第三十七話 永遠に欲しくない言葉
「さて……。ここらで状況を整理しとくか。」
流行の街【アーミセイジ】を発った俺たちは、その日のうちに次の街へと到達していた。
祈りの街【ルディアム】――。
歴史ある教会が多数現存するこの街で、俺たちは宿を取っていた。
その夕食の席で、俺は幼女たちに現状について確認する。
「まず俺たちのこの旅は、今魔族領で行われている"魔王選定選挙"の候補に俺の名前が挙がっちまった事から始まった。」
魔族復権推進派を返り討ちにしたせいで、いつの間にか魔族領で有名人になっちまったらしい。
……すげー不本意だけどな。
「んで、それを知らせに来てくれたのが……"選挙管理委員会"のシュレム、と。」
「は、はいっ! そうですっ!」
聞かされた時はその若さで選挙管理委員!? と思ったものだが……
旅の道中で分かった通り、シュレムの馬車の扱いや呪装への見識の深さは確かなものだ。
実力主義の魔族は、年齢よりも能力を重視した人選が行われるらしい。
それなら有能なシュレムが選挙管理委員ってのも理解出来るってもんだ。
「シュレムが言うには、選定選挙の前に俺の意思を魔族領王都で公表して欲しい、って話らしい。」
魔王候補に俺の名が挙がった以上、出馬の意思のあるなしをはっきりさせて欲しい。
それがシュレムから頼まれた、今回の旅の目的だ。
「で、シュレム。」
「は、はいっ!」
「確認なんだけど……それって"投票日"の直前じゃマズいんだよな?」
「え、えと……そうですね。選挙への立候補が締め切られる前には公表頂きたいので……その……」
言い淀んだシュレムは、少し間を空けてから口にした。
「明後日の朝までには……王都に着きたいです。」
Oh……こりゃまたギリギリだな。
「このルディアムの街から王都までって、あとどれくらい掛かる?」
「えっと……半日くらいかと。」
ふむ。
なら明日の朝か、遅くとも昼過ぎには出発だな。
「おっけ。じゃあ出発は明日の朝ってことで!」
そう言って俺は話を締める。
本来であればガリオンからの襲撃の件や、人間領への帰路についても話すべきなのかも知れんが……
幼女たちの前でそれを話しても、不安にさせちまうだけだからな。
今は王都に行って、当初の目的を果たす。
そのことだけ伝えればいい。
そうして、俺たちはまた夕食を再開しようとした。
……が、その時――
小さな手が、スッと挙がった。
「ん? シャル? どした?」
手を挙げたのは、俺の左隣に座るシャルだ。
「……レティ、……わたしからも……ひとついい?」
「あぁ。どうしたんだ?」
そう促すと、シャルは俺を見て告げる。
「……レティにね、……お願いがあるの。」
「ん? あぁ、なんだ?」
可愛いシャルのお願いなら、なんでも聞いてやろう。
そう思っていた俺は――次の言葉で硬直した。
「……レティ、……デートして?」
――ピキッ。
夕食の団欒の空気が、一瞬で凍り付く。
俺だけでは無い。
ロロも、ミリィも、グリムも――。
シャルの放った「デートして?」の言葉に、動きを止めた。
数秒の沈黙が、食卓を包む。
やがて、各々の幼女がぎこちなく口を開く。
「……あ、アハハ。シャル殿? 随分大胆でありますねー。」
「そ、そうだよー。突然言うんだもん。」
「そ、そうじゃぞシャル! そんなこと、急に言うものではないぞ!」
ウチの幼女たちはみんな仲良しだ。
そして……俺が言うのもなんだが、みんな俺の事を少なからず好いてくれている。
だからこそ、こういうアプローチ的なことはそれぞれこっそり行ってくれていた。
……だが、今回のシャルのは"公言"だ。
幼女たちの間にあった微妙なバランスを、一言で崩す程の――。
「……みんな、……この旅の間に……レティとデートしてたでしょ?」
ギクッ!?
と、幼女たちが三人同時に肩を跳ねさせる。
ありゃりゃ。
バレてたのか。
「……だったら……わたしも一回くらい……デートしてもいいはず。」
シャルがそう言うと、三人はそれ以上の反論が出来なくなった。
「……レティ。……おねがい。」
そう懇願されては、俺も拒否は出来なくなる。
「ん~……わかった。明日出発しなきゃいけないから、今日この後でもいいか?」
「……うん。……だいじょぶ。」
シャルは頷く。
そして、
「……みんな、……無理言ってごめんね。」
そう他の幼女たちに詫びた。
「い、いえいえ。自分たちも内緒にしてて悪かったであります。」
「う、うん。シャルちゃんも楽しんできてね!」
「ま、まぁ良いのではないか? 少しぐらいならな。」
皆まだ戸惑いを残しつつも、それぞれに了承してくれた。
「……うん。……ごめんね。」
そう言ってもう一度詫びたシャルは、その言葉の最後に、
「…………きっと……これで最後だから。」
と、他のみんなには聞こえない声で、小さく付け足した。
最後……?
この旅の間にデート出来るチャンスが、これで最後って意味か……?
シャルの言葉に微妙な違和感を感じつつも、俺は食事を続けるのだった。
***
「えっと……、それじゃ、行こうか。」
「……うん。」
夕食を終えた後――
俺とシャルは、二人で宿を出た。
なんか改まって"デートして"って言われると変に意識しちまうっつーか……
他の子たちの時は"お散歩"だったからな。
「それで……行きたいとことかあるか? もうだいぶ日も落ちてるけど……。」
そろそろ辺りも暗くなってきている。
となれば行く先の選択肢も限られてしまう。
これが大人のデートならば、バーにでも行って美味しいカクテルでも頂きながらゆっくりお話、って感じなのだろうが……
幼女二人で出来るデートとなると、夜景を眺めるくらいだろうか?
「……だいじょぶ。……行く先は……決めてある。」
「ん? そうなのか?」
「……うん。……付いてきて。」
シャルはそう言って、俺を先導するように歩き出す。
(……あれ?)
前方を歩くシャルは、家々が建ち並ぶ街中を、迷う事無く進んで行く。
「シャル。もしかして……この街に来たことある?」
「……うん。」
あぁ、やっぱそーか。
「……わたしがもっと小さい頃、……少しの間だけ……この街に住んでた。」
「そうなのか。……あ! だったら知り合いとかも居るんだろ? 会っておかなくていいのか?」
俺がそう問い掛けると、シャルは……
ほんの少しだけ、寂しそうな目をして答えた。
「……うん。……だいじょぶ。」
……?
なんだろ?
どうも今日のシャルは様子がおかしい気がするんだが……
***
「……ここ。」
「"ここ"って……教会じゃないか。」
シャルが足を止めたのは、街の中心地に程近い場所にある、大きな教会だった。
建物自体はかなり古く、だが丁寧に手入れをされているのだろう。
外壁に目立つ汚れは少なく、周囲に雑草も殆ど生えていない。
俺はこの世界の宗教には詳しくないが――
それでもその教会の宗教が、この世界で多くの人々に信仰されているのだろうということは理解出来た。
その教会の中へと、シャルは遠慮無く歩みを進める。
「な、なぁ。勝手に入っていいのか?」
俺はその宗教になんの興味も前知識も無い。
そんな俺が、見るからに神聖そうなこの教会に入っていいものだろうか?
「……だいじょぶ。……この教会は……誰でも入っていいの。……宿の取れない冒険者の人とかも……使ってるくらいだから。」
「そ、そうなのか。」
そんならまぁ、遠慮無く入らせてもらうか。
俺はシャルの後に続いて、その教会へと入って行った。
途中、数人の信者と思しき人々とすれ違う。
初対面の俺たちにも、皆丁寧に頭を下げてくれた。
「もう夕方なのに、教会に来る人って結構いるんだな。」
「……もうすぐ夕方の礼拝の時間だから……その人たちだと思う。」
へぇ。夕方の礼拝か。
礼拝って朝やるもんだと思ってた。
そうして、俺たちは更に進む。
先ほど言っていた"夕方の礼拝"が始まったのだろうか。
遠くから、パイプオルガンの旋律が聞こえてくる。
そして――教会の奥――。
明かりの付いていないその一画で、シャルは立ち止った。
「ここって……」
広い空間に高い天井のその場所の奥には、木製の公衆電話ボックスを思わせるような小部屋がひとつあるだけだった。
それは、シャルと出会った街の教会でも見た、アレだ。
"懺悔室"――。
自身の罪を司祭に告白する為の場所。
その場所で、シャルは俺の方へとその顔を向ける。
「……レティ。」
振り向いたその表情を見て、俺はようやく察する。
苦悩と悲哀が入り混じった、悲しい"覚悟"の表情――。
シャルは……
今からシャルが口にする言葉は……
きっと――俺の一番"聞きたくない"言葉だ、と。
「……わたしね。……この街に……残ろうと思うの。」




