79.ノアとサクヤ
ノアとサクヤ
「シルティ、あなただったの。タイスケをカプセルに運ぶ時に協力してくれたのは」
「ええ、でも『ニジイロテントウ』がいなければ、きっと困難だったに違いない。あなたたちだけではない、ルノクスの虫人たちのなっぴへの思いがそれを叶えたのでしょう。私はマイが遺伝子情報のコピーから、原始生命体『ノア』を作ったことを知っていた。そしてタイスケが倒れた時、同乗していた『ナナイロテントウ』の元へと『ノア』を送っただけ」
「なるほど、じゃあ立派な共犯者だわね」
マイが笑った。そして改めてパピリノーラに約束した。
「承知いたしました、私達五名はルノクスから一歩も出ません。ラグナを取り戻し、アマトを無事地球に届けます。そうすればなっぴたちの記憶はこのまま私達に残してもらえるのですね」
「あなたたちが成し遂げたら必ず、その記憶はそのままにしておきましょう。約束しましょう」
「ありがとうございます」
マイたちの目前のモニターから、パピリノーラが消えた。
「ふぅっ、緊張したぁ」
マイが大きな息を吐き、アマトの艦内へとモニターを切り替えた。
「とりあえず、これでよし。さあてあの骸骨どうしてるかしら?」
「ところでタイスケが危険だったって、私達初耳なんだけど」
「みんなには言ってなかったけれど、アマトはルノクスを出発して間もなく、事故に巻き込まれたことがあったの」
「その時もAIサクヤが停止したのね」
「サクヤが再起動した時、タイスケはすでに医療カプセルの中だった。その時の記憶データは全て消去されていた。その部分だけ……」
「そんなことが、ありえるの?」
「もしサンドラがヨミ族に関わっていた、地球先住民に繋がる男だったとしたら、できるかもしれない」
「由美子、あなた何か思い当たることがあるようね」
シルティは由美子に尋ねた。
宇宙に飛ばされたアマトを操り、ようやくノアは航行速度を安定させた。そして次にサクヤの起動コマンドを打ち込んだ。電子音が響くと、サクヤが再び起動した。非常時にはシルティが乗り込ませたノアが「ニジイロテントウ」と協力し人型に変異をする。それは一時的な「メタモルフォーゼ」に他ならない。傷ついたタイスケをサリナの時と同じく、カプセルに運んだのはノアだった。パピリノーラが言ったように、シルティでなければ、外宇宙のアマトにまで念波を送ることなどできない。AIサクヤにマイはルノクスの王女「ヒドランジア」としての使命を告げた。
「サクヤ、ノアと融合しなさい。そしてアマトを無事に地球に届けるのです。あなたの新しい使命は、サンドラがルノクスから持ち出したラグナを回収し、それをルノクスへ持ち帰ることです。いいわねサクヤ」
ノアにシルティが指示した。
「さあ、あなたの全ての指を開きそれをピンプラグに変えなさい、そしてそのモニターとシンクロするのです。サクヤの記憶を受け継ぎこれより『インセクロイド・サクヤ』として生まれ変わるのです」
シルティが強力な念波を送り終え、そのまま一瞬、気を失った。
「シルティ、ありがとう。サクヤをなっぴたちに加えてくれて」
「……テンテン、あなたがなっぴと99.9%もシンクロしていてよかった。そうでなければとても私にはできなかった、あのマンジュリカーナのように時空を超えて念波を送るなど……」
ノアの体にAIサクヤのデータがダウンロードされ始めた。それは「生物」の歴史と言ってもいいものだ。それは虫人たちの歴史だけではない、由美子にある、地球の先住民「ヨミ族」別名「カンブリア族」やマイの持つ「ヒドラ」と「ラグナ・マルマ」の記憶、テンテン、リンリンが「なっぴ」と着床していた時の『虹の戦士』として数々の闇と戦ったその記憶までも加わったものだった。ノアの回路は膨大なデータを次々と集積していく、数億年にわたる、生き物の歴史もやがて転送を終えた。そしてモニターの中のAIサクヤは沈黙した。
「あれは何?」
リンリンがマイにモニターを指差して尋ねた。
「サリナにあった腫瘍かしら、そういえばサリナの左目から消えていたわね」
ヨミの紋章が浮き出た「生き物」がノアの足元を這っていた。ノアの体は光り輝き、光の中ににその「生き物」も吸い込まれていった。やがてその光も消え、その中に人影が現れる、華奢なその体は少女の姿だった。
「ルノクスのみんな、これからサクヤは地球に行ってきます」




