9.オウル
オウル
「Dr.マトバの記述データには、解析できない大きな損傷があった。不明なシステムの設計図とともに当時の地球の異変についてもこう述べてあった」
長官もまたその記述を記憶していたのだった。
「Dr.マトバがサクヤと関わりをもっていたと、長官はずっと信じていらっしゃったのですね?」
「マイト、君もその一人だろう。だからアカデミアを追い出された……」
「……しかし、その後の社会が数十年前に戻ってしまうなんて……」
「そうだ、日本だけではない、地軸の移動によって五大陸と呼ばれた大陸は、まるで引き裂かれるように海に水没し、それぞれ偏在する島になってしまった。会場に残ったのは結局南極大陸とオーストラリア、海底から隆起した新大陸アガルタ、そしてその他には引き裂かれた五大陸と偏在する島国だけになってしまった」
国土が水没して行く運命を大国が受け入れることはまずありえない。新大陸アガルタを手にするために、核保有国はこぞって「アガルタ」の領有権を主張し始める。そしてついに核攻撃が行われたのである。
「精神まで、どうやら病んでしまったのだろう。アガルタには生き残った人々が既に移民をしていたというのに、あの大統領はあろう事かそこにミサイルを打ち込んだ……」
当然、瞬時にその報復のミサイルが沈みかけた大国同士を往復した。そして核汚染から地球を救ったのは、皮肉にもその際の強大で広範囲に起こった電磁波だった。
「ほんの一瞬で、数億人が蒸発した。しかし、その後各国に残る核兵器の全ては機能が停止した。AIを使った核攻撃のシステムは、誤作動する前に自己消滅するようプログラミングされていた。全てのAIが使用不可となり、大国は次々と軍事バランスが崩れ、統治機能が崩壊してしまった」
それはマイトにも感じられた。マスコミはこの件に関してはまったく沈黙し、夜は長く暗いままだった。
「現在各国で新たな悲劇が起こっている。私は独断で君を我々のメンバーに選ばせてもらったのだ」
「メンバー……」
リムジンの中、彼は長官の話を聞きながら、そう呟いた。
「君に『防衛省特別編成部隊』の一員になってもらいたいんだ」
「特別編成部隊……、なんだか古めかしい名前ですね」
「コードネームは『オウル』、まずはアガルタに向かって欲しい……」
「そのコードネームの方がまだ随分マシかな。『フクロウ』部隊ですか」
「フクロウは羽ばたく音さえ出さない。秘密裏に行動する我々にはぴったりだ、そうだろうサクヤ?」
「ハイ、長官」
「ガガツ……」
リムジンが止まった。おそらく、ガス欠に違いない。今では内燃機関は滅多に見なくなった、車用のガソリンなど既に精製されていないはずだ。
「しばらくお待ちくださいね」
携行缶から十分に給油されると、リムジンは再び西へ向って走り出した。
「まだ、ガソリンが日本に残っているのですか?」
「ああ、これは『ラボ』から持参してきた。これからそこへ君を案内しよう」
「ハイ、長官。既に皆集まっていることでしょう。「オウル」の「巣」に……」
「はははっ、サクヤにしてはいいぞ。『ラボ』なんて名前よりずっといい、はははっ」
サクヤは路上に散らばったままの障害物を瞬時に判断し、リムジンの速度を可能な限り一定に保っていた。ようやく沈下の止まった西日本に向かうためだ。『オウルの巣』とは何者かに破壊された「日本アカデミア」の地下500メートルに密かに作られていた。その「巣」にはすでに数名の人影がマイトの参加を待っていた。
「アカデミアを追い出されたやつに、できるのか?」
「まぁ、いいんじゃあない。ただ、足手まといはゴメンだよ」
「もう一人の方は、どうなっているの?」
「時期来るだろうから、それまで俺はひと眠りする。時差ボケがひどくってね」
「……サクヤが到着するまで、ここは一旦解散します。『散!』
しなやかな身体の緑髪の少女が、そう言って指を鳴らした。彼女をひとり残し「オウル」のメンバーは音も立てずその場から消えた。中央のコンピュータのインジケーターランプがようやく黄色に変わった。それが古いコンビータの自動修複完了を彼女に知らせた。
「なんとか起動する。さすがDr.マトバ……」
それを確認すると、彼女もまた暗闇に消え去った。




