009-パーティーメンバーを加えよう
目の前のには、狐耳があった。この尖った形は狐の耳だ。だが、ややヘタレ気味だ。毛艶もよろしくない。
「あの……」
目線を下ろすと、人間の、少女の顔がある。
目線を戻す。なるほど、狐耳少女か。耳の色は髪と同じで、やや赤みがかった金。とは言え、あまり手入れをしていないのか、くすんでいるのが惜しい。
「その、困っている事があって……。助けて貰えないでしょうか?」
この狐耳ちゃんは困っているらしい。
そうか、困っているのか。耳がピンとせず、せわしなく動いているのも困っているせいか。これは大変だ。
「僕に出来ることならなんでも……と言いたい所だけど、まずは話を聞かせて貰えないかな?」
安請け合いしてガッカリさせてしまうのは避けたい。俺は現実派なのだ。
「ここではちょっと……。えっと、話は、こちらで……」
そう言って、大通りから外れる小道に向かう狐耳ちゃん。
いや、そこには狐の尻尾。
ふさふさのモフモフであらせられる、狐尻尾様だ。
狐尻尾様は、チカラなくしょんぼりなされておられる。
なんという事だろうか。
一体何がこの狐尻尾様を困らせているのか。
こうなってはこの私、全身全霊をもって事件解決にあたらせて頂きたく思う所存で御座いまするっ……!
◇
「おっと、待ちな」
狐尻尾様と俺との間を、急に何かがさえぎる。あっ、尻尾様が、先の角に……
「ホントに来やがった。バカじゃねーの?」
背後からも声がする。
……あれ?
周囲を確認する。薄暗い路地裏だ。目の前に男一人。後ろに男二人。男は三人とも、ニヤついた薄笑いを浮かべて、手にはナイフ。
「あー、オレ達ー? 恵まれない子供だからぁ、お金わけてくんないー? ギャハハ!」
そんなセリフを聞いて、ようやく冷静になった。
これはアレか。騙されたのか。魅惑の尻尾様で誘き寄せるとは、なんて罰当たりな連中だ。
正面の男、年齢は高くないな。大人と言えるほど成熟してないし、ガキと言えるほど小さくはない。十五から十八くらいの、日本で言えば高校生だろうか。学ランを着せてパンチパーマにすれば、それっぽい。後ろの二人も似たようなものだ。
そう言えば俺は何歳なんだろう。今まで気にしてなかったよ。そもそも一年が地球と同じなのかという話だな。一日が二十四時間なのはスマホの時計情報だが、その時間が正確に地球と同じなのか、は確認が出来ない。気にしても無駄なんだけど、こちらの人間の年齢の話になると、どうしても地球との誤差が
「おい、ハナシ聞いてんのかテメェ!」
目の前の男が怒っている。メンチ切ってるとも言う。
ナイフを突き出して脅しているが、剣と魔法の世界でナイフによる脅しって、どうなんだろう。武装している人間けっこう居るし、魔法が飛び出すかもしれない。数的優位で囲んでいるから多少の抵抗でもなんとかなると思っているんだろうか。
「ビビってんだろ? おとなしく金出しゃあいいんだよ!」
「痛い目見ねぇとワカんねぇか?」
どうもコイツらを見ていると、この前遭遇した盗賊三人が思い浮かぶ。なんていうか、ならず者レベルが、盗賊三、コイツら一、みたいな。
左手を腰のポシェットに伸ばす。あ、笑ってる。俺が金を出すと思っているな。警戒しないのか。ちょっと想定が甘いんじゃないかな?
抜き出したスマホを見る。
『パーティーメンバーを加えよう!』
今このタイミングでそれか。
目の前の男の、首の辺りを確認すると、何かかけているのが見える。ふむ、あれはきっと冒険者許可証だな。
「一つ聞くけど、お前たちって、冒険者?」
「だからどうしたって言うんだ? モンスターの餌にしちまうぞ?」
「ああ、わかった」
ポチポチっと。
スマホを掲げても、男はマヌケ面をしたままだ。改めて口を開く。
「冒険者は、自己責任!」
「はぁ?」
スマホから光が伸び、三人の男に刺さり、
「おい、一体何が」
パン!
はい、消えた。
男達が消えた直後、埃がたった。あれは多分、消えた体積分の空気が押し寄せて、局地的な風が起きたんじゃないかと予想する。破裂音もそれだろう。
ガタン!
奥の角から物音がする。ふむ。
角まで歩いて、物音のした方を確認すると、狐耳ちゃんが腰を抜かしていた。
「ひぃっ!?」
ものすっごく怯えている。立ち上がろうとして立ち上がれず、脇にある木箱に手を掛けるも力が入らず、涙目でズリズリと下がって行く。ああ、そんなことしちゃあ、御尻尾様が土まみれに。
「困っているんだったよね? 話を聞こうじゃないか」
そう、今更なセリフを吐く。
状況から見て、彼女も連中の仲間だろう。だが、脅迫現場には居なかった。分業と言えばそれまでだが、真にならず者なら、あの場に居て戦力となるべきだろう。だが、居なかった。
故に、敵とならなかった。
敵じゃなかったから、消えなかった。
俺は別に断罪をしている訳ではない。さっきのは不幸な衝突だ。自己責任の冒険者故、いつ消息不明になってもおかしくはない。それだけの話だ。
だから彼女の罪だの責任だのは関係ないのだ。俺は彼女を敵とは見なしていない。今スマホの超攻撃を再度タップしても、彼女は消えないだろう。
そもそも、進んで悪事を働くタイプには見えない。だから話を聞こう、というごく自然な展開なのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
うん、怯えっぷりがハンパないね。『消える』シーンを目撃してしまったのだろうか。
「助けて下さい、スイマセン、何でもしますから、命だけは……」
ん?
「……何でも?」
コテン、と首を傾げながら。
「今、『何でも』って言ったよね?」
したり、したりと近付いて行く。壁際に追い詰める格好だ。もちろん俺は追いかけているだけなので偶然である。両手を広げているのも無抵抗アピールであって、逃げ道を塞いでいる訳ではない。
狐耳ちゃんは、追い詰められた子猫のようにプルプル震えている。もうマトモに喋れない様子。まあ、言質は取ったのでもういいだろう。
「じゃあ、俺とパーティーを組もっか」
左手に持ったままのスマホが反応したのが、視界の隅で分かった。