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最前の灯り  作者: 大和麻也
淋しい若人
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10/20

V 「夢と決意」

「どうした、見つかったか?」

 美術部の展示が行われている部屋に向かうと、穂波が展示されている絵を見ながらおれに向かって問う。

「ねえ。さっそくだけど、この絵、どう思う?」

 文芸部で見つけた作品の報告をしたかったところにこの話題だから拍子抜けしたが、ひとまず素直に穂波の後ろから覗いてみる。その絵について、おれの言えることはただひとつだった。

「綺麗だ」

 そしてもう一言、

「穂波の絵ではないな、……浅村美弦のものか?」

 と訊いてみると、穂波は頷いた。穂波の絵ならば直感して見分けられる。

 穂波はその絵に背を向け、おれに向きなおる。

「美弦はこの通り、絵が上手。私も羨ましいくらい」

「…………」

 できれば聞きたくない言葉だった。

 穂波は淡々と続ける。眼鏡の奥の目に、文化祭にあるべき楽しげな輝きはない。

「絵が上手いものだから、漫画はだいたいお話が絵に負けるんだ。本人が描いていて楽しいのならいいのだけれど」呆れたような、諦めたような口調で言うと、受付の座席に座った。「ねえ、梓。文芸部で何か見つけられた?」

「ああ、バックナンバーに姉の作品があった」思ったよりも声が出にくくて困惑した。「『夢と決意』というタイトルで、作者は中葉りく。結末部分は妹のものと違って、ビターエンドだな。……案外、面白かった」

 やっぱり、と穂波が呟きため息をついた。何のことかと訊けば、どこから説明しようかな、と間を置いて、慎重に言葉を選ぶ。

「まず、美弦はいま学校にはいない」

「……連絡がつかないのはそういうことか」

「いや、連絡はさっきついたんだ。『きょう一日のシフトを全部代わってほしい』って別の部員に。でも、出席はついているよ」

「よくわからないな。出席確認のときには学校にいたが、いまは体調でも崩して帰ってしまったということか?」

「そういうことだけど、体調不良ではないね」

「じゃあ、どういうことだ?」

「学校説明会に出かけたんだよ、高校の」

 話が見えない。

 おれの渋い顔を見た穂波は、ううん、と唸ってから語りだす。

「美弦はつまり、天保ではない別の高校を受験しようとしているってこと。学校説明会はちょうどみのり祭と同じ秋の週末によくあるでしょ? たまたま志望校と被ってしまったんだ。とはいえ欠席は嫌だったんだから美弦も欲張りだよ。

 入学の時期がいつだろうと、天保に入れば大学卒業までずっと天保、普通は外の学校に行こうとはしない。……いいや、むしろ行こうとするほうが変だよね。久米くんなんかはるばる大阪から来て下宿しているくらいだから。でも、美弦にはちゃんと理由がある。


 ――美術の勉強をしたいんだと思う。


 天保は総合大学だから、美術の技能的な勉強はまず無理。美大に行くなら天保高校卒業後でもいいけれど、早いうちから美術に特化したところに行きたいんだろうね。美大の附属校かもしれないし。そうそう、外の学校に行きたいなら夏休みは講習で忙しくもなるよね――いくら頭のいい天保でも、受験向けの勉強は普通と違うから。

 この話が盗作とどう関係があるのかって訊きたいんでしょ? まあ、単純な話で、時間がなかったんだと思う。だからお姉さんからアイデアを借りた。美弦のペンネームは『くりはかな』……逆さから読んで『なかはりく』だなんて、単純すぎて笑っちゃうよ。ネット小説を検索したら、天保高校文芸部のアカウントが見つかってね、中葉りくって作者が梓の読んできたのと同じものを書いていたのを確かめたよ。

 ストーリーをもらうことで時間の短縮には成功した。でも、まだもうひとつ最大の課題がある――ユリちゃんだよ。

 ユリちゃんは美弦と、高校で一緒に漫研をやる約束をしている。美弦が受験をすれば、当然約束を破ることになるから、まだ言い出せないんだと思う。『夢と決意』を漫画にすることで、ユリちゃんとの別れを暗示するつもりもあったんだろうけれど、結局は後ろめたさに勝てなくてタイトルを書けず、結末もハッピーエンドにした。

 どう? 梓はこれで納得する?」


 話の筋に関しては納得した。しかし、ふたりの後輩たちのその後を想像すると耐え難くなり、意見しようだとか、仲違いのないように事を丸く収めようだとか、そういった気持ちにはなれなかった。

 穂波は電話をはじめる。相手はユリちゃんに違いない。浅村美弦の作品の既視感は、単にありきたりな展開のせいではないかと話し、ネット上にもやはり似た作品が多いと伝えていた。浅村陽子の作品について話さなかったのは、ユリちゃんがあのバッドエンドに触れることで不意に親友の心中を知ってしまわないよう配慮したのだろう。

 いまここで真実を隠したことは、いずれ後悔となってしまうかもしれない。ユリちゃんは浅村美弦の進学先を知ったとき、何を思うだろうか。約束を破られたことに悲しむか、いままでの漫画はお遊びだったのかと憤怒するか。それとも、親友の才能と意志を羨むのか。許せるか、許せないか。

 目を閉じて息を吐き、また目を開くと、額縁で飾られた穂波の作品が目に入った。

 秋の日差しに照らされたその油彩は、黄金の如く秀麗に輝いている。


「さあ、遊びに行こう?」

 携帯電話を閉じた穂波は、相好を崩した。

 おれだけでなく、穂波も人混みはそれほど得意ではない。少々遠回りながら人の少ない廊下を通っていると、祭りの熱気から離れた秋らしい涼しい空気が、おれに素直な話をするよう促してきた。

「なあ、穂波」

「どうしたの? まだ心配事?」

「いや、……なんとなく、祭りが苦手な理由がわかった気がするんだ。特に、文化祭が好きになれない理由」

 穂波は返事をせず、黙っておれを引っ張る。話は聞いてくれているだろうから、続けた。

「賑やかなのが好きではないのもある。でも、それだけならいまのおれほど文化祭を嫌いにはならない。穂波だってうるさいのは苦手なのに、文化祭は嫌いじゃないんだ――おれと穂波では文化祭の感じ方は決定的に違う。

 文化祭は日ごろの努力や才能を披露する場でもあるだろう? だから、これといって才能のないおれは寂しくなる。いまでこそ勉強に自信はあるが、いつか自分だけが取り残され侮られるのではないか、とな。久米が得意科目で成績を残しているのを見ると羨ましい。浅村美弦の話だってそうだ、誰かが自分の持っていない力をつけているのを見ると悔しい。穂波が描いた絵を見て、劣等感のなかったことはない」

「…………」

「こんなことを考えて、自分の人格にも自信がなくなる。久米の人の好さや、穂波の正直な笑顔には憧れる」

 そのとき、穂波は不意に立ち止まり、おれを引き寄せるようにして身を翻し正対する。その感情を読み取る手がかりは穂波の表情のどこにも浮かんでおらず、何だろうかと戸惑った瞬間、それが歪んだ。

「梓、気持ち悪い」

 聞き慣れてはいるがたまらない。

 また、穂波はおれに背を向けた。

「あのさ、私は梓が背伸びする奴だって知ってる。人を見下す癖があるくせに、自分にも自信があるわけじゃない。……私の好きなあんたはどうせ、偏屈だよ。とびきり変だから、あんたの中にはあんたの中にしかないものが詰まっている。そんなあんたは本当に面倒くさいけれど、面白い。……どう? 励ましはこれでいい?」

 歩き出した穂波は、再び近づいてくる文化祭の喧騒にわざと紛れるようにしたかったのか、乱暴に言った。

 暴力的なまでに色鮮やかな装飾がおれたちを包む。この鬱陶しさをあと一日以上も耐えなくてはならないのかと思うと気が滅入るが、都合のいいことにおれは腹が減ってきた。雨も小降りになってきたようだし、穂波を連れて屋台でも見に行くことにしよう。

 彼女の背中に囁く。

「もう少し面白いほうがいいな」


おまけ・タイトル、名前の由来

 ・切ない若人:宮部みゆき『淋しい狩人』より

 ・浅村美弦:内田康夫『浅見光彦シリーズ』浅見光彦より

 ・浅村陽子:同前、浅見陽一郎より


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