第三十六話 今はまだ小さな蕾だけど
「ほらグリム殿~! 次はこっちでありますよ~!!」
「……あっちには……かわいい雑貨のお店がある。」
「その向こうにはお洒落なカフェがあるんだよ~!」
「ちょ! ま、待ってほしいのじゃ~!」
朝食を食べ終えた俺たちは、アーミセイジの街へと繰り出していた。
ホントは馬車の修理は既に終わっているから、出発しようと思えば朝一で発てるのだが……
一昨日、昨日とグリムは商談で気が気じゃなかったからな。
出発の予定を半日ズラして、この街をみんなで楽しむことにしたのだ。
そして……
俺が幼女たちに与えた任務――
『グリムと一緒に街を回れる時間を作るから、その時に案内をしてやってくれ。』
その言葉を受けた幼女たちは、自分たちの買い物そっちのけで街を調べて回ってくれた。
手作りの地図を片手に、急かすようにグリムの手を引いて街を巡る幼女たち――
うん。やっぱみんな一緒に楽しめるのが一番だよな。
「よ、良かったのでしょうか……?」
「ん? 何がだ?」
俺の隣に立つシュレムが、不安げな表情を見せる。
「そのっ……! 今朝の落書きの件もありますし……早々にこの街を出た方が良かったんじゃ……。」
あぁ、その件か……。
「言ったろ? 何かあったら俺が守るって。ほら! シュレムも一緒に楽しもーぜ?」
「わっ! わわっ!?」
元気いっぱいの幼女たちに負けないように――
俺はシュレムの手を引いて、街を駆けるのだった。
***
そして昼過ぎ――
街を巡り昼食も終えた俺たちは、修理の終わった馬車の前に並んでいた。
「だいぶ大荷物になっちまったな。」
お洋服に雑貨、アクセサリー。
それから留守番してるみんなへのお土産等々……。
「ん? エリノア? 何隠してんだ?」
「ふぇっ!?」
俺に指摘されたエリノアがビクッと動揺する。
後ろ手に抱えたその袋の中身を、俺はひょいっと回り込んで確認する。
「……あー。」
予想はしてたけど……うん。やっぱ"酒"だ。
「お前なぁ……。」
「だ、だって……! この街、ワインもとっても美味しいって有名なんですのよ!?」
没収されまいと酒瓶入りの袋をひしと抱き締めるエリノア。
いや……買っちまったモンはしょーがねぇけどさ。
少しは自重しろよな、全く。
これ全部馬車に積めるかな……?
そんな事を考えていた俺の背に、聞き覚えのある声が掛かった。
「おーい! ……良かった。どうやら間に合ったようだね。」
振り向くとそこには……
「ぶ、ブランカ会長!? どうしてここに!?」
グリムが驚く。
息を切らせて走って来たのは、俺が商談した相手――
ファッションブランド『トーヴァ』を有するトーヴァ商会の商会長――ブランカ会長だった。
「いや、そちらのお嬢さんから聞いた事を確認しようと思ってね。」
まだ少し息が上がっているブランカ会長は、そう言ってグリムに微笑む。
そして……会長は抱えていた紙袋から、一着の洋服を取り出す。
だがそれは、トーヴァの商品では無い。
「それは……!」
「そう。キミが先日"持ち込んだ"ものだ。」
グリムが一人でブランカ会長の元へと訪れた日――
商談とは別に、グリムはブランカ会長にお願いをしたらしい。
その内容というのが――
「キミの知り合いに"デザイナーの卵"がいて、その人の仕立てたお洋服を採点して欲しいと……キミはそう言った。」
そこまで話すと、ブランカ会長は少し悲しそうな顔をしてグリムに問う。
「どうして本当の事を言ってくれなかったんだい? このお洋服は……"キミが作ったものだ"と。」
そう。
俺の知る限り、グリムに"デザイナーの卵"の知り合いなんて居ない。
そして何より、そのお洋服に使われている生地は、俺がグリムに頼まれて出したものだった。
『お洋服を取り扱う以上、妾も服飾をお勉強しておきたいのじゃ!』
以前グリムが言っていた言葉だ。
だがまさか、本当に自分でお洋服を仕立ててしまうとは俺も驚いた。
「……。」
ブランカ会長に問われたグリムは、暗い表情で俯いたまま、しばし口を開かなかった。
だがやがて、
「誰が作ったものであれ、それでお洋服の評価が変わるわけではあるまい……。」
そう呟くように告げた。
ブランカ会長から聞いたが、会長がそのお洋服に付けた点数は――"三十点"。
とてもトーヴァの店には並べられない、と。
それこそが、グリムが抱えていた"もう一つの悩み"だった。
「それとも……"子供ががんばって作ったから、点数をおまけする"などと言うのか? 妾は……妾はそんなお情けの点数など、欲しくないのじゃ……。」
そう言って、グリムは俯いたまま小さな手を握り締める。
その小さな身体には重過ぎる、抱えきれない"悔しさ"に耐えるように――。
そんなグリムに、会長は告げる。
「そうだね。私も商人として、自分の目利きには誇りを持っている。同情や情けで加点したりはしないよ。」
そう言って首を振る会長。
「だが……これをキミが仕立てたというのなら、私はその評価の後にこう続けただろうね。」
そして、続ける。
「グリム君、キミは将来、超一流のデザイナーになるだろう。」
「ふぇ!?」
突然の賛辞に、俯いていたグリムは驚きに顔を上げる。
「じゃ、じゃが! 妾の仕立てたお洋服は三十点なのじゃろう!?」
「あぁ。"今は"ね。」
ブランカ会長は、グリムを真っ直ぐに見つめて告げる。
「"才能"という言葉はあまり好まないが……キミの仕立てたお洋服からはデザインの独自性、気遣い、そして……何よりお洋服への溢れんばかりの情熱を感じた。」
会長のその目は――
商人として誇りを持っていると話していたその目利きは今……目の前の少女に、輝くような価値を見出している。
「そして幸運なのは、キミにはそれらを伸ばすのに十分な"時間"があるということだ。若いキミは、これからどこまでも伸びてゆける。今は三十点という評価だが、十年……いや、五年もすれば、私が百点を付けるに値するお洋服を仕立てるだろう。」
その言葉を聞いたグリムの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れる。
自身の才能を悲観していたグリムの、その不安が溶け出したように――。
「……っ!!」
ぐしぐしと袖で涙を拭ったグリムは、会長に問う。
「本当か……? レティーナに頼まれて……お世辞を言っているのではないか……?」
「言っただろう? 私にも商人としての誇りがある。自分の目利きを偽るようなことは言わないよ。」
そう告げたブランカ会長は、グリムの手を取って申し出る。
「グリム君……いや、グリムさん。これから一年毎に、キミの仕立てたお洋服を、私に採点させてくれないか?」
「一年……ごとに?」
「そうだ。きっとキミはこれから、メキメキと成長する。その成長を、私に見せて欲しいんだ。」
告げられたグリムは、まだ涙に潤む瞳に、しかし強い意志を宿して答えた。
「わかったのじゃ……!! 必ず……会長さんがびっくりする程立派なお洋服を仕立てるのじゃ……!!」
***
「あ! そだ、会長さん。」
「ん?」
ブランカ会長見送りの元、俺たちは馬車に乗り込んだ。
馬車から顔を出し、俺は会長に告げる。
「例の"こたつ"の件……量産するなら、急いだ方がいいかもよ?」
「ほう? 何故だい?」
「俺たちが提供出来るアドバンテージ……"人間領との取引出来るのがトーヴァさんだけ"って状況が、いつまで続くかわかんないからさ。」
その言葉に、会長はしばし考える。
「それは……人間領との取引が、魔族領全体で"解禁"される……と?」
俺の話した内容を整理し、そう問う会長。
「あぁ。まだ可能性だけどな。」
そう返した俺に、ブランカ会長はまた考える。
「ふむ……。確かに現在行われている"魔王選定選挙"の結果によっては、そうなる可能性もあるね。だが……現在の筆頭候補であるガリオン殿は、人間領とは敵対的と聞いているが……。」
商人だけあって、その手の話には詳しいようだ。
だがそんな会長に、俺は伝える。
「あぁ。だからそのガリオンが……"失脚"するかも、って話だ。」
「えぇっ!?」
驚きの声を上げたのはブランカ会長では無く、御者席から会話を聞いていたシュレムだった。
それに対し、当のブランカ会長はそれほど驚きもせず返す。
「なるほど……。キミがそう言うのなら、そうなのかも知れないね。"魔王の娘"さん。」
「!! 知ってたのか?」
「ハハハ! 契約を交わした相手の素性くらい、すぐに探らせたさ。」
く~。抜け目ねーな。
さすが商会長だ。
「参考にさせてもらうよ。まぁそうなったなら、私達にとっても喜ばしい事だ。人間領相手に商売が出来るんだからね。」
「そんならいいけどさ。そんじゃ、取引の件よろしくな。」
「あぁ。こちらこそよろしく。無事に旅を済ませて、取引が開始されることを祈っているよ。」
「ん。ありがと。」
ブランカ会長とアーミセイジの街に別れを告げ、俺たちの馬車はまたゆっくりと進み始める。
目的地である魔族領王都を目指して――。
お読み頂きありがとうございます♪
今回の投稿で第四章完結となります。
そのまま第五章に入りたいのですが……ごめんなさい。ちょっと一週間くらい空けさせてください。
どうにも修正したい箇所が多くて、進まないのです……。
度々で本当に申し訳ないです……。
どうぞ今後とも本作をよろしくお願い致します。




