41.照射実験
照射実験
「現在オロスには、飛行路の制限があります。それを避けますので日本には少し余分に時間がかかります」
パイロットは機内通信で後部座席のコオに伝えた。彼は睡眠不足だったが、それを聞くとこう言った。
「できる限り近づいてくれないかな、照射実験エリアに」
「危険ですが」
「空中は、地上と違って進入禁止のバリケードは張れないからな……」
「監視レーダーには何も映っていません、世界中が今日の実験のことを知っていますから」
「それもそうか」
「ええ、それに極寒のオロスの上空を鳥が飛ぶなんてことも、ほとんどありませんからね」
「まあ、それも受信基地をオロスに決めた理由の一つだからな」
コオの希望通り、パイロットはレーダーを見ながら自動操縦を切り替えた。足元に「アカデミア」の施設が見えた。
「思っていたより今日は吹雪いていますね、そろそろ実験エリアもレーダーから消えます、何も変化はありません」
「ありがとう、寄り道させたね」
「いえ、やはり念には念を入れる。ですか?」
「まあそんなところだ」
ホバー・ジェットは自動操縦に切り替えられた。その吹雪が「はじまり」だった。
彼らは吹雪に巻き込まれ、進路を変えざるをおえなかった。彼らとはイヌワシの一群だった、広大なオロスの地になぜ突然獲物がいなくなったのか彼らには理解できない。彼らのすることは本能のまま「翼を使い、空を飛ぶ」ことだった。幾度も繰り返されたことは、生き延びるために翼を振り下ろすことだけだった。ただ彼らにとって不運なことは、その日が初めて月面から「ヘリウム3」がオロスに移送される日だったということだ。
何が起こったのか、理解できないまま、彼らの体を何かが突き抜けていった。仲間が次々と一瞬で破裂する、片翼をもぎ取られ降下していく仲間を見てもどうすることもできない。彼らの群れは「ヘリウム3」の直撃を受けた。
「ゲーン、キューン……」
次々に悲鳴が上がる、群れのリーダーが慌ただしく後方に回った。
「何が起こったんだ」
もし彼に叫ぶことが出きたとしたら、そうでも言ったかもしれない。いやそれさえ彼は受け入れた。
「人間とはそういうものだ」
あるいはそう思ったかもしれない。寸前で死を免れた仲間を引き連れて、イヌワシたちは再び何事もなかったように南へと飛び続けていく。恨みの言葉の一つも漏らすことなく、淡々と……。
「なんと酷いことを、人間であることは神なのか……」
地上のバリケードを警備していた男が、その片翼のイヌワシを拾い上げた。イヌワシはまだ少し暖かい、その傷口はすで塞がれていた。「ヘリウム3」に含まれていたルノチウムによってイヌワシの細胞が一部分「変異細胞」に変わっていた、もちろんそんなことを彼が知るはずも無い。
「このひと月の間にバリケードの中の動物たちは一箇所に集められたが、お前たちの餌のことはどうしようもなかった」
そう言うとその死体を担いで彼は広大なバリケードの周辺のパトロールを続けた。
「異常はありません、ミスター・日高」
「そうか、よかった。それは?」
雄馬の盟友「日高良化」は男の担いでいる鳥に気付いた。
「実験エリアの上空にいたらしいイヌワシです。巻き込まれたのでしょう、後で埋めてやりましょう」
「人間に有害な放射能を含まない『ヘリウム3』だが、それを大量に浴びている。一応こちらで預かろう、ゲートを解放したら今日は帰りたまえ。今日はサラさんの誕生日だろう、趙」
「ありがとうございます、来年は来てくださいね。ミスター・日高」
「ああ、ぜひ。今日は哲生たちと久しぶりに会うんでね、移送実験は成功した。ジーザス・システムの実用化にはこのデータが必要だからな」
「月が地球を救う、今度は月が母星になるということですね」
「ああ、亜矢くんに言わせれば、まあそういうことになるかな。さあ、帰りが遅くなるぞ」
「お疲れ様です、ミスター・日高」
趙杢霖はイヌワシの死体を台上に置くと、一礼をして日高の部屋を出た。
「趙は相変わらず、優しい男だ。どれ、それほど外傷はないようだが……」
すでに絶命しているイヌワシの翼は完全に再生していた。そしてその死体は死後硬直もしていない、まるで眠っているようだ。早速日高はその細胞を採取し、分析を始めた。そしてすぐ、低い声でつぶやいた。
「間違いない、これはあの変異細胞だ……」




