10.亜矢
亜矢
彼女の名は『橘 亜矢』日本アカデミアの創立者『橘 善三』の孫である。彼女は地球の二度に渡る大災厄により家族の全てを失ってしまったが、この『オウル』のリーダーとして任に就いていた。
「彼らの記憶が少しずつでも戻ることを信じましょう。私たちが必ずこの星を、もう一度美しい星にしてみせるわ、ラビ……」
彼女はメンバーのデータファイルを開いた。それには彼らの過去が記してあった、国籍、性別、経歴は様々だった。しかし彼らには共通点がひとつあった。
「あなたたちは、もう一度アガルタに行かねばならない。過去の記憶を呼び覚まし、この星の明日を取り戻すために……」
彼女は軽いめまいを紛らすように、椅子に座った。亜矢は彼らを真っ先に『新大陸』に向わせたことが、正しいことだったと確信していた。彼らはその時の記憶を無くしていたが、それは彼らを『敵』から守るためだったのだ。
「Z-CROSSに、オウルは負けない。この星の未来を必ず取り戻す」
その頃、マイトは『巣』に向うリムジンの中で、長官から不思議なことを尋ねられていた。
「マイト、君は『記憶の遺伝』ということがあると思うか?」
「僕はAIの研究者です、心理学者でも心霊学者でもありません。ただAIの研究に於いて『記憶』とは『記録し学習すること』に置き換えられています」
「つまり、記憶は優れたAIによれば、遺伝することが可能だということになる……」
「ええ、しかしそのためには、はかり知れない『容量』が必要となるでしょう。それに加えて的確に忖度する必要があります」
「人間の脳にはそれがある、しかし人間は生き物である以上残念ながら永遠の命を持たない」
「おそらく、人間の脳に記憶が遺伝するとしたら、ついにはその脳は壊れることでしょうね」
「人間は、忘れることでその脳を守っているのかも知れんな、サクヤ」
「ハイ、長官。それは『消去』ではなく何かに『置換』してしまい込んでいるのでしょうけど」
「サクヤもそう思うか。マイト、実は君はオウルのメンバーを知っている。それだけではない、過去にアガルタにも一度行ったことがある。おそらく君の記憶には残っていないだろうが」
「僕が、オウルのメンバーをすでに知っている?」
「そうだ、アガルタの調査にメンバーは君と同行しているんだ。どうだこれを見て何か思い出さないか?」
長官が小さな箱を彼に手渡した、しかし彼には見覚えがなかった。
「中を開けて見なさい、アガルタの貝だ」
彼がその箱を開いた、その中には小さな『貝』がひとつきりあった。
「この緑色の貝に見覚えはありません。でもきれいな貝に間違いはありませんね」
長官は、少し落胆したように見えたがそれと同時にほっと胸を撫で下ろした。
「よかった、彼はまだ『やつら』に見つからずにいた。亜矢の言った通り『オウル』のメンバーはジグロスに対抗できる、そしてこの地球を復活させるために『選ばれし者』たちに違いない……」
長官はそう確信すると、マイトに笑って言った。
「マイト、その貝を手に取って見なさい。それで全てが解決する、ただしもう後には戻れない。この星に『選ばれし者』、揚羽舞人!」
「これを手に持とうと、見覚えはありませんが。ウウーン……」
彼がその貝をつまみ上げて長官にそう言い終えようとした時、彼の意識が遠のいた。
「さあマイト、アガルタに封印された『記憶』を取り戻してくるんだ。君が目覚めたとき我々はもう一度『アガルタ』に出発する」
「長官、ひとつ質問してよろしいですか?」
「何だ、サクヤ」
「ジクロスとの停戦協定はいかがされますか、まさかとは思いますが……」
「当然あんなもの破棄する、我々は『抵抗者』だ、なあに旧大陸に迷惑はかかるまい」
「そうであればいいのですが……」
「サクヤはそこまで考えてくれるのか、君は本当に『インセクトロイド』なのか?」
「少なくとも、長官たちとは違っていますね」
「まあ、俺たちは前を見て運転するからな。ハハハハッ」
マイトはリムジンの中で、深い眠りに入った。そして彼の記憶が『ダウンロード』されていった。アガルタの貝の名、まだその記憶は彼には戻っていないだろう……。




