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上映作品‐1 "サイレントスニーカー" #9

 前話まで読んでいただいた方、前回より早く上げるといいながら結局6ヶ月もお待たせしてしまいましてどうも申し訳ありません。

 この度なんとか上映作品の9話目を投稿することができました。

 前話まで読まれた方もこれから読まれる方も、楽しんでいただければ幸いです。

 いきなりだが、ここでまた少し時間を遡る。


 ユーゴー18シウ(歳)、抜刀技の"影()ち"を会得したあたりの事。


 ドラゴネスト流の道場の庭でユーゴーが、軽く腰を落としてそこに付けている短刀に手を掛け一点を睨みつけていた。

 ユーゴーの視線の先、庭の中程には竹に藁苞(わらづと)を巻いたものが立ててあった。

「ふっ」

 ユーゴーが軽く息を吐いた瞬間彼の姿が掻き消え、いつの間にか藁苞の向こう側に立っていた。

 そして彼が刀を戻した瞬間、背後で乾いた音がしてユーゴーが振り向くと、立てられた藁苞が半ばから竹の芯ごと切り落とされていた。

 ユーゴーはまだ藁苞の立っている部分の切り口に目をやり一つ頷くと、切り落とした藁苞を拾おうと手を伸ばす。

 しかしその手が藁苞を掴もうとした瞬間、上から手が下りてきて藁苞を拾い上げた。

 いくら藁苞を斬ることに集中していたとはいえ、目の前に人が立っていることに気付かなかったユーゴーは非常に驚いたがそんな感情は胸の奥に引っ込め顔を上げる。


 見上げる視線の先にはミツヨシが立っていて、手に持った藁苞をもてあそびながらニヤニヤした顔で彼を見下ろしていた。

「見てたのか、親父……」

 立ち上がったユーゴーはばつが悪そうな顔をしていたが、ミツヨシはそんな彼の態度に表情を変えることなく話しかける。

「おう、見せてもらったぞユーゴー。この切り口を見るに、なんとかあの技を自分のモノにできたようだな」

「ああ、まあな……」

 ユーゴーが言った言葉そのものはちょっと自慢げなものだったが、その顔はまだばつが悪そうだった。

「あ、もしかして、俺が目の前に立つまで分からなかったことを気にしてるのか?」

「いや、そんなことは……」

 ユーゴーはミツヨシに内心を見透かされとっさに誤魔化そうとするが、ミツヨシはそれ無視し我が意を得たとばかりに頷いた。

「なるほど、そういうことか。まぁそれについては本当に気にしなくていいぞ、むしろ近づくまでに気付かれれば俺の方が凹むわな」

「ったく、人の言うことを全然聞いてねぇな、この親父は……。ん? 凹むとはどういうことだ、親父」

 ミツヨシの言動に少しムッとするユーゴーだったが、ミツヨシの最後の言葉尻に引っかかりを覚え彼にそれについて尋ねた。

「それについて知りたかったら、藁苞を片付けてから俺の部屋に来い。その理由を教えてやる。まぁ、別に知りたくなければ来なくていいがな」

「誰が知りたくないなんて言ったよ、ちったぁ人の言うことを聞きやがれ!」

 ミツヨシの言葉にキレたユーゴーが彼に言い返すが、すでに彼はユーゴーに背を向け道場の中へと消えていた。

「くっそ~。いつか必ずボコボコにしてやるからなぁ~!」

 人の話を全く聞かないミツヨシの態度に憤慨しつつ、ユーゴーは乱暴に藁苞を片付けていった。


 30ミニ(分)後、ミツヨシの自室にて2人は1リム(m)の間を開け正座して向かい合っていた。

 その時のミツヨシの顔は、修行中の時よりは幾分(やわ)らいでいるが弟子に対する顔だった。

「さて、さっきの話の続きをする前にお前に聞きたいことがある。"影断ち"とは何だと思う?」

 ユーゴーはいきなり何が言いたい? と思ったが、ミツヨシの顔が師匠の顔つきだったため、自分なりに言葉を選んで答える。

「さっき俺が練習していたのがそうじゃないのか? "瞬移"で間合いを詰めて相手を斬る技だろ?」

 ミツヨシは黙ってユーゴーからの答えを聞き軽く頷くが、その顔は身内でも分かるかどうかのほどの微妙に残念そうな顔をしていた。

「間違いではないが、全くの正解でもない」

「さっきから何だよ! 言いたい事があるならはっきり言えばいいだろうが!」

 さすがに一緒に暮らしているだけあって、ミツヨシの微妙な態度の変化に気付いたユーゴーは彼に食って掛かるが、ミツヨシは何処吹く風とユーゴーの怒りをスルーしつつ口を開く。

「そうだな、では本題といこうか。先程お前に"影断ち"について聞いたと思うが、おまえがやっていたのは実のところ本来の"影断ち"ではない。まぁ言ってみれば、"瞬移"や"瞬転"を会得したおまけみたいなもんだ。本来の"影断ち"は抜刀技などではない。……ああ、そうだ」

 ミツヨシはユーゴーが言うところの"影断ち"について軽く説明すると、不意に何かを思いついたように右手の人差し指をスッと天井に向けて指しそのまま腕を伸ばした。

 ミツヨシの動きに何となくつられて上を向くユーゴー、上を見ても天井しか見えないことに眉を顰め視線を下に戻すと、いつの間にか目の前に座っていたはずのミツヨシが消えていた。


「え?」

 さすがのユーゴーもミツヨシがいきなり消えたことに驚きを隠せず、目を見開いて辺りを見るがミツヨシの姿を捉えることができなかった。

 そんな中、ユーゴーの背後からいきなり声が掛けられる。

「何処を見ているユーゴー? 俺はこっちだぞ」

 それは明らかにミツヨシの声だったが、ユーゴーが振り向いても誰もそこに居なかった。

「人をおちょくるのもいい加減にしやがれ、親父っ!」

「何を言っておるのだ? 俺はずっとここにいるぞ?」

 声はすれども姿は見えずという状況にキレて声を上げるユーゴーに、先程までミツヨシが座っていた辺りから声がした。

 ユーゴーが声のする方に目を向けると、ミツヨシが何食わぬ顔で座っていて彼をニヤニヤと見ていた。


「え? 何だったんだ、今のは……?」

 さすがにユーゴーも目の前で起きていた事について、理解が追い付かず頭が混乱し思わずポツリと漏らした。

「どうだ、ユーゴー? これが本来の"影断ち"だ」

「これが本来の"影断ち"……」

 混乱からまだ抜けきれないユーゴーは、ミツヨシの言葉をオウム返しに返すのがやっとだった。

 ミツヨシはそんなユーゴーの顔を見て、さもありなんと一つ頷き先ほどの続きを話し始める。

「そうだ。本来の"影断ち"とは相手を斬ることじゃない、己の"影を断つ"ことだ。己の"影"つまり生きていれば必ず付いて回る、例えば呼吸、足音、気配、さらに日の下でできる影、それらを相手に感じ取らせず動くということだ」

「ええと、でもそれって、"隠形"と変わらないんじゃ……」

 さっきより幾分頭が回るようになったユーゴーは、話の中で脳裏に浮かんだ疑問をミツヨシに問うた。

 ミツヨシの方もそんな事は織り込み済みだったのか、ユーゴーの疑問に一切の遅滞なく答えていく。

「まぁ、確かに気配を断つという意味では共通している。しかし、"隠形"はあくまでその場の空気と同調して己の姿を敵に感じさせなくするものであるが、勘の鋭い者には悟られる事もある。一方"影断ち"はそれに加え、相手の死角をつくように連続的あるいは断続的に動くことで、例え居場所を悟られても意識を向けた瞬間には既にいない、ということになる。それが"隠形"と大きく違う点だ」


 話を聞いたユーゴーは、さすがにそれは無理なんじゃないかと思い眉を(ひそ)めるが、ミツヨシが実際にやって見せた(?)のを思い出し微妙に期待の色を乗せ彼に尋ねた。

「親父、俺にもできるのか?」

「さあな、そんなもん俺に分かるわけなかろう。俺はただ見せるだけだ」

「親父! なら、何で見せたんだよ!」

 ミツヨシの突き放すような言葉に思わず声を荒げてしてしまうユーゴーだったが、ミツヨシはそんな彼の様子も意に介さず話を続ける。

「何でって、お前が知る気がありそうだったから見せたまでだ。さっきも言ったろう、知りたければ来い、とな。……にしてもお前、斥候術で身を立てるつもりなら、もうちょっと考えてからものを言った方がいいんじゃないか。仮に将来ここを継ぐとしても、そんなんじゃ門人が付いてこんぞ?」

 さすがにユーゴーも先程の言動に恥じ入るところがあったのか、ミツヨシの言葉に顔を少し赤らめ下を向いた。


 そんなユーゴーの様子に、ミツヨシは一つ頷きさらに口を開く。

「話は変わるが、お前"蔵"に入る"鍵"は持っていたよな?」

「ん? ああ、"体術"とあと……」

「ちょっと待て、ユーゴー」

 自分が入ることのできる"蔵"を指折り数え始めたユーゴーを、ミツヨシが少し顔をしかめ彼の話を中断させた。

「何だよ、親父」

「俺の言い方も悪かったかもしれんが、お前がどれだけの技を得たか、なんていちいち聞くわけないだろうが。もう"蔵"にも入れるのだから、それ相応の修練を積んできたことぐらい言われんでもわかっとるわ」

「それもそうか。ならなんで聞いたんだ?」

 ミツヨシはユーゴーの言葉に視線を下げため息をつくも、何とか気を取り直して話を続ける。

「はぁ、こいつはどうして……。まあいい。どうせお前のことだ"蔵"に入る資格を取った途端、中に入り浸って"書"を読み倒したろう?」

「ああ……」

 やはり父親の言いたいことがいまいち掴めないユーゴーは、とりあえず曖昧に頷いた。


「"書"を読んだのなら、うっすらと気付いているんじゃないか? 俺が使った"影断ち"のかの字すら載っていなかった事に」

「そういえば、抜刀技の"影断ち"は見たけど、他は無かったような……。でも何でだ?」

「これもあの技と同じく、明確な修行法がないからだ」

 ミツヨシの言葉にやっぱりと肩を落とすユーゴーだったが、すぐに何かを思い出したように彼へ目を向けた。

「だけど俺がやろうとしていた技は、心構えみたいなもんが書いてあったじゃないか」

「まぁあの技はこれに比べればお前の言う心構えとかが分かっているから、まだヒントの様な事だけでも記すことができたのだと思う。しかし、この"影断ち"に関して言えば、はっきりとこうすれば良いとか、こう考えたら良いというのが無いんだ。しいて言えば"絶招は生と死の狭間にあり"、かな? まぁこれに限らず"絶招"というものは、そのぐらいの境地に至らなけりゃ修得できんがな」

「何だそりゃ。なら死んだ爺ちゃんやその前の人達は、どうやってこの技を継承していったんだ?」

 ユーゴーの問いにミツヨシは、彼から視線を外しうんざりした表情で話し始めた。


「お前の祖父でもある先代はどう教えられたかは知らん。知らんが先代は俺にアレを見せた後、問答無用で斬りかかってきた。"瞬転"で逃げても的確に追ってくるし、かと言って倒すわけにもいかないしととにかく必死で逃げた。まぁ追い詰められて、死を意識したあたりで何とかなったけどな……」

「まさか、俺にもそうするつもりじゃ……」

 ユーゴーはミツヨシの話にドン引きして思わず後ずさり、その様子にミツヨシが大笑いする。

「ハハハハッ、さすがにそこまでの事はせんさ。先代みたいに殺気を出しつつ、ギリギリまで手加減できるほど俺は器用ではないんでな」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」

「今のところどうしようもない。だがなユーゴー、少なくともお前は土台である瞬移"・"瞬転"を修得していて、その上で俺の"影断ち"を見た。それまでお前が培ってきた土台がしっかりしたものであるなら、それは必要な場面で必ず出てくるはずだ。……さて、これから俺はちょっと出かけてくる。俺が言ったこと、ちゃんと覚えておけよ。じゃあな」

 ミツヨシはユーゴーに言いたいだけ言うと、何か用事があるらしくさっさと出て行った。


「土台がしっかりできてりゃ、その時には必ず出るか……。よし! さっきの続きだ!」

 一人部屋に残っていたユーゴーは、父親の言葉を反(すう)するように俯き加減でブツブツと呟いていたが、いきなり気合を入れるように両手で頬を叩いて立ち上がり再び庭へと下りて行った。





 そして、現在。


「くそっ! 何処から攻めてくるのか全然掴めねぇ……」

 声に出さず愚痴るシャリア。

 シャリアは自分が押され始めていることに気付いてから、自分からは動かずユーゴーからの攻撃を捌くことのみに集中していた。

 そのため致命傷となる部分への攻撃については何とか捌けていたが、さすがにすべては無理だったのか腕や足に細かい傷が増えていく。

「まずいな、このままじゃアイツより先に俺のほうがへばるかもしれねぇ……」

 体力的にシャリアの方が余裕があるはずなのだが、満身創痍であるはずのユーゴーがなおも向かってくる事に彼は得体の知れない疲労感を感じていた。

 だが、実はその疲労感がユーゴーに押されているというストレスからだけではなく、彼が用いた"鏡弾き"の時とほぼ同じ精神状態になる過渡期であるためだということにまだ彼は気づいていなかった。

 まぁ蛇足を承知でいえば、ユーゴーの目的が彼の抹殺ではなく、捕縛にあるということの幸運もあったのだが……。


(何か来る!)

 シャリアはなんとなく気配を感じた方向へ刀を振る。

 すると甲高い音と腕に軽い衝撃を残して気配が遠ざかっていった。

「何だ? これは……」

 自分の中を駆け巡る得体のしれない感覚に、ほんの一瞬呆然としてしまうシャリア。

 本来のユーゴーならそんな一瞬があれば確実に相手を仕留めていただろうが、当の本人はシャリアから3リムほど離れた場所で息も絶え絶えの(てい)で短刀を逆手(さかて)で構えていた。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……、今ので決めるつもりだったんだがな……。はぁはぁ、お前もここまで来ちまったか……」

「何? まさか」

 ユーゴーの呟きにシャリアは何のことだと思ったが、先ほど感じたものが錯覚ではないことに気付く。

「ふ、ふははははははっ。正直、さっきまでは俺が負けるんじゃないかと思ったが、これでまた五分五分いや俺の負けはなくなったぜ!」

「そうかもな……。シャリア、やはりお前は天才だよ。俺が苦労して、やっと今になって会得した技を、お前は、一度受けただけで自分のものにしちまうんだからな……」

 ユーゴーの口から出た言葉にシャリアは、それが耳に入る寸前の高揚した様子から一変して眉をひそめユーゴーを睨み付けた。





「何を言っているの、ユーゴー……?」

「ユーゴー、まさかお前……」

 ユーゴーの発した言葉に、呆然とするメイベルとロックハマー。


「へぇ、あの"忍び寄る亡霊スニーキング・ゴースト"がねぇ……。こりゃそろそろカタが付くんじゃないか?」

「むう、かもしれん。だが、まだその結果は神のみぞ知る、といったところだろうが……」

 ユーゴーの一言にアランはニヤニヤとした顔で隣のバンゴに話しかけ、バンゴは相棒の言葉に頷くものの勝敗に関してははっきりと答えなかった。


 カールとアーガイルはちょうど"薬物投与者"の拘束などの作業が終わったところで、いつでもフォローに入られるよう少し離れた場所で待機していた。

「うわぁ、なんか今度こそ本当にヤバそうだよ、ユーゴー。なぁ、カール、どうしよう……」

「落ち着けアーガイル。確かに体力的・精神的にもギリギリみたいだが、本人がまだ諦めちゃいないようだからまぁ、なんとかするだろ」

 聞こえたユーゴーの一言にアーガイルは不安を口にするが、カールは彼の言葉に対し楽観的に返した。

 しかしアーガイルはカールの返事が気に障ったようで、前言を責めるように突っかかる。

「なんだよぉ、カールはユーゴーのことが心配じゃないのか?」

「まぁ待て、俺とてユーゴーの事が心配にならないわけじゃない。だが今の奴の言葉は負けるためじゃない、勝つためのものだ。まぁ見ているといい、あいつは必ず勝つよ。でももし負けそうになったら、こっちも敵わぬまでも身体を張って助けに行くけどね」

「ああ、分かった。そこまで言うならきっちりと見届けてやるさ」

 不承不承で頷くアーガイルをなだめつつ、カールは戦いの推移を見極めるべく目を戦場に向けた。





「何だぁ? 俺を持ち上げてどうしようってんだ? それとも勝てないのを悟って、今更命乞いってかぁ!?」

「いや、今のは思ったことを口から出しただけだ。一応言っとくが、お前がどう聞こえたにせよ、俺はまだ白旗を揚げたわけじゃないんだ、ぜっ!」

 "ぜっ!"の一声と共にユーゴーは、シャリアに向かって駆け出した。

 対するシャリアは先程の"影断ち"を警戒してユーゴーを待ち受ける形になる、と戦いを見ている者たちはそう思った。

 ところがユーゴーが駆け出した瞬間、ほぼ同じタイミングでシャリアも駆け出す。しかもユーゴーと同じく"瞬移"ではなく、ただ疾駆しただけだった。

 そして2人が音もなく交差し、今度は5リムの間を開けて双方が相手に背を向け短刀を構えた状態で停止する。

 2人の動きは互いに間合いを広げ、且つ立ち位置を入れ替えただけのように見えた。


 しかしそれからすぐユーゴーがシャリアの方へに振り向いた時、彼の左の頬にうっすらと線が走り、そこから線の幅いっぱいに血が流れていたのが見えた。

 ユーゴーの姿にハッとしたメイベル達は、シャリアの方へも目を向ける。するとやはりというか、まだ振り向いていなかった彼の頬も血を流していた。

 どちらの傷にしてもそれほど深くない、というか皮一枚程度のものだったらしく、メイベル達の視線がそれぞれの顔へ集中していることに気付きそこで2人ともやっと出血に気付いたようだった。

 そしてまた向き合った2人は空いた手で自分の敵から視線を外さず頬の血を拭い、拭った血を払うように腕を振ってどちらからともなくニヤリと笑いあった。

「はっ!」

「ふっ!」

 2人は笑いあった直後、もはや言葉はいらぬとでもいうように鋭い呼気だけを残して姿を消した。

 そして、広場のあちこちで鋼を鋼が弾く澄んだ音、よく締まった肉を叩くような鈍い音が響く。

 2人は常に"瞬移"で移動しているため次の出現位置が予測できず、チームの中で一番動体視力に優れたアーガイルでも彼らを追い切れなかった。

 そのためメイベル達は何かあればユーゴーをフォローするつもりではあったが、とても介入できるような状態ではなく、結局彼らは見ていることしかできなかった。





 久遠とも刹那ともいえる時間の中で2人は切り結ぶ。

 彼らの目にはもはや燃え続けるアイマン支社も心配する仲間たちもなく、ただ互いの敵の姿のみが映っていた。


 ユーゴーが"瞬移"ですれ違う際、体を低くしてシャリアの右わき腹に刀の峰で斬りつける。

 シャリアはその刀を弾かず、それを持つ右手首を自分の右手と刀で絡め取って上へと持ち上げ、空いている左拳をユーゴーの肝臓のあたりへ叩き込む。

 シャリアの拳がわき腹にめり込もうとする瞬間、ユーゴーはその拳に当てるように腹筋に力を入れさらに"気"を通して彼の拳を弾きダメージを軽減した。

 拳を弾いたユーゴーは、すかさず左足を一歩前に踏み込ませると同時に絡め取られた右腕を引き寄せ、彼の顎へアッパーを放つ。

 普通の打ち合いであれば上半身をスウェーバックさせて避ける事ができるのであろうが、自分でユーゴーの右手を絡めている上にそれを引っ張られたので完全な回避ができず、あわや直撃する寸前で強引に右手を(ほど)き2リムほど後方に飛び退(すさ)った。


 飛び退ったシャリアは着地した瞬間、ユーゴーに反撃の暇も与えぬかのようにすぐにまた"瞬移"でユーゴーへと迫る。

 対するユーゴーは動くのももう限界だったのか、両腕をだらりと下げ左手(・・)に短刀を持って立ちすくんでいるように見えた。

「あっけないもんだなぁ、もう終わりかユーゴー! だからといって容赦はしねぇ、二度と立ち上げれねぇよう完全に殺してやる!!」

 シャリアの挑発の言葉にユーゴーは、一切の表情を見せずただスッと目を閉じた。

「「……!」」

 メイベルたちはユーゴーの様子に驚くが、戦いに割り込むこともできずただ息を呑んで成り行きを見守っていた。


 そしてシャリアが自分の射程にユーゴーを捉えたとき、彼らは信じられない光景を見る。


 ユーゴーの前に現れたシャリアは、彼に対し一気に勝負をつけるつもりなのか無数の刺突を放つ。

 その一突々々は"瞬転刺突・六連"程もないが、"雷突(いかづちづ)き"に匹敵するのではと思えるくらい速かった。

 しかし、その刺突をユーゴーが全て捌く。

 先程のように両手で刀身を弾いたりするのなら、別段メイベル達やシャリアもさして驚きはしなかっただろう。

 この場にて一部始終を目撃していた者の一人であるバンゴが、この事件の後自分の国に帰って仲間にその時の事をこう語ったとか。


(ユーゴー)が刀を左手に持ち替え肩を落として目を閉じたとき、正直俺は奴が勝負を捨てたと思った。だが、それは俺の読み違えだった。奴の相手が強力だが隙の大きい斬撃より、威力は劣るが隙が小さく手数を出せる刺突で奴に襲い掛かった時俺は見た。奴の繰り出す刀の切っ先がその相手の切っ先を完全に捉え、それでもって刺突を全て弾いたんだ。おそらく相手は鏡に向かって技を繰り出している錯覚に陥っただろう。さすがに俺もアレを見て、奴と"殺し合い"はしたくないと本気で思ったぜ……」


「……何だと!?」

 必殺のつもりで繰り出した刺突が思いもよらぬやり方で全て弾かれた事に、シャリアは驚愕の呟きを洩らしてしまい、そんな自分を恥じるようにユーゴーを一睨みして先程のように3リムほど後方に飛び退った。

 シャリアが着地したと同時に、今度はユーゴーが次は自分の番とばかりに"瞬移"で間合いを詰め斬りつけるが、さすがに真っ直ぐ突っ込んだだけではその刃が届くはずも無く、シャリアにあっさり弾かれる。

 もっともユーゴーとしてはこれで決めるつもりはなく、シャリアが先程彼に言い放った挑発に対する返事のつもりだったのだが。

「はっ! さっきのお返しのつもりかよ、ユーゴー! いいぜ、乗ってやるよっ!」

 ユーゴーが言葉を発したわけではなかったが、彼の意図は伝わっていたらしく対抗するように"瞬移"で間合いを詰めるシャリア。

 そしてユーゴーもシャリアに呼応するように"瞬移"で間合いを詰め、おそらく最後になるであろう不可視の斬りあいが始まった。





 影を残して斬り合う2人。

 しかし先程のようなあちこちで激しい剣戟やドラムを叩くような殴打の音は殆どせず、時折鋼が鋼を弾く音や硬い物を平手で叩くような軽い破裂音が幾分か聞こえるのみであった。

 しかし2人の間には、静かだがとんでもなく張り詰めた空気が充満していた。


 実のところシャリアは、仮に"瞬転刺突・六連"を出しても現状ではすべて弾かれて体力の消耗にしかなりそうになく、また自分の方が体力に余裕のある事からじわじわとユーゴーの体力を削りつつ彼の隙を突くための動きをしていた。


 一方ユーゴーの方も、このままではじわじわ体力を削られるだけと解ってはいた。

 しかし"真・影断ち"で接近し攻撃を加えようとしてもシャリアが"鏡弾き"の感覚を体得している以上、攻撃してもインパクトの瞬間には読まれ結局は弾かれるか避けられるかなので、体力を余計に消耗する事が火を見るより明らかだった。

 そのためユーゴーは移動方法を"瞬移"に留め、彼と同じ様に相手の隙を狙っていた。

 

 戦いを見続けている者たちは、そんな静かな斬り合いが果てしなく続くような錯覚に陥っていた。


「どうなるんだ、この戦い……」

 影しか見えない戦いの結末が2人の消滅をもって為されるような予感に、ロックハマーは我知らず呟いた。

「さあ? そんなことはあの2人にしか分からない。けど、彼は必ず勝つわ。あのユーゴーが、"忍び寄る亡霊スニーキング・ゴースト"が、こんなところで死ぬはずが無いじゃない……」

 ロックハマーと同じ様な思いにとらわれていながらも、メイベルはユーゴーが嫌がる二つ名を敢えて口にして彼の勝利を告げる。何故ならその名は、内戦前・中の時期に彼に敵対した者たちにとっては恐怖の代名詞といってもいいようなものだからだった。

 その時の彼女の顔はさっきまでの不安が払拭されたような笑顔だったが、その声から内にこびりついた彼の死に対する恐怖が消えていないことにロックハマーは気付いていた。


「そうそう、アイツがこんなとこでやられるわけないでしょ」

 いつのまにかカールとアーガイルが傍に来ていて、カールが気楽な調子でメイベルに話しかける。

「何よ、ずいぶん自信あり気だけど何か根拠でもあるの?」

 自分でもユーゴーは勝つとか言っておきながら、カールの物言いに何となくイラついたメイベルは彼に食って掛かった。

「別にはっきりした根拠があるわけじゃないけど、今まで俺が見てきた中でアイツがああ言った後に負けたことは今まで一度も無かったからね。ま、それだけだよ」

「大丈夫だよ。もしユーゴーがやられそうになったら、カールが盾になるらしいしさ」

 先程と同じような感じで答えるカールに、アーガイルがからかうように彼の言葉に被せる。

「そうね、それならいいわ。その時はよろしくね」

「ハイハイ……」

 アーガイルの言葉を本気で捉えたのかすごく嬉しそうに言うメイベルに、カールは苦笑しつつ頷いた。


 ロックハマーは戦場に目を向けながらメイベルらの会話に耳をそばだてていたが、さっきから嫌な雰囲気になっていたこの場が少しでも和んだことに心の内で胸をなでおろす。

 さらに少し離れた場所で戦場を見ていたため彼らの会話が聞こえていなかったアランとバンゴは、ロックハマー達の雰囲気が少し明るくなったことに気付き彼らの方を不思議な顔で見つめていた。





「ん?」

 何となく雰囲気が和やかになったメイベル達4人を尻目に、ユーゴー達の戦いをじっと見ていたロックハマーが不意に眉を顰め訝し気に呟いた。

「あの2人がどうかしたの?」

 ロックハマーのつぶやきを聞きつけたメイベルが、何かあったのかと不安気に尋ねる。彼らのそばにカールとアーガイルも近づいてきたが、2人は何も言わず彼が口を開くのを待った。

「いや、何となくあの2人の動きが少し小さくなってきたのと、2人の中の"気"が高まってきたように感じたんでな」

「あ……」

 ロックハマーの言葉にハッとして目を見開くメイベル。

 一見、先程までの激しい斬り合いと比べると、2人とも相手の様子を見るための小競り合いといった程度の動きしかしていなかったが、その間に流れる空気は先程よりも緊張の度合いを増していた。

 そして幾度かの小競り合いの後、2人は不意に動きを止め4リム程度の間を開けて対峙する。

 ユーゴーは短刀を右手に持ち替え目の前にかざすように構え、シャリアの方は右手の短刀を肩の上辺りに構え左腕を軽く前に突き出す構えをとった。


 2人が構えをとった瞬間、彼らの体から小競り合いの時に練りこんだ"気"が中で抑えきれずユラユラと立ち上るのと同時に彼らを取り巻く空気が硬度を増す。

 その硬度が増した空気は、ユーゴーが危なくなれば強引にでもと思っていたメイベル達に、この戦いには絶対に介入できないことを悟らせた。


 ポツリと誰かがつぶやく、"次の一撃(Final)で全てが決まる( Showdown)"と。


 そのつぶやきが聞こえたのか、2人の中の"気"はそれぞれが持つ己の"牙"を頂点としてと収束し、彼ら自身が一振りの刀と化していった。

 そして2人の姿が消え、今までよりも一際甲高い金属音を鳴らせてすれ違う。

 その金属音が鳴った次の瞬間、メイベル達の前に先端から半ばまで折られた刀身が突き刺さった。

 ユーゴーとシャリアのどちらも短刀を使うため、どちらの刀が折れたか分からず目を凝らせるメイベル達。

 彼女らの視線の先には2つの影があった。


 4リムほどの間を開けて彼らは、2人とも背中を向け合った状態で1人は立って、もう1人は膝をつき荒い呼吸で背中を上下させていた。

 彼らは背格好が同じくらいなのに加え燃え盛るアイマン支社の炎で影が揺らめくため、メイベル達はどちらがユーゴーなのかすぐには判別できなかった。

 その間数セト(秒)程度であったがメイベル達が動けないことを嘲笑うかのように、立っていた影が膝をついている方へ振り向き、その影から哄笑が響き彼女達の顔に絶望の色が浮かんだ。


「フッ、フフッ、ハーハハッハッハ! 散々てこずらせてくれたが、今度こそ(・・・・)、俺の勝ちだぁっ!!」

 やはり立っていたのはシャリアで、大声で笑いながら勝利宣言をしていたが、まだ戦闘態勢は解かずユーゴーを睨みつけていた。

「ユーゴー!!」

 シャリアの勝利宣言を聞いたメイベルが思わず叫ぶ。

 その声にシャリアはメイベル達の方を向き、一瞬今初めてそこに人がいたことに気付いたような呆けた顔をするが、すぐに尊大な表情で彼女達を見ながら口を開く。

「見たか、奴はもう終わりだ! 奴を葬った後次は貴様らだ、覚悟しておくんだな!」

 この時シャリアの目はメイベル達に、彼女達の目はシャリアに向いていて誰もユーゴーを見ていなかった。


 そして、次の瞬間。





「悪いがよ、仲間を()らせるわけには行かねぇんだ。だから、今回は(・・・)俺が勝たせてもらうぜ、シャリア」

「なっ!?」

「えっ!?」

「……!?」

「え? え? 何? 何でユーゴーがあそこに……!?」

「何だと……」

「むう……」

 突然聞こえたユーゴーの声に、シャリアの表情が先程までの尊大なものから驚愕のものに変わる。

 メイベル・ロックハマー・アーガイル・アラン・バンゴの5人もまたシャリアと似たような顔になった。

 しかし何故かカールだけは、"してやったり"というようにニヤニヤしていたが……。

 それもそのはずで、声がする寸前まではまだ(うずくま)っていたはずのユーゴーが、声が聞こえた時にはシャリアに手を触れられる位置に立っていたのだから。


「ユーゴー。てめぇ、いつのまに……」

 一瞬の出来事に攻撃することも忘れたのか、シャリアは呻くようにそれだけ言った。

「これが"影断ち"の真髄だ。己が影を断つってな。そしてこれがお前に見せるといった技だ」

 言うなりユーゴーはシャリアへ一歩踏み込み、右の掌で軽く彼の左胸を押すように叩く。

 そしてその反動を利用するかのようにクルリと振り向き、シャリアに背を向け仲間達の方へ歩いていった。

 ユーゴーから受けた打撃とも言えない打撃に一瞬呆然とするシャリアだったが、すぐさまこれまで見せた事がないほどの怒りの表情でユーゴーに背後から斬りかかる。

「てめぇ、この期に及んでふざけてんじゃねぇっ!!!!!」

 シャリアのこれまで以上の殺気と怒気を背中に受けているはずのユーゴーなのだが、そんなものはどこ吹く風と無視して歩いていく。

 そしてシャリアの刃がユーゴーに届くまであと数セラ(cm)のところで、何故かシャリアがピタリと動きを止めた。


「なんだ、これは!?」

 背後でシャリアが動きを止めたことを感じたユーゴーは、自分もその場に足を止めシャリアに振り向かず話しかける。

「シャリア、"闘技祭"の後控室での話を覚えているか?」

 いきなり昔の話をするユーゴーに、シャリアは怒りの中にどこか訝し気な色を混ぜ、そして何かを思い出したのか驚愕に目を見開いた。

「控室だぁ? ああ、まさか、まさかコレがそうなのか……!」

「ああ、そうだ。そして今こそあの技の名を告げよう。ドラゴネスト流斥候術・拳技・"絶招・(きわみ) 穿牙滅生せんがめっしょう"」

「穿牙滅生だとぉ!? ……ぐあっ!」

 ユーゴから告げられた技名を口にした瞬間、シャリアは苦鳴を上げ3リムほど後方、今も燃え続けているアイマン支社の方へ飛び退(すさ)った。


 そして。




「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………………!!!!」




 飛び退ったシャリアは着地した瞬間、まるで十字架に掛けられたかのように全身を突っ張らせ、人が出したとは思えないほどの声で絶叫した。

 その様子はシャリアの姿と燃え盛る炎の背景が相まって、まるで地獄の業火で焼かれる罪人の様だった。

「くそっ、今度も(・・・)俺の負けかよぉ…………」

 どのくらい絶叫していただろうかそれが途切れた瞬間、シャリアはポツリと呟きそのまま後へ倒れた。

 その顔にはもう怒りの色は無く、どこかスッキリした笑顔にほんの少し悔しさを混ぜたようなものが表れていた。





「ばぁか、何言ってんだ。さっきも言っただろう、今度は(・・・)俺が勝つ、と…………」

 シャリアの呟きが聞こえたのか、ユーゴーも仲間の方へ歩きながら振り返らずにポツリと呟く。

 そしてその直後、その場で前のめりに倒れた。

「ユーゴー!!」

 倒れるユーゴーの姿に、メイベルが悲鳴を上げつつ走り出す。

 他の者達も彼女に少し遅れるくらいで駆け出し、アランとバンゴの2人はユーゴーの元へ、あとの3人はシャリアを捕縛するべく動いた。

 

 メイベルはユーゴーの傍に来るなり彼を仰向けにし、自分も座り込んで彼の頭を膝の上に乗せ両手で彼の頬を包んで叫ぶ。

「ユーゴー! ユーゴー!! 起きて! 起きなさいよぉっ!! せっかく勝ったのに死んじゃったら何の意味もないじゃないっ……!!!」

 メイベル達の傍にはアランとバンゴが立っていて、ユーゴーは実のところ気絶しているだけというのが彼らには分かってはいたのでメイベルに落ち着くよう声を掛ける。

「お~い、まだ死んでないぞ~……」

「うむ、勝手に殺さない方がいいと思うぞ……」

 しかしあまりにもメイベルが動転しているためか2人の声にも反応せず、あとどう声を掛けたものかわからず2人は困った顔を見合わせていた。

 その時、実はユーゴーも気が付いていて"耳元でうるせぇなぁ"と思っていたが、いま目を開けても何となくややこしくなる気がしてそのまま目を閉じメイベルの膝枕でおとなしくしていた。





 一方カール達は、シャリアの捕縛へ向かっていた。

 ロックハマーを先頭に右後方にアーガイル、左後方にカールと三角形の隊列になり、今更かもだが敵の伏兵や増援を警戒しながら早足で進んでいく。

 シャリアから3リムのところまできても、彼はまだ身じろぎ一つせず倒れたままだった。

 その状態に何となくホッとするロックハマー達だったが、あと2リムというところでロックハマーの足元に短剣が突き刺さる。

「カール、アーガイル、危ない下がれぇぇぇぇぇ!!」

「え?」

「何?」

 切羽詰まった声を上げたロックハマーが、後ろのカールとアーガイルの首根っこを掴み2リムほどダイブするように後方へ跳び、そのまま彼らの頭を押さえて伏せた。

 ロックハマーの足元に突き刺さった短剣には筒のような物が括り付けられていて、それに火のついた導火線が付いていた。


「おいおい、どうしたってんだ?」

「そうだよぉ、何かあったのかい?」

 カールとアーガイルが何があったのか分からず抗議の声を上げるも、"黙ってろ!"とばかりロックハマーが彼らの頭をさらに押さえる。

 そんなロックハマーを嘲笑うかのように、さっきの短剣から左右に1リムほど開けて同じ短剣が突き刺さった。


 そして数セト(秒)後、軽い破裂音が彼等の耳に届いた。


 短剣に付いていたのが爆弾だと思っていたロックハマーは破裂音の後、いつまでも爆風がこないことに眉を顰め伏せたまま首を後ろへ捻る。

 そこで彼の目に映ったのは、あの筒から噴き出たのだろう燃え盛る炎をも覆い隠さんばかりに広がっていた大量の煙だった。

「くそっ!」

 ロックハマーはすぐさま立ち上がりシャリアの方へ行こうとするが、煙が広場の半分を覆いつくし唯一の光源である炎も煙によって半分以上隠れていたことでさすがの彼もうかつに飛び込めなかった。

「ロックハマー、大丈夫か!? む、これじゃあ迂闊に向こうへ行けねぇなぁ」

 進みあぐねているロックハマーの傍に、いつの間にか倒れていたはずのユーゴーが来ていた。

 しかし、ユーゴーもこの大量の煙に対してはなすすべもなく、ある程度晴れるまでは動くことができなかった。


 そんなこんなで足止めを食らっていたユーゴー達の前に、煙の向こうから誰かの気配がしてそこから声が響く。

「ユーゴー・ドラゴネスト様とそのお仲間の皆様、今宵は当方の負けでございます。しかしながら、我が主を捕らえさせるわけにもいきませぬ故、これにて失礼させていただきたく存じ上げます。ああ、それから、あと10ミニ程で建物1階に仕掛けた爆薬も爆発するようになっておりまして、おそらくこの広場中に炎が広がると思われます。そういうことですので皆様方も、怪我をしたくなければ早急に立ち去られる方がよいかと存じ上げます。それでは皆様、ごきげんよう……」

 煙のむこうから聞こえていた声が途切れた瞬間、その方にいた気配も消え去っていた。


「待てっ!」

 煙の中へ飛び込もうとしたユーゴーを、ロックハマーが羽交い絞めして止める。

「やめろ、ユーゴー! 今行ってももう遅い! おそらくシャリアも、さっきの奴が連れ去っているだろう。それに奴の声は本気だった、このままここに居たら怪我だけじゃすまなくなるぞ。気持ちは分かるがここは引くべきだ、ユーゴー」

「くっ。……分かった」

 しばらくロックハマーから逃れようとジタバタしていたユーゴーだったが、ロックハマーの言葉に動きを止めて心底悔しそうな顔で煙りの向こうを睨みつけた。





 それからすぐ甲高い笛のような音が3度鳴った。撤収の合図だった。


 ユーゴーからの合図に従い、慌ただしく撤収作業に入るメイベル達。

 通常なら自分たちがそこに居たという痕跡さえ残していなければいいので、それほど急いで作業にかかる必要はない。

 しかし今回の場合はアイマン支社の爆破時間が迫っていたため、速やかに縛り付けた鉱夫達を解放して脱出しなければならなかった。


 ユーゴーはアーガイルとメイベルに、アイマン支社の裏口に近い場所に縛られている"薬物投与者(ジャンキー)"を解放にした後彼らを回収する馬車を手配するよう指示し、自身は残った者達と広場の端に縛られている鉱夫の解放に向かう。

 ユーゴー達は急いで鉱夫達を解放していくが、"薬物投与者"の力でも切れないようにやたら頑丈なロープを使ったため(ほど)こうとしても中々解けず、切るにしても中々刃が通らずと作業に時間がかかり全員を解放した時には爆発まであと5ミニくらいに迫っていた。


 鉱夫達を解放した後、避難のためにちらりと森を見やるユーゴー。

 しかし1本々々の木々がそれほど太くなく、とても爆炎や爆風を防ぐことはできないと判断し鉱山へと繋がる森の道からの脱出を試みる。

 さすがに7人全てを一度に連れていくことはできないため、ユーゴー達がそれぞれ1人づつ背負ってある程度安全な場所へ運んだ後、残りの3人を拾いに行くことにした。

 森の道へ向かい広場を縦断していくユーゴー達だったが、まだ意識のない鉱夫達を背負うなり抱えるなどしているため、思ったよりも足が遅くなっていた。

 とはいえ彼らもだてに鍛えているわけではなく、最初の4人は何事もなく安全圏まで連れていくことができた。

 しかし残りの3人を救出しに行った時、彼らを追い詰めるかのように1階の窓にチラチラと炎がゆらめき始めた。

 1階の窓の奥に火を見て爆発までの時間が短くなったことを感じたユーゴー達は、何も背負っていない時ほどは上がらぬまでも何とか足を速め先を急ぐ。


 爆発まであとどれくらいだろうか、何とか爆発前にロックハマーとバンゴが森の道へと辿り着いた。

 それから道の中程まで進んだロックハマーは、少し余裕ができたのかふと後ろを振り返る。

 そこにはすぐ後から付いて来ているはずのユーゴーとカールの姿がなく、半ば慌てて広場の方を見遣る。

 ロックハマーの視線の先、道の入り口から2リムあたりの場所でユーゴーが倒れていて、カールが必死に彼とまだ意識が戻っていない鉱夫の腕を持ってズルズルと引きずっていた。


「カール! ユーゴー!」

 ロックハマーはその場に鉱夫を置いて彼らの元へと走り出す。

 しかしロックハマーの位置から入口までおよそ20リムほどあり、彼も全力で走るが爆発まで殆ど時間が無いことで彼の脳裏に"間に合わないかも"という諦念が浮かんだ。

 そんなロックハマーの思いを叱責するかのように彼の後方から影が一つ、ものすごいスピードで追い抜いて行く。

 ロックハマーも足が遅いわけではないのだが、影のスピードは凄まじく彼があと5リムのところまで来た時には影は既にユーゴー達の救出を開始していた。


 が、しかし。


 影がユーゴーを助け起こした瞬間、アイマン支社が爆発しロックハマーの目の前で彼らは爆光に飲み込まれた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 今話が最終話になると書いてしまいましたが、結局今回では終わらず次話が"サイレントスニーカー"の最終話となります。

 次話は今話よりも早く出すつもりではありますが、もしもの場合もございますので気長に待っていただけると助かります。


>"絶招・(きわみ) 穿牙滅生(せんがめっしょう)について


 本作の中でも何度か"気"というものについて書いたと思うのだが、この話の中では"気"は"気脈"という血管のようなものを通って体を巡っていて血液と同様生きるのに不可欠な存在となっている。

 "気"は呼吸によって肺や肌から、あるいは食物から取り込まれ、"気脈"を通って一旦胃に集約された後、肝臓にエネルギーのような形で貯蔵される。

そして貯められた"気"は"気脈"を通じ、心臓からまるで血液のように体を巡っていく。

 その"気"が流れる"気脈"はほぼ血管と並行に張り巡らされているため、当然ながら関節のあたりでは血管と同様に比較的体の外に近いところにある。


 この技はその表層に近い"気脈"を"気"を込めた指先で突くことで一時的に"気脈"に穴を開け、次に胃と肝臓を突いて一時的に機能を停止させ、仕上げに心臓を突くなり押すことで強制的に"気"を流させる。

 それにより流れた"気"を"気脈"の穴から放出させ、さらに供給源である胃や肝臓が一時的に動かないため供給されず、そのまま"気"を急激に枯渇させて相手を倒す。

 基本的に相手を殺さずに制圧するための技なのだが、精神が弱っている者や子供、老人に用いると相手を殺してしまうケースもあるため道場では絶対に教えない。

 さらに、指先に"気"を込めて"気脈"のみにダメージを与えられる者も殆どおらず、また前述の理由からこの技そのものを知らない者も多い事から、ドラゴネスト流の歴史の中で使えた者は片手で足りるほどしかいないらしい。



2016/12/16 #5で登場した"薬物投与者"が8人だったのに、今話では4人になっていたのでその辺りをつじつまが合うように修正。

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