81.マルス(2)
マルス(2)
ルナ国のカグヤたちに再度場面は移る。
カグヤがアマネの日記から取り出した記録は、修復可能なものはほとんど修復した。生データの一部はアマネのAIでも不可能なものもあった。その修復は、おそらく橘亜矢でなければ無理だろう。彼女はデータをメモリーにコピーするとジグに言った。
「これは推測だけれど、アマネはアマトと以前遭遇していた。そしてゼロの石化を剥離するために大量のルノチウムを使用。ついにジガの航行にまで影響が出てしまった。それはAIのようなものかしら、『赤い翡翠』を使いゼロに『心』を与えようとした。その翡翠は『闇の石』と呼ばれていたものを浄化したもの、それを浄化した女性とは、マトバ博士とともに地球を飛び立った女性『マンジュ・コナツ』なぜか不老不死や再誕に関わっている……」
データには予想以上のノイズがあり、修復できない箇所が多くあった。カグヤはそう推測するしかなかった、地球で日高がこう結論付けていたことをカグヤは知らなかったが、それは正しかったのだ。
「ドクター・マトバは少なくともアマネたちが火星に到着し、ゼロを回収する以前に『外宇宙』で会っている。そしてカプセルロケット「アマト」で地球に戻ろうとしていた。アマネが彼女と言っていたのは『万寿小夏』という女性のことだ、私は彼女について次元を解明したアカデミアきっての才媛と聞いてる。ゼロはルナで『闇の石』に心を奪われたに違いない……」
「一つわからないのは、アマネがまだ外宇宙にいるうちに『ゼロ』を回収していたということ。アマトに出会う前にどうやってそれを回収したというのかしら?」
「それについては、ルツが俺に話してくれたことにきっと関係があるはずだ」
「まだ何かあるの、ルナには秘密が?」
「いや、火星にあるんだ。だからルツは地球をラビリンスに任せてルナに戻ってきた。そうしておかなければならなかったんだ、地球の未来のために」
「火星の秘密って何?」
「実は火星の先住民たちは生きていたのさ、衛星だった火星をルナが地球を守るために切り離した後、真っ赤に燃えながら遠く離れていくその星の中でもね」
「考えられない。石化したままで生きているなんて……」
「いや石化していたから、それに耐えられたんだよ。カグヤ、ルツはそれを地球にいるときにシノ様から聞かされたらしい。そのために地球の生物の遺伝子情報を僕達はコピーしていたんだ……」
「遺伝子情報のコピー……」
カグヤはルツの話を思い出した。(以下、再掲)
「シードとは数十億年前、突如現れた生き物の細胞から続く『生命の糸』です。その遺伝子情報は『恒星(太陽)』から起こる『太陽風』により宇宙空間に放たれたルノチウムが、細胞を通過する際に突然変異を起こす場合もあります。この月に集まったシードも元々は地球にあったものなのです。……古いシードは次の高度な生命体の発現に備えるため、コピーされて月に送られ、今ではルナ国の底に眠っています。やがて人間を超える知的生命体が地球に現れるでしょう、もしかするとそれはカグヤ、あなたの様な姿かもしれません。そしてシードの外殻『ルナティ86』が結晶したものを『ルノチウム』と呼ぶのです」
「太陽系の中で現在地球にだけ大気と水があり、生物が住んでいる。それは奇跡という他はないでしょう。しかし、この大宇宙には等しく生き物は生まれている、これも事実なのです。そして太陽は試練を与える、それが大絶滅を引き起こす。より複雑で高度な細胞は次の繁栄する生物の元となります。別の銀河、外宇宙の惑星であろうと試練は与えられるのです。地球が出来上がり最初の試練は隕石群の衝突でした。あなたがたも知っている通り巨大な隕石が地球に衝突し、恐竜の多くは絶滅をしました。しかしそれ以前にも大規模な隕石群は地球に降り注いでいます。それを救ったのが『マルス』だったのです」
地球の衛星「マルス」は隕石群の直撃を受け、無残な姿になった。地球と二連星だったマルスには「大気」も「水」も「生物」も存在していた。容赦なく大気を切り裂き、マルスに落下するのは、直系数キロメートル以上もある隕石。太陽風により加速した隕石の表面温度は数千度を超えていた、大地は焼かれ海水は蒸発し、大気は四散する。火星の生き物は地下にもぐり、それが収まることをじっと待ち続けていた。だがまだ不安定な太陽系では、その隕石群が止むことはしばらくなかった。マルスの不幸は月と違い、衛星でありながら「自転」をしていることだった。大気の裂け目から宇宙空間に勢いよく水は飛び散っていく。極にわずかに残る水は集まり氷となり、そのために海は干上がり、大地は赤く焼けた土となった。長い間に大量の隕石を受け止めたマルスは「衛星」の規模をはるかに超える程に重くなり、このままではついには衛星軌道から外れ、地球に落下する可能性が高くなった。もちろん地球の生命体にはそれを防ぐ手立てはない。
ルナは地球の衛星だが、生命の誕生は地球より早かった。月は裏側を地球には向けない、ルナに衝突する隕石は「裏半球」に集中し、地球のような大絶滅を引き起こさなかった。時のルナ女王は「ヤタ」と言い、地球に「クシナ」を残した「聖三神」の一人「ツクヨミ」の力を継いでいた。何度かの絶滅の度に生命の遺伝子情報をシードとしてルナに残していたのは、ツクヨミが地球を愛しく思っていたからであった。「ヤタ」の記憶はルナの女王に代々引き継がれていた。ルツは先の女王「シノ」からそうした「創始の記憶」を引き継いでいた。
「話しましょう、マルスについて」
ルツはヤタから受け継いだ「創始の記憶」をたどり、カグヤに話し始めた。
「このままだと、マルスは地球の引力に捕まりついには落下してしまう。そうなればおそらくあの大気も、海も蒸発するだろう。すでにマルスは大気もなく、両極に氷としてわずかの水が残るだけだ。やがてその氷も宇宙空間に放出されるだろう。地下深く逃げ込む生命体は再び甦ることもない」
ヤタは思案した、そして創造主の子孫らしからぬ決断を下した。
「……ヤタはこのルナの大部分をマルスに衝突させたのです。マルスは衝突の際、ルナの爆発的なエネルギー<ルノチウム?>を受け、真っ赤に燃え上がった。マルスは衛星軌道上で次第に加速度を増し、地球の引力を徐々に振り切りました。しかし、それでマルスの速度は収まりません。加速度が増していったマルスはついに真っ赤な火の玉となりやがて地球の引力から解き放たれると、宇宙の彼方に消え去りました。マルスは、地球と同じ大気と水を持つ生命体の住む星でした。しかしマルスはこうして再び火の玉へと戻ってしまったのです、ルナの大気と水、そして星の大部分を連れたまま……」
(以上、再掲)
ジグは日誌を復元するカグヤを見ながら、地球の亜矢やラビリンスのことを思った。
「アマネたちは火星に立ち寄ったために『闇』に取り込まれたのだ」
「火星にあった闇とは、星ごと見捨てられた生命体たちのものだとあなたは思っているのね」
ジグは答えなかった。
「あとはルツに聞いてみよう、さあカグヤ、王宮に戻ろう」
「オーケイ、ジグそうしましょう」
二人が艦外に出た数秒後、それまで廊下を照らしていた予備電球が静かに消えた。




