87.「心の器」
「心の器」
彼がなっぴに頼んだのは、インセクトロイドに欠けていた「心」を与えて欲しいということだった。彼は石化したインセクトロイドにそっと触れ、なっぴにこう話した。
「石化を解く方法が成功したとしても、これがスカーレットならばきっとただの抜け殻だ、それではあまりにも不憫だ。リリナに続くマンジュリカーナのあなたであれば、お願いだ、彼女にイブの力『再誕の力』を使ってもらえないだろうか」
それはマンジュリカーナならば可能なことだ。しかし今の彼女にはその力は使えなかった。それを聞くと彼女はうつむき、そしてしばらくするとこう答えた。
「残念ながら、私のその力は星の再生をするために、ルノクスで使い尽くしました。それに見たところ彼女の石化は進みすぎている、このまま石化を解いてもヒト型を留めていられるかどうかわかりません」
「ああその通りかもしれない、あまりにも時が経ち過ぎていて多くの細胞はきっと分解してしまうだろう。だが、このレビエルはカグマとともにインセクトロイドを手がけた経歴も持つ。まだ復元できる可能性は残っているそうなんだ、お願いだマンジュリカーナ」
「彼女の言った通りだ、アマネ艦長。まだマナの力が十分には……」なっぴがその時ぽつりと言った。
「その『ナツメの石』を使う方法が一つあります。」
「これを使う?」
「なっぴそれは王国を闇に引き込んだ元凶だぞ」
「タイスケ、それくらいわかってるって。これが『ラクレス』と『コオカ』を深い闇に引き込み、王国の『イトの封印』を解き、そして『ヨミ』をレムリアに再び蘇らせた『ナツメの石』だってこと」
「それでもそれを使うというのか?」
「私にできるのは、その『ナツメの石』をさらに浄化し、その中に潜む闇を消し去ること。そのために使う、マナは私の体に戻っている」
「しかし、それでナツメの石がインセクトロイドの新しい心になれるのか、なっぴ?」
「おそらく、でもナツメの石は『心の器』にはなるけれど、心そのものではないということ。石化が解けた時、あなたが正しい心でいることが大切になります。それは思いの外難しいことです」
「問題は私自身が平常心でいること、それはどのくらいかかるものなのですか?」
「インセクトロイドが言葉を話し始めるまで、その時は『心の器』に新しい心が満たされている。その時には全てが終わっています」
「承知した、マンジュリカーナ。どうか浄化をお願いする」
なっぴは手渡された「ナツメの石」を左の手ひらに乗せた。右手を真上に上げ、彼女はマナの力を振り絞り、浄化の呪文を念じた。まだ少し赤茶けた色の石は、球形の中心が縦に裂ける。彼らにはその様子がまるで内部に残る闇の一滴さえも絞り出すように見えた。
「これで、ナツメの石の浄化は終わりまし……」
なっぴが、言い終わる前にその場で力尽きへなへなと崩れた。
「マンジュリカーナ!」
「おっと」
タイスケはそうなることを予想して、なっぴを抱きかかえた。
「大丈夫、こいつの無茶はいつものことです。アマネ艦長、ご覧の通りだ。妻をアマトの休眠カプセルまで運ぶのを手伝ってもらえないでしょうか」
「ウフッ、妻だって」
片目を開けてなっぴが笑った。
「あっこいつ、また気を失ったふりか?」
「ううん、あなたの妻は本当にへなへな〜」
「お供しましょう、あなたがたの小型星間ロケット『アマト』まで」
アマネはその様子を見て、二人のことがすっかり気に入った。
「レビエル、石化を解くためのルノチウムを正確に計算しておいてくれ。おそらく今回は多量に必要になるだろうからな」
「ルノチウムといえば、推進エネルギー。やはり生命エネルギーが宇宙の根源なんだな……」
タイスケはそうひとりごちし、微妙に重くなり始めたなっぴを横抱きに抱え、ジガの鑑内の通路を進んでいった。彼女が予言した赤ちゃんなのか、食べ過ぎから来ているものなのかは、彼にはまだ分からなかった




