35.石化していく男
石化していく男
「ふぅっ、なんとか片付けたが」
「やったわね、ああっ、なんてこと」
彼に労いの言葉をかける暇はなかった。ターニャは意識が回復しない男に奇妙な異変を感じた。
「この人の足、冷たくなっていく……」
男の足からすうっと血の気が引いていくのを彼女は感じた。しかもそれは次第に重くなっていった。「壊死」に似た、いわゆる「石化」の前段階だ。彼女は初めて見る現象にどうしていいのかわからなかった。
「ターニャ、これでいいんだ。どのみち俺は長くはない身体だったんだよ」
気がついた男は目前で大粒の涙を浮かべているターニャにそう声をかけた。フォーク・リフトから降りてハーモニカの彼がそばにやってきた。
「奴を冷凍庫に閉じ込めることができたのはあなたのおかげです」
「何を言う、君たちみんなの力であの怪物を倒したのさ。それにしても君は勇敢だな、それにターニャも船長が話していた通りの素敵なだけじゃなく、強いお嬢さんだ」
話している間にも、男の石化は進んでいく。
「ターニャ、奴らが俺の命を狙っていた。俺は奴らの「島」から脱走した。あのシャーレはお父さんに預かっていたものなんだよ。拿捕された時に捕鯨船の船倉に隠していたのを持ち出してここまで来た。奴らを見ただろう、奴らは人間など「餌」としてしか見ていない。そして奴らの能力は計り知れない、だがあのシャーレに入っている「ゴラゾーム」という「変異細胞」から奴らを倒す切り札が必ず見つかるはずだ」
「それをオロスに届ければいいのですか?」
腰下まで石化は進んでいく、男の息が荒くなった。
「……そうだ、もし君が疑われそうになればこう言うといい、アマトから預かったラミナのフィンの切れ端だと。実は君を信じる前にラミナとラナの記憶があるか確かめた。そんなことは知らないはずだからな、君は記憶操作もされていない、奴らはまだこの辺りまで来ていないのがわかった」
「だから、北の町オロスに持ち出すのか」
「そう、いつの間にかこの星には奴らが増えていた。こんな事件が大げさにならないのは関わった人間たちを殺さず、拉致して実験に使ったり、記憶操作しているからだ。ゼロと名乗るインセクトロイドによって」
「ゼロ、インセクトロイド……」
ターニャがそう繰り返した。すでにオロス行きは断るつもりもなかった。このシャーレは、父が命がけでこの地球を守る切り札として、男に託したものだったのだ。
「……ゼロを頭にした奴らはZ-CROSSと名乗る組織だ、まだ規模は小さい。人体実験を重ねて能力を高めた兵士とモンスターを使い、近いうちにこの星の大絶滅を行うつもりだ。ううっ、どうやら、そろそろ俺もおしまいらしい、ゴフッ」
男は口から得体の知れない赤茶けた塊をコンクリートの上に吐き出した。
「キャー、う、動いてる……」
「それが俺に植え付けられたラグナ、シードの花粉からこの大きさにまで成長している。そいつを現存する生き物に寄生させて作った怪物、それがシード・モンスターたち……」
男は気を失いかけたのか、唇をきつく噛んで気を取り直した。吐き出されたラグナは太陽に当たるとまるで火であぶられたスルメイカのように丸まって、たちまち蒸発していった。
「ターニャ、船長は君のことをいつも自慢していた。アカデミアは君たち若者の憧れの最高峰の学校だ、だがもはやそれだけではない。地球人類の最後の希望なんだよ」
男は既に首まで石化していた。おそらくもう目は見えないだろう、ターニャの手と彼の手が男の手を握った。しかし既に動かなくなった指は冷たかった、男はハーモニカの彼にこう言った。
「君の名前を教えてくれ、あの世で仲間たちに話してやろう……」
「コウ・ニラサキ」
「コウ、いい男だな……」
そう言い残し男はついに全身が石化し、砂のように崩れていった。ターニャはバッグごとシャーレを胸に抱き寄せるとその場に残った白い砂の塊に誓った。
「必ず、これはオロスに届けます。安心してください、おじさん」
「ゼロ、それが奴らが言っていたお館様の名前か」
「ところでコオ、あなたどうしてここに?」
ターニャは彼がここにきた訳を尋ねた。彼がそれを話そうとした時、倉庫のゲートが内側から壊された。
「グフフフッ、これしきでダイル様がくたばるとでも思っているのか、人間どもめ、道連れにしてやる。覚悟しておけよ……」
あまりの低温のため、体が凍りつき石化が始まりながらもワニ人間は凄まじい執念で足を引きずりながらも二人に近づいてくる。思わずターニャは彼の腕にすがった。コオがフォーク・リフトに飛び乗った。
「しつこいと、この娘に嫌われるぞ」
「ギャッ」
短い叫び声をあげ、ワニ人間「ダイル」は石化した体を粉々にされ、消え去った。




