱい。

呑気に燿馬のことが好き好きと言っているちずに、私の気持ちなんてわかるわけない。



泣き顔を見られたくなくて、私は自分のベッドに突っ伏して黙り込んだ。



しばらくそうして荒ぶる心の嵐をやり過ごそうと、ちずが以前コピーしてくれた音楽データが入ったメモリースティックをコンポのセットしようかと思い始めた頃。


ふと顔を上げて振り向くと、ちずは靴下を脱いで自分の足の爪にペディキュアを塗っていた。


スカートから伸びた細く長い脚と、筋の浮いた足の甲の先に延びた女の子らしい指先に、薄いピンク色の爪が並んでいて。


髪を短くしたばかりの彼女は無意識に耳に髪を掻き上げる仕草をして。



こういうのを、綺麗になったって言うんだろうな。

小学生の頃の少年みたいなちずは立派な女性として成長したんだと感じた。



私に視線に気付いたちずは薄く微笑んだ。


「落ち着いたの?

初恋の相手、誰なのか聞いても良い?」


……初恋?


「そんなに動揺するぐらいなんだから、よっぽどその人のことが好き……なんでしょ?」


……え?


……だって、相手は燿馬だよ……?。



滅多に泣かなかった私をこんなにも追い詰めたのは、

唯一私を泣かせることができるのは、



兄だ……。



「認めちゃいなよ。それはきっと恋だよ、恵鈴」



これが恋?


これが……?


……この気持ちが、恋なの?



「あんたのそんな顔、初めて見た……」


何も知らないちずに頭をよしよしと撫でられる。

この子にそんなことをしてもらう義理はないけど、その手を振り払う度胸もない。


もしも、ちずが燿馬と恋人同士になったら、私はちゃんと笑える自信がない。



応援して、一緒に喜んで、

二人がパパとママみたいにイチャイチャするのを目の前で見るなんてことになったら、

きっと耐えられない。



燿馬を誰にも渡したくない。



燿馬は私だけの兄だ。




私だけのナイトだ。





私のものだ。





「あ。燿馬帰ってきたみたい」


ちずは立ち上がって窓から外を眺めた。

短いスカートから太ももとおしりの境界線が見える。



あんな身体を差し出されたら…鈍い燿馬でもどうなるかわからない。




いや!!!




私は枕を頭に乗せて耳を塞いで目を閉じた。



時間は残酷だ。

私の気持ちがまだ全然追いつかないのに、どんどん針を進めていく。

一秒でも良いから止まって欲しいのに。


この戸惑いを私はどうすることもできない。



小さい頃は何も考えずにいられた。

難しい問題なんて存在しなかった。

一緒にいることが当たり前過ぎて、

子供部屋を分けられても私達は二人寄り添って一緒に寝た。

男女関係なく同じ遊びをして、同じものを見て、同じものを食べて暮らしてきた。


パパやママが知らない燿馬のことを沢山知ってる。

私と燿馬の二人だけの秘密も数えきれない程沢山ある。


身体中に残っているどんな小さな傷跡の理由も、

繰り返し見る悪夢に怯えた私を抱きしめた力強さも、

背がどんどん伸びていく燿馬を一番近くで見上げた風景も、

不安な時に私の瞳を覗き込んで小さく頷いて励ましてくれた頼もしさも、

私しか知らない燿馬の全てが走馬灯のように押し寄せてくる。



私の手を離して

私の知らない燿馬に変っていくのを見ていられないよ。



どうすればいいの?



時が私から大事なものを全部むしり取っていくみたい……。



ちずが部屋から出て行こうとする気配を感じて、

「ちょっと、待って!!」と呼び止めた。


驚いて私を見るちずの両手をやっとの思いで掴むと、床に座ってもらうように引っ張って膝を付け合わせて座った。


自分が何を言おうとしているのかわからないまま。

私はちずの目を真っすぐと見ていた。

ちずは警戒しているように緊張しているみたいだ。


「私、今からとんでもないことを言うけど……、驚くと思うけど聞いて欲しいんだ」


ちずはちょっと嬉しそうに口元を緩めて、うんうんと頷いた。

期待を裏切ってしまうけど、今何もしないわけにはいかない気がして。


「あのね。私の心の中にある想いは、悩みの原因は……ちずと同じなの」


「片思いしてるってことでしょ?」


「ん?片思い、とは違うと思う。それに、きっと違うかもしれないけど多分本質は同じことなような気がするんだけど、でも私もうこれ以上黙って耐えられそうにもないから思い切ってちずにだけは打ち明けるんだけど……」


「まどろっこしいなぁ。だから、誰が好きなの?」


「だから、ちずと同じ人だよ!」


ちずは首をゆっくりと傾げて「ちょっと待って」と早口でつぶやいた。


そして視線を泳がせてから、徐々に驚愕の表情に変化していく。



視線が私の両目に戻って来ると、確信したように見つめてきた。


「……まさか、そんなこと。あんた、自分の兄が好きだって言ってるの?」



ぐわぁぁぁぁぁぁぁっと、全身の血が駆け巡るような奇妙な感覚に包まれた。



ちずは口を大きく開いて、しばらく呆然として私を見詰めていた。

多分私もそう変わらない顔をして、ちずを見つめ返していたんだと思う。



しばらく、二人で動けなかった。

次に出てくる言葉が何も思い浮かばない。



でも、沈黙はやがて破られる。

ちずの携帯端末のアラームが鳴り出した。


「汽車の時間が……、私もう帰らなくちゃ」と、ちずは鞄を掴んで立ち上がって逃げるようにドアを開けて階段を降りて行った。



リビングでは平和そうにゲームをしている燿馬のがいる。

その横を通らないと、我が家の玄関にはたどり着けない。


ちずが何か言うんじゃないかと心配になって、私は追いかけた。



すると、燿馬がちずに「お前は顔がでかいもんな」と言っている声だけが耳に飛び込んできて……。


次の瞬間、私は自分のスリッパを右手に持ち振りかぶって思い切りやつの頭に叩きつけた。


「いますぐ 撤回しなさい!!」


「ぐ……ぐぐぐぐぐ…」と、燿馬が喋れないほど首をきつく締めあげる。


「ちず!こいつの言動なんて、気にすることないから!

こいつはバカなの!他人の気持ちを配慮できない人間のクズなの!!」


こうしている間も、私は思ってしまった。

このままちずが燿馬の失言に傷付いて失恋してくれたらいいのに、と。


このバカは私が責任持って管理していくから、もうさっさと次の恋を見つけてよ。

そんな気持ちを込めて、私はちずの目を見詰めていた。


「ってぇぇぇな!!なにすんだよ!

いきなり背後から襲うって、人として終わってるのはお前だろうが!!」


「女の子に顔がでかいって言えちゃうあんたをぶっ殺す!!」


「やめて!


いいから! ……本当の事だもん。

私の顔、ようまと並んだら大きいのは事実だから……」


ちずは私の視線に恐れをなしたような怯えた顔をして立ち上がった。そして、飛び出すように玄関から出て行った。


それを呆然と見ていた燿馬が、酷く困った顔をしたから。

ちずを追いかけなくちゃ、と考えていることぐらいわかってしまったから。


私の気持ちなんて知らない燿馬は、素早く立ち上がって駆けだした。


「おいかけて!!」


取ってつけたセリフだけど、このまま二人がどうなるのか試したい気持ちがあった。



私の燿馬への気持ちを知ったちずはどう動くかどうか。

私の事を本当にトモダチだと思っているなら、私を差し置いて燿馬を独占しようとするのか……。



なんか、まるで私。



すごく嫌な女じゃない?




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