38.恋人試験
恋人試験
イワノフの乗せられたトラックを見送るとコオは店に戻った。ターニャはテーブルを片付け、母のアーニャが食事を運んでくるとそれをコオの前に並べた。
「長官の言った通りだ、なんだこの量はジャガイモとキャベツとマヨネーズだらけだし……」
コオはこれだけの量を食べきる自信はなかった。
「やってやろうじゃないか!」
コオが汗をかきながらもひたすら食べ続ける。その姿が母娘にはおかしくてたまらなかった。
「ところで、この店は誰がこんなにメチャクチャにしたんですか?」
口の中へジャガイモを押し込みながら、コオがアーニャに尋ねた。
「きっと港で暴れた奴らでしょう」
「奴らがこの店を知っていたとは……」
今朝ターニャが港へ向かってすぐ、黒服の連中が店に押し入り家中を引っ掻き回していったらしい。アーニャは買い出しに行っていたので無事だった。
「例のシャーレが奴らの目的だったんだろう。それが見つからなかった腹いせに、店までこんなにしやがって……」
「お母さんが無事でよかった。おじさんと家に帰ったらこんなことになっていて、本当に心配したんだから」
「ターニャ、それよりもシャーレのサンプルは無事なのかい。奴らにとって大事なものだったんだね、店に二度も探しにくるなんてね」
「二度も?」
コオが首を傾げた。それを見てターニャが話を続けた。
「そうなの、おじさんと家に帰ったらお母さんが椅子に縛られているじゃない。そして私にシャーレを渡せって脅したの、そいつともみ合っておじさんが大怪我をするし、そいつの隙を見て私がぶん投げたら派手に転がってそこらじゅうメチャクチャになっちゃうし……」
「結局これはターニャがやったのか、恐るべしジュードー女」
「違う違う、そいつは奴らとは違って化け物じゃない。確証はないけど女の人のような気がするの」
「女、どうしてそう思うんだ?」
「背負った時胸が私の背中に当たったし、軽かった。それに床に投げつけた時、キャッって声を上げたの」
「そうか、でどんな奴だった?」
「それが、顔は見えなくてわからなかった」
「それなら仕方ない、お母さんは?」
「私も顔は見ていないわ。正確には、相手の顔は真っ黒で見えなかったと言ったほうがいいわね。不思議なことにフードをかぶっていた訳でもないんだけれど」
「どっちにしても、もうここには来ないと思う。シャーレは俺が預かってここに持っているし」
コオはそう言うとウエストバッグを抱えた。彼はターニャにだけ分かるように嘘をついていた。
「そろそろケーキを用意するわね」
そう言うとアーニャはホールケーキを取りに台所へ向かった。
「うえーっ、まだケーキを食べるのかい……」
コオは正直うんざりだった、それにここでゆっくりしているわけにはいかない。ゼロの手下がまだこの近くにいることがわかったのだ。
「そんなに慌てて食べなくてもいいじゃあない。デザートなんだから」
「明日、六時半に飛行機が来る。その用意をしないといけないんだ」
ケーキを頬張りながらコオは二人にそう言った。
「泊まっていってもいいのよ」
アーニャの言葉に二人は同時に叫んだ。
「何てこと言うんですか(のよ)。おばさん(お母さん)!」
アーニャはケラケラと笑った。
「まったく、そんなんじゃあないって。今日のことのお礼なんだから」
ターニャの言葉にコオがつぶやく。
「えっ、違うの?」
「何が……」
「恋人試験じゃないの、ターニャ?」
アーニャが残念そうに言った。
「あのね、私まだ受験生なんですけど」
「私があなたの歳にはもうあなたにおっぱい吸わせてたわよ」
「あのね、母さん。今は結婚する年齢が遅くなり続けているのよ、それに私アカデミアやっぱり受けるからそういうのはまだ先のこと。残念でした」
「なんだ違うのか……」
コオの頭の中を、今にも吹き出しそうに頬を膨らませた長官の横顔が浮かんだ。




