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最前の灯り  作者: 大和麻也
淋しい若人
9/20

IV 「文芸部」

 せっせと人をかき分けて中学三年生の懐かしい教室まで行く。目当ての教室では何やらレクリエーションをしているようで賑やかな笑い声が漏れていた。

 適当に男子生徒を捕まえて尋ねる。

「浅村美弦はいるか?」

「浅村? ええと……いませんよ。どうかしました?」

「いや、大したことではないんだ。どこにいるかわかるか?」

「いいえ」

「そうか、すまない」

 礼儀正しい生徒で助かった。手を振って別れて振り返った途端、真正面に現れた女子大学生らしきふたりが目を丸くしているのに気がついた。無意識におれの表情が曇ったのか、ふたりは「ごめん」と軽く謝る。

「なんでもないの。あたしたちここのOGなんだけど、浅村って陽子(ようこ)の妹かな? って」

「はあ……」

「あ、知らないよね。ごめんね、驚かせて」

 いえ、と言って別れたが、目的の人物の姉というのなら気になる。

 数歩離れた所からふたりの話の続きを盗み聞きする。それによると、浅村陽子という人物はそれほど目立つ生徒ではなかったようで、OGのふたりも「そういえばいたよね」というような、思い出しながら憶えている印象を話していた。そして、「文芸部にいたんだっけ」「読んだことない」というところでその話題は終わった。

 勝手なイメージだが、おれの中では文芸部と漫研で所属している部員の性格や好みは近しく思われた。歴史ある私立の名門・天保という学校からしても、姉妹で通っていた可能性は高そうだ。となれば、時間がないから姉の作品を拝借した可能性だってあるのではないか。

 そう思って、考えたことをまとめて穂波にメールした。

 二、三分で返事が来た。それも通話である。賑わいを避けて階段の踊り場へ行き、通話開始ボタンをプッシュする。

『梓! メール読んだんだよ。なら、文芸部見てきてくれない?』

「ああ、そのつもりだ。似た作品がないか見てくる」

『梓が見てきているうちに美術部に顔を出そうと思うの。あ、シフトじゃないよ。美弦がいないとも限らないから』

「ああ、わかった」

 通話を切る。穂波の口調にはどこか遠慮が感じられたのは、文芸部に行きたくない理由でもあるからなのだろうか。せいぜい、仮入部なり見学なりをしたくせに入部しなかった、といったところだろう。

 パンフレットで調べると、文芸部は高校校舎に教室を借りている。おれは再び人の海を泳ぎ、渡り廊下から高校校舎へ向かう。その四階までせっせと登れば、人の出入りの静かな部屋――文芸部の部屋が見えてくる。

 入ってみると、感じのいい二年生の女子が微笑みながら佇んでいた。穂波とは対極に位置するような雰囲気の彼女のすぐそば、教室の中央には机が正方形になるように並べられ、その上には色とりどりの部誌の表紙が並んでいる。

「これが今年の文化祭の部誌ですよ」

 並んだ冊子の表紙に見惚れていると、立っていた女子生徒に勧められた。会釈してひとつ受け取り、今度は去年より古い冊子を探していく。浅村美弦の姉、陽子は卒業生であるから、昨年以前のものにしか収録されていないはずだ。

 最初に目についたバックナンバーを手に取るが、しまったと手を止める。浅村陽子のペンネームは知りようがないではないか。

 諦めかけたそのとき、穂波からメールが届く。文面にはひらがなでひとこと。

「なかはりく」

 何のことだと訝しんでいると、立て続けにメールが届いた。曰く、

「美術部に美弦はいなかった。でも、前に送った名前がお姉さんのペンネームだと思う」

 そして、自信に満ち満ちた様子のかわいらしい絵文字。

 半信半疑で穂波から送られてきた「なかはりく」とやらに当てはまるペンネームを探す。バックナンバーを辿って行くうち、引退した部員には間違いなく「中葉りく」がいることがわかった。

 読むことには自信がある。片っ端から同作者の作品を読み漁った。中葉りく、浅村陽子のストーリーは手垢のついた鉄板のものばかりという印象だったが、技巧はとても読みやすい工夫が施されていて、時間をかけて書いた作品なのだろうと感じられる。口語ばかりの薄っぺらさはなく、媚びた感じもない。

 ありふれた物語を続けざまに読んでいくうち、やっとのことで目的の作品に辿り着く。一年前の文化祭のもので、タイトルはごくごくシンプルな『夢と決意』――幼馴染の男女を描いている。丁寧ではあるが無駄のないおれ好みの文章を、一字一句目を皿にして読み進めていくと、やはり妹の浅村美弦の作品と酷似した展開である。いいや、まったくといって過言でないほど同じだ。

 しかし、ひとつだけ違ったところがあった。

 結末部分が異なるのだ。

 妹の作品では仲良くなって完結だが、姉のものでは主人公の少女が卒業後の進路のために幼馴染に別れを告げる。それは伏線に導かれた運命的な終幕でもなければ、読者を見くびったこけおどしのバッドエンドでもない。唐突な決意なのだ。

 荒唐無稽にも感じるその結末は、浅村陽子のさっぱりとした文体だからこそ調和しているように思えた。作者がどのような願いや訴えを込めたものかはさっぱり見当がつかず、もはや芸術めいている。

 おれがいわゆる「センス」というものを羨んでいるせいかもしれないが、浅村陽子の作品は完成されていて面白いと思う。浅村美弦がそれを模倣して自分好みの物語に再構成したのだとすれば、おれが浅村美弦の作品に覚えた違和感の正体がわかってくる。それは、小説として完成された中葉りくの作品が、漫画というメディア、そして妹の感覚というふたつの変換を経たために生じたロスだったのだ。

 冊子を閉じる。

 これで既視感の謎は解かれた。姉妹で作品を共有したならば、それは姉妹が用意したエンターテインメントでしかない。妹が一方的に泥棒したとしても、姉妹間であればさほどの騒動にはなるまい。

 さて穂波に連絡してやろう、と携帯電話を取り出したところ、先に穂波から連絡が来ていた。するとそこには、「ちょっと想像できてきたかも。美術部に来て」とあった。


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