88.新しい耐圧殻
新しい耐圧殻
「おや、思いの外大きな船体だったのか?」
ジガの格納庫に着き、アマネはアマトを間近に見てこう思った。
「貴艦アマトを脱出用ロケットかと思い失礼なことを申しました」
それを聞き、タイスケは少し笑いながらこう答えた。
「宇宙空間で見たより、大きいでしょう。よほどこの艦内が居心地いいらしい」
「おや、まるで生き物のように。アマトを本当に大切に思っていらっしゃるのですね?」
「実際、アマトには意思があるのです。この耐圧穀にはゴラゾームが練りこまれています、それが原始生命体『ノア』の一部を変形させているのです」
「ノア……」
タイスケはルノクスを出発する際、パピリノーラの協力によりアマトの耐圧殻に改良を施したのだった。ゴラゾムの細胞『ゴラゾーム』をコーティングしたアマトはシリウス型エンジンとともに地球を出発した時とは格段に性能が上がったのである。もちろんそれにはアガルタでの経験が影響していた。
「地球の海底探査の際に、アマトの耐圧殻に微小の原始生命体が付着していました。それは『ラグナ・マルマ』がシュラの攻撃を避けるために作ったもの、ルノクスの『ノア』と同じものです」
「ゴラゾム細胞をコーティングしたとおっしゃるのですか」
「ええ、不思議なことですが、それ以降アマトの耐圧殻は私たちをまるで守るかのように形状も硬度も変化させるようになったのです」
「やはりあなた方が虫人の恩人であることに間違いはありません」
「おや、お前はお二人を疑っていたのか?」
「いえ、決してそうではありません。バジェス・ノアを扱えるのはイブすなわちリリナ・スカーレットのみ。その末裔マンジュリカーナ様の浄化の力を先ほど見せていただきました。マナが回復せずともノアが守るなっぴ様はイブに違いありません。ところで何故また地球に戻られるのですか」
「そうだそれは、いったい何故なのですか?」
アマネもそれをタイスケに尋ねた。
「私たちを待っている人がいる。彼女たちはルノクスの復活のために旅立つ私たちを送り出してくれた。しかしその後に妻は彼女たちの待つ、地球の未来を予知したのです。まもなく地球に甚大な災厄が起こるというものです。私たちは地球に戻らねばならない、彼女たちとともに地球を救わねばならないのです」
「このジガなら貴艦より早い、一緒に行きましょう」
「いや、せっかくですがそれはできません。アマトの耐圧殻にも航行途中に問題点が次々と出てきた、地球人にとって外宇宙のデータはとても貴重なものです。すぐにでも帰還したいのは山々ですが科学者である以上、外宇宙の航行データは何物にも代えがたい、それに急激な速度の変化に人間は虫人のようには耐えられないのです」
「では、このままアマトで地球に向かうということですか」
「その通りです、レビエル殿も同じ科学者として私の言うことが、お分かり頂けると思います」
しばらくの沈黙の後、アマネがタイスケに言った。
「私たちにできることはありませんか」
「一つお願いがあります……」
なっぴをカプセルに寝かせると、タイスケはアマネにそう言った。
「あれで何が変わるのだろう、レビエル?」
「さあ、地球にマトバを超える科学者がいるとしても『人工生命体』についての知識まで持つものがいるとは思えませんが……」
「そうだな、彼の願い通り地球への交信に協力したのはいいが、ルノチウムをまた少し補給せねばなるまい。あのインセクトロイドの石化を解くのにも必要だからな、もう一度マルスへ行くだけのルノチウムはあるか」
「……もう一度」
「そうだ、なぜあれほどインセクトロイドを連れ出すのにマルスは抵抗したのか、やはりあそこには何かがある」
「確かにそうですね、もし悪魔としてインセクトロイドを封印したのならば、我々が持ち去ることを何より喜ぶべきですから」
「サンドラ、奴が関わっているとは思わないか」
「あの邪教の教祖ですか」
「奴がなぜマルスで朽ち果てていたのか私には心当たりがある。奴はおそらく『禁呪』の一つを解明したのだろう」
「禁呪……」
アマトとの距離が十分に離れると、ジガの周りに巨大な振動が広がり、光り輝く。それは網目状に変化を始め次に球体のように丸まった。「空間転移」その航行システムは恐るべき速度を誇る。そのために艦内の時間は止まってしまう。それがとっくに死んでいるはずの虫人「アマネ」が「ゴラゾム」たちの末裔、なっぴたちに会えた理由だった。その旧シリウスエンジンは同型艦「ベガ」を最後に廃棄されたのである。
「マルスへ空間転移までカウントダウン60、59、58……」
レビエルがカウントダウンを始めた。アマネは少し遅れて艦長席に着くと、衝撃に備えて安全ベルトを装着した。
「メルサー、アマトのため地球へ念波を送っておいたぞ」
「一体何と?」
「約束通り、アマトは地球に向かっている、とな」
「地球でアマトを待つ方にそれを受け取ることができる方がいらっしゃるのですか」
「ああ、オロシアーナというらしい」
「オロシアーナ?、私には聞き覚えはありませんが……」
「最初の巫女の力を受け継いでいるとマトバは言っていた」
「パピリノーラ様のような最初の巫女……」
「詳しくは知らないが」
レビエルが二人に向かって叫んだ。
「空間転移、マルスに向かってジガ発進します!」
巨大な戦艦は一瞬で球体ごと宇宙空間から姿を消した。




