99.オムズ・イブ
オムズ・イブ
さて、その後の話だ。オムズの長『イセハヤ』はなおも語り続けた。
二体のシュラは混じり合い、マルスの地上から消えた。オオヒメの容姿はあの時の女性のままだった、しかし完全な肉体を得てはいなかった。オオヒメの自問自答する日々が続いた。
「あの女性が言った、私ではまだイブになれない、と。私に何が足りなかったの、オムズに肉体を与える、それがイブの仕事じゃあないのかしら?」
オオヒメはやがて塞ぎ込むようになり、少しずつ精気を失い始めた。精神が病んでしまったら、オムズは再びノアに戻らなければならない。それは『個』の消滅を意味する。しかし我々には手の打ちようがなかった。そんな時、仲間の一人がそれを見つけた。
「イセハヤ様、ご覧いただきたいものがございます」
彼がそう言って差し出したのは、まさしく『干からびた木の根』だ。今まで見たこともない生命体が石化したものだ。
「マルスには原始生命体『ノア』より他に生命体は存在しない。おそらくその生命体はヤタによって持ち込まれたものだろう」
私はそう言ってはみたが確証は無かった。時を同じくして先のインセクトロイドが溶け合い、消滅した場所の地中から『赤い石』が掘り出された、それを見つけたのはオオヒメだった。赤い翡翠、ルノクスの伝説を知る者なら、その石のことをそう呼ぶ。だが彼女には初めて見る赤い石だった。
「なんて綺麗な色、この色の奥底には漆黒が沈んでいるわ。それにしてもあの二体の機械昆虫人が融合してできたのがこんな綺麗な赤い石だなんて、すぐには信じられないわ」
偶然あるいは必然かもしれない、その二つを前にし、オオヒメはイブの力を今一度試してみた。それがオムズのイブ『オオヒメ』をあのように厳重に封印した理由だった。だがそれはイブ自身の下した決断であることをここではっきりと伝えておこう。
「あの虫人の名はカグマ・アグル・サクヤ、そしてイブの体を貸してくれたのはスカーレットという名だと聞いた。イブの力でヤタノカガミを使い、シュラを何度か破壊したのは記憶にある。イセハヤが言うには、ヤタノカガミの光には石化を解く力があるという。ならこの『干からびた生き物』にもう一度命を与えることもできるはず、私にそれができることを証明してみせましょう」
オオヒメは再び自らの仗を手に取った。しかしヤタノカガミは反応しない。それもそのはずだった、フォボスのヤタノカガミもまた役目を終え、ヤタに戻ると石化してしまっていたのだ。仗に残るわずかのルノチウムではヤタの石化を解くことなど到底できそうもなかった。
「やはり、私ではイブになれないわね。結局このままノアの元へ消えていくのね……」
彼女は自笑すると右手に持つ仗を見つめた。彼女は『干からびた生き物』を左手に持ち、ふっと息を吹きかけて表面の細かな砂を払った。
「あなたはいいわね、生きていた証がちゃんとある。私はやがて全て消え去り、ここには何も残らない……」
不思議な光景だった。縮まった仗 が虹色に輝く、わずかに残るルノチウムにオオヒメの生命エネルギーが加えられたとでもいうべきか、それを浴びて生き物の石化が見る間に解け始めていった。
「私を呼び覚ましてくれたのは、この女性か?」
ラグナが完全に蘇った時、オオヒメはその場から動くことさえできなかった。周囲をオムズたちが浮遊しながら叫んだ。
「オオヒメ、姫様!」
「この女性はオオヒメというのか?」
イセハヤに向き直り、その生き物が再び言葉を発した。彼らはそれを聞くと一様に驚いた。
「あなたは我らの姿が見えるのか?」
「見える?」
「我らオムズは精神のみの種族、それが見えるとは。オオヒメ様は最期の力を使ってあなたの石化を解いただけではなかった……」
「最期の力だと、オオヒメは死ぬのか?」
「死というものは我らにはない、元の原始生命体に戻るのだ」
「それは『ノア』のことか?」
その生き物は、原始生命体のことさえ知っていたのだ。




