28.満月少女
満月少女
「ああ、君をクレパスの永久凍土層から掘り出した時、その目の奥のインジケーター・ランプがかすかに点滅をしていた。予備バッテリーはまだ生きている、とっさに私は日本アカデミアに連絡を入れた。だが日本アカデミアは壊滅状態、応答はなかった。その通信はアカデミアの通信衛星を使って世界中のアカデミアのメンバーに自動転送されたが、なかなか応答はない。ようやく応答したのが彼女だったというわけさ」
長官はタバコに火をつけた。その嗜好はサクヤには理解できないが、彼の鼻から出てくる紫色の煙をじっと見つめていた。
「彼女が応答したのは比較的被害の少なかったパリの郊外からだった。当時彼女は『人工生命体』の研究をしていた。橘博士のルノチウムの研究は博士の妻の由樹さんの『ヒトゲノム』(人の染色体)についての研究とともに、亜矢くんの元でまさに花開こうとしていた。それがパリの郊外で人類が初めて作り上げた人工生命体だ、その名をカグヤという」
「……カグヤ……」
「そう、現在月の探査をしているインセクトロイドの名前だ」
「亜矢が私を呼び起こしてくれたのですね」
「そうだ、彼女は私の通信を聞きパリ郊外の研究室に戻ると、がれきの中から使用可能なバッテリーを探し出し、ジェット・ジャイロでオロスに持ってきてくれた。もちろん君に合わせて更に高性能にバージョン・アップしたものをね」
橘亜矢が日本を出発する朝のことだ。父、橘雄馬は「ヘリウム3」の移送試験を成功させ、今度は実用化のためにいよいよ月へ行く。その準備をアメリカの南部で整えつつあった。一方彼女はパリアカデミアの学生=コレッタ・オブライアンとの交換留学という形で人工生命の研究を続けることになっていた。その研究はもちろん極秘で進んでいた。
「亜矢、行ってらっしゃい。向こうの水には気をつけてね」
「やだお母さん、いつまでも子供じゃないって。姉さん、お母さんとお祖父様をよろしくね」
「ジャイロの整備は完璧よ。ところで亜矢、ちゃんと持ってる?」
「もっちろーん」
亜矢は後部座席からジュラルミン・ケースを持ち上げて姉に見せた。その中には人工生命体の「核酸」が入っている。人工生命体の「核酸」培養には相当な苦労があった。由樹だけでなく、姉の香矢も「協力」していた。香矢こと「ラビアン・ラビリンス」は亜矢の姉の遺伝子を使い最古のマスター・シード「シノ」により生まれ変わった。その時の経緯は家族たちの記憶には既にない。香矢はそれ以後亜矢の姉としてサポートを続けていた。しかし残酷なことに彼女はこの星の行く道を最古のマスター・シード「シノ」から見せられていた。
……
ラビがしばらくして口を開いた。
「私は、どうすればいいのでしょう?」
「マスター・シードとして、この星に残るのです」
「シノ様、それは私にとって永くそしてとても辛い役目です。すぐに私を知る者が誰一人もいなくなる……」
「そう、その代わりにご褒美を一つあなたにあげましょう」
「ご褒美?」
「私がコピーした香矢の遺伝子情報だけでは、彼女を再生することはできない。その代わりにその身体にあなたの情報をコピーしましょう。ほんの短い間ですが、人として生きてみなさい。ただ覚えておくのですよ、未来への『希望』を人がすっかり無くした時には、すぐにでも私を呼ぶのですよ」
「その時には、シノ様を呼ぶ……」
ラビの言葉にシノは柔らかく澄んだ声で答えた。
「もしそうなれば、最後の『マスター・シード』あの月を目覚めさせましょう」(※「満月少女亜矢」より)
香矢はあの日誓った、月を目覚めさせることなどあってはならない。亜矢にこの星の未来を託そう、と。
「この星は、人間たち自らが救わなければならない……」
シノの最後の言葉が香矢の脳裏に浮かんだ。そして香矢はジャイロに向けて小さくこう呟いた。
「私はあなた、あなたは私」
彼女は亜矢のジェット・ジャイロが二度と帰ってこない、ふとそんな胸騒ぎを覚えた。
「亜矢、私の可愛い妹。それがあなたを守ってくれることを願っているわ」
亜矢の持つケースの中にはピル・ケースがあった。その中にはケシ粒大の「ポーレン(花粉)」が入っていた。
「それを使えるのはこの星に選ばれしもの、この星の意思があなたに必ず力を貸してくれる」




