36.コオ
コオ
「……俺は」
コオはターニャの問いに応えようとした。そこにパトカーが一台到着した、あれだけの騒ぎと死人も出ている。このままで済むはずはない、彼はさっき協力してくれた男にターニャを任せた。
「彼女は無関係だ、家に返してやってくれ」
「わかった、なあにあいつらはみんなお前の味方だ。警察なんか怖くない」
「いや、もうこれ以上騒ぎを大きくしてはダメだ。数日取り調べられて終わりさ。死体も犯人も消えてしまったからな」
「それくらいならいいが……」
男は思った、コオの言うように簡単にはすみそうはない。だいたい「ワニ人間」の話なんか持ち出した途端、別の施設に入れられるだろう。
そこにパトカーから降りてきた警官が彼に銃口を向けた。
「連行しろ!」
両腕を抱えられて彼はパトカーに押し込まれた。
「コオ、釈放されたら、家によってね。町の酒場が私の家よ」
そう言い残し、ターニャは男に手を引かれ、集まってきた野次馬の群れの中に消えた。
「おい、警官はどこへ行った。見かけない顔だが名前は何て言う?」
「コオ、日本人だ」
「日本人、こんな田舎の港に何しに来た」
「観光旅行を兼ねてね、オロスのアカデミアに春から入学するもんでね」
「嘘をつくな、お前どう見ても中学生だろう」
「あーあ、日本人は若く見られるけど、れっきとした高校生。それにアカデミアは飛び級なんですけど……」
彼は、アカデミアへの高校からの「飛び級」証明を取調室で提示した。
「どうやらこれは本物だ、お前が港にいた理由はわかった。だがあの警官たちはどこへ行った。三人はどこへ行ったんだ?」
「さあ、俺は暇つぶしに倉庫のフォーク・リフトの調整をしてたもんで、知らないな」
「フォーク・リフトの調整だと、バカ言えあれを使うのは猟期以外はほとんどない。それに燃料さえ入れればすぐ動くようにしてある。そんなものは必要ない」
「あーあ、素人だな。ギアオイルだって定期交換しないとすぐぶっ壊れるぞ。まあパトカーだって外国産だからな、この国は……」
気分を損ねたらしい。
「お前、バカにしてるのか。侮辱罪で拘留してやろうか」
さすがにこれは少し調子に乗ったと彼は思った。
「すみません、でも本当に知らないんです。まるでどこかへ消えてしまったようです。まさかそんなことがあるとも思えませんが」
もう一人の取調官が、別の質問をした。
「あのモリで喧嘩していたらしいが、相手は誰だ」
「さあ、俺は喧嘩は素手でするから、あいつらに聞いてくれ」
「あいつらは、酒に酔っただけだと言っている。全く疑わしい……」
取調室の扉が開き、一人の紳士が入ってきた。
「未来ある学生を二人がかりで尋問する国に、いつからこの国はなったのかね」
「なんだ、お前は。勝手に入ってくるな、取り調べ中だ」
「私が通した、本件は世界政府が関与している」
「署長、わかりました……」
「世界政府……」
紳士の運転で警察署から黒い車が出発した。
「コオ、なかなかどうして君は強いな」
「見ていたんですか、示土長官」
「ああ、もしもの時は私が出て行こうとしていたのだが。その必要はなかった」
「データ以上に手強い相手です。奴らが蜂起すれば人間など」
「奴らは蜂起などしない、人間たちの自滅を見越しているからな」
「自滅?」
「そうだ、人間は勝手に滅びの道へと進んでいくということさ。奴らは人間の不安を煽ったあとで、希望を一つずつ潰しさえすればいいのさ」
「ところで、ターニャには話したのか?」
「家に呼ばれましたが、どうしましょう」
「あはははっ、なかなか積極的じゃあないか。天才エンジニアでしかも、アマチュアボクシングのチャンピオンの君らしくもない」
「あの子はアカデミアに入るらしいです、これも長官が?」
「さあ、俺は知らないな。君もそうだがアカデミアにはコネは通用しない。目指すものが違うのだ。君も彼女も実力を認められたということだ。自信を持つがいい」
「俺の場合、こっちの方ですか?」
コオがシャドーの構えをして拳を握った。
「あはははっ、そうかもしれんぞ」
ルームミラーの中で、片方のガラスにスモークの入ったサングラスをかけた紳士が笑った。




