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上映作品‐1 "サイレントスニーカー" #8

 前話まで読んでいただいた方、なるべく早く上げるといいながら結局4ヶ月もお待たせしてしまいましてどうも申し訳ありません。

 この度なんとか上映作品の8話目を投稿することができました。

 前話まで読まれた方もこれから読まれる方も、楽しんでいただければ幸いです。

 ジュウロウが面会に来てから2ダイ(日)ほど過ぎた夜の事。

 ユーゴーは先日のジュウロウの言葉が頭に残り、まんじりともせず鉄格子がはまった窓から月を眺めていた。

「ん?」

 ふとこの牢がある獄舎に、誰かが入り込んだような気配がした。

 一応夜の巡回はあるが先ほど回っていったばかりであり、わざわざ引き返さなければならないような用事があるとも思えず据付のベッドに入りシーツを被って寝た振りをする。

 その気配は非常に薄く、そういった方面に()けたものでないとまず分からないようなものだった。

 それは音も無く通路を進み、ユーゴーがいる牢の前で止まると扉の鍵を開け中に入ってきた。

 侵入者は中に入ったものの、その場でしばらく佇み何をするでなくユーゴーを見ていたが、やがて懐から刃渡り20セラ(cm)ほどの短刀を抜き放ち彼に襲い掛かる。

 

 襲撃者が一歩踏み出した瞬間、その目の前にいきなり白い物体が広がる。ユーゴーが被っていたシーツだった。

 襲撃者は視界を覆うように広がったシーツにたじろぐことなく、ユーゴーが寝ている場所へそれごと短刀を突き立てる。

 しかしその瞬間、何故か襲撃者が後ろへ飛び退いた。

 シーツが落ちたベッドの上には、誰もいなかった。

 失敗を悟った襲撃者はすぐさま脱出しようと振り向くが、そこで動きが止まる。

 牢の出入り口に、ユーゴーが腕を組んで立っていた。

「こんな夜中に面会か? どんな急ぎの用があるか知らんが、面会は正規の時間にしてもらわないと困るんだがね。それに覆面姿で訪問とは、ちょっと礼儀に反してるんじゃないか?」

 ユーゴーはからかう様に話しかけるが襲撃者は何も答えず、彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに短刀を構えて再び襲い掛かる。

「フッ!」

 短い呼気の後、その短刀から繰り出される突きはあまりに速く、ユーゴーには一度に3本の刃が同時に突いてくる様に見えた。


 これにはさすがのユーゴーも全てを捌ききれず、気が付けば両腕にいくつか血の筋ができていた。

「"雷突(いかずちづき)"か……。うちの道場でもできる奴は片手で足りる程しかいなかったから、久しぶりに見るな。面白い、相手になってやる」

 ユーゴーとしてはそんな手練になぜ自分が狙われるのか分からず困惑していたが、強い相手と戦うことは好きなのでまずはそっちに集中することにした。

 ユーゴーの言葉に反応したのか、雷突を連発する襲撃者。

 しかもただ真っ直ぐ突いてくるだけではなく、前と思ったら右、左と思ったら下ときて、さらに斬り付けまで混ぜてくるのでユーゴーは防戦一方になって少しづつ傷が増えていった。


 しかし、いくら刀を振るっても致命傷を与えられないことにイラついたのか、襲撃者は急所に絞って雷突を放つ。

 喉元に迫る刃にユーゴーの目がギラリと光る、それこそがユーゴーが狙っていた瞬間だった。

 あと胸先に数セラと刃が迫ったところで、それをユーゴーが両拳で挟み込む。

 襲撃者が武器を取られまいと柄を引くが、柄から先の2、3セラを残して刃先が消え、床に乾いた音が響いた。

 ユーゴーが刃を受ける際、拳を正対させるのではなく交差させるように挟むことで刃を叩き折ったのだ。

 刀を折られたことでほんの一瞬、10分の1セト(秒)に満たない刹那、襲撃者が怯んでしまう。

 そしてそれが襲撃者にとって致命的な隙となってしまった。


 ユーゴーは襲撃者の武器を持った手を取ると巻き込む様に曳き、空いた手で顎に掌底打ちを当て脳を揺らすと、さらに取った手を引っ張り背負い投げで床に叩きつける。

「ぐっ!」

 さすがにそこまでの攻撃を受けて無事に済むわけもなく、襲撃者は一つ呻いて動かなくなった。

「ありゃ、やりすぎちまったか? まぁかなり鍛えてはいた様だったから、死んではいないだろ……」

 相手も本気できたため自分も本気を出した結果ではあるが、さすがに殺す気はなかったのでおそるおそる脈を取りに行く。

 相手の脈を取ると生きてはいた様で、ホッとした顔でため息をつくユーゴーだった。

「はぁ、生きていたか。殺さずに済んでよかったよ。にしてもわざわざ牢獄に殺しに来るなんて、一体どこのどいつだ!」

 襲撃者が生きていると分かると、ユーゴーの内に沸々と怒りが湧いてきてそいつの覆面を強引に剥ぎ取る。

 しかし、覆面の下から出てきた顔を見た瞬間、怒りは霧散し困惑に取って代わられた。

「ええっ、何でお前が……?」

 出てきた顔は、ユーゴーの弟であるジュウロウのものだった。


 ユーゴーはジュウロウに襲い掛かられたことに眉をひそめながらも、とりあえず活を入れ彼を起こす。

「あ、兄さん。やっぱり兄さんは強いなぁ、さすが15シウ(歳)で次期頭首候補になっただけはあるね」

 あっけらかんとした口調に弟の行動理由が全く分からず、困惑の度合いを深めるユーゴーだったが、彼の調子に先程霧散したはずの怒りが湧いてきてその頭に拳骨を落とした。

「いってぇ~! 何すんだよぉ、兄さん!?」

「何すんだ、じゃねぇっ! 監獄に侵入するわ、牢に入って俺を殺そうとするわ、お前こそ一体何を考えているんだ!!」

 情け容赦の無い拳骨を食らったジュウロウは涙目でユーゴーを睨むが、ユーゴーは怒り心頭といった顔をしていて許してくれそうに無かったのでしぶしぶ話し始める。


「だって、兄さんの腕がこのまま腐っていくのを見たくなかったから……。開拓に行くのだって厳しいのは厳しいけど、今までみたいな命の遣り取りは無いから技を使うこともまず無いしね。喧嘩はあるかもだけど、そんな事にドラゴネストの技は使えない。というか使う必要が無い。使わない道具はどんなに良い品でも、すぐに錆びて使えなくなってしまうんだよ。それに、まだこの国は内戦が終わったばかりでまだまだ混乱のさなかにあるし、それに乗じて前に兄さんが手を下すしか事を収める方法がなかった連中がまた出るかもしれないよ。それでも行くって言うのかい?」

 長広舌をふるうジュウロウの言葉を渋面で聞くユーゴーだったが、彼の演説が終わると間を置かずに感じていた疑問を口にする。

「お前の言いたことは分かった。だが、お前の襲撃で俺が死んだらどうするつもりだったんだ?」

「どうもしないよ。一応殺す気でやったけど、俺に殺されるような兄さんじゃないと思っていたし、もしそうなったとしても兄さんはその程度だったと思うだけさ。まぁ俺が逆に死んじゃっても、襲撃者が返り討ちにあったってだけだけどね」

 あっけらかんと自分の説得のため己が命を天秤にかける弟に、渋面をさらに渋くするユーゴー。

 そんな兄の気持ちを分かっているのかいないのか、ジュウロウは話を続ける。

「やっぱり兄さんはあの話を受けるべきだよ。国の裏に巣くう闇を払うには、兄さんみたいな人がいないと駄目だと思うんだ。それにさっき一戦交えて分かったけど、兄さんは強い者と戦うことを望んでいる。そんな人間が開拓に行ったって、本当に腕を腐らせるだけだよ。だから……」


 さらに言い募ろうとする弟を手で制し、ユーゴーは大きなため息を一つついた。

「はあぁ……。わかった、わかったよ。明日でいいから、親父から軍に繋ぎを付けて"大佐"を呼んでもらってくれ。……ふう、これでちったぁ人間らしい暮らしができるかと思ったんだがなぁ」

「何言ってんだか、戦っている方が"兄さんらしい"よ。それに日の下にいようが闇の中にいようが、何か事を起こすのはいつも"人間"だよ。だから斥候員でいる兄さんが、兄さんが言う所の"人間らしい"ということさ。ああ、そうそう、"大佐"には俺から伝えとくよ。実はここに入れたのも、あの人の手配によるものなんだよね。でも牢の鍵までは貸してくれないから、ここは自分で開けたけど」

 さも可笑しそうにユーゴーの言葉を返すジュウロウ、その言葉の最後にユーゴーは愕然とし全身の力が抜けたように肩を落とす。

「え? 何だって!? ……ああ、まぁいいや。しかしその策謀と減らず口は相変わらずだな、それこそ"お前らしい"よ。ああもう、何か疲れた。俺はもう寝るからお前も帰れ」

 そう言うとユーゴーは、ベッドに横たわり頭からシーツを被ってしまった。

「うん、じゃあまた明日。おやすみ~」

 ジュウロウは最後まであっけらかんとした態度を崩さず、入ってきたときと同じ様に音も無く出て行った。出た時には鍵もきちんとかけて。


 2ダイ後の昼下がり、面会人が一人ユーゴーの元を訪れた。"大佐"だった。

 "大佐"はユーゴーが面会室に入って席に着くと、おもむろに口を開く。その声には一切の感情が入っていなかった。

「話は聞いた。最終確認だ、好きな方を取れ」

 そう言うと"大佐"は、懐から2つの品を取り出しユーゴーに見せた。

 一つは足枷、小さいからおそらくスケールダウンされたレプリカだろう。と思ったら、両手の親指に嵌める指枷らしい。

 もう一つは革と布でできた輪で、腕輪にするには大きく、首輪なら首に嵌めるために外す継ぎ目が無かった。

 一瞬、何が言いたいんだろうとユーゴーは思ったが、輪の方に見覚えがあったので"大佐"の言葉通り、刑に服すか猟犬になるかの選択だと理解した。



 ちなみにあの輪は正式名称を"契約(カラー)( オブ )首輪(コントラクト)"といい、対になる"契約書"と呼ばれる呪術を掛けた紙とセットで用いる。

 主に諸事情で牢の外へ出さなければならなくなった犯罪者や、負債を抱えたまま逃げようとした債務者に使われていて、"契約書"を持っているものならその者達がどこに隠れようとも書が所在を教えてくれ、また書を燃やすことで首輪から炎が噴出し付けた者を処分することができた。

 また"契約書"の所持者以外が書を破る、もしくは無理に首輪を外そうとした場合も炎が噴き出すようになっている。

 だから一度嵌めた首輪は、"契約書"に記された刑期を終えるか負債額を返済するか、あと書を持つ者が自分の意思で破いたときのみにしか外れない。

 あと"契約書"にはあまり細々した事は書けないが、刑期や負債額の他に幾つか禁則事項を加えることができ、それによって装着者がさらなる不法行為に手を染めないよう抑制することもできた。

 故にこの首輪の事を"隷属(カラー)( オブ )首輪(サブオーディネイト)"や"猟犬(カラー)( オブ )首輪(ハウンド)"と揶揄する者もいるとか。



 そしてユーゴーは、迷うことなく"首輪"を指差した。

 ユーゴーの選択に、"大佐"は後に立っている看守に首輪を渡す。

 渡された看守は一旦部屋を出て、ユーゴーの側へ回りそこの看守へ首輪を渡し部屋を出た。

 その首輪がユーゴーに渡されると、彼は何の躊躇も無く首に当てる。

 すると継ぎ目も見えないそれは、吸い込まれるようにユーゴーの首に嵌まりこみ、そして消えた。

 この首輪は犯罪者の更生にも使われるため、"契約書"の所持者と他の装着者以外には見えなくなるのだった。


 ユーゴーが首輪を嵌めるのをじっと見ていた"大佐"は、彼が嵌め終えたのを見て懐から"契約書"を出して彼に見せながら告げる。

「ユーゴー・ドラゴネスト、お前にはこれより私が指揮するチームのリーダーになってもらう。メンバーの人選はお前に一任する。こちらから紹介することもあるが、それは別に断ってもよい。お前の刑期は50イーズ(年)、何もしなくても期間が過ぎればお前は釈放されるが、軍務を果たせばその成果によって期間が短縮される。ただし短縮分についてはこちらで判断する、異議は認めない。指示には最優先で従え、でなければ即処分する。他に聞きたいことはあるか? 無ければ明日の昼、私の執務室に出頭しろ」

「了解しました、"大佐"どの」

 ユーゴーは"大佐"の態度・言動から全く人間性を感じなかったため、感情の揺らぎを誘うように少しおどけて言ったのだが、"大佐"はそれを全く無視し部屋を出て行った。


 それから数ダイ後、ユーゴーとメンバー達は後に"ドラグネット"となる場所にて合流、かくしてチーム"サイレントスニーカー"が結成されたのだった。





 そして時は現在に戻る。


 一触即発の状態で向かい合う2人だったが、先程とは逆に今度はユーゴーの方が余裕があるというか、冷静な感じだった。

「だったらどうだってんだ!? 今更許しを乞うつもりか? ええ!?」

「いや、そんなつもりは毛頭ない。それに許すも何も、俺はお前に嘘は言ってないからな。もう一つ言えば俺だって一応はこの国の国民だ、殿下からの頼みをあからさまに突っぱねるわけにはいかんだろうが。でもさすがにいくら殿下の頼みでも聞けるものじゃなかったから、どっちとも取れる言い方をして使者を追い返したけどな」

「ふん、どうだかなっ!!」

 激昂するシャリアに努めて冷静に話すユーゴー、しかしさすがにそれで納得してくれるほど根は浅くなかった。

「別に今更信じてもらおうとは思っちゃいないさ。だから、あの時の技で勝つ事がお前への唯一の償いだ」

「なんだとっ!? ……わかった、ならやってみせてもらおうか。ただし今度はわざと急所を外すマネはしねぇ、完全に葬り去ってやる!」

 言葉ではもはやどうにもならないと感じたユーゴーは、シャリアに対し挑発めいた感じで勝つことを宣言。

 それを受けたシャリアは、更なる怒りに顔を歪めユーゴーに斬りかかる。


 三度始まった彼らの戦いだったが、ユーゴーは先程からのダメージが尾を引いているのか今一つ動きに精彩が無く、シャリアはシャリアで怒りによって力任せに斬りつける感じになってしまい先程までの鋭さが薄れているため周りからは互角なものに見えていた。

「ふん、まだそこそこは動けるようだな。だが、それもいつまで持つかな?」

「くっ!」

 シャリアの攻撃はとにかく相手をねじ伏せようという動きで、ユーゴーからすれば受けるも避けるもそれほど難しいものではなく致命的な隙を見せた時もあった。

 しかし、今回の件の重要な鍵を握るシャリアを殺すわけにもいかず、かといって殺さずに取り押さえるには体力的な不安があって結局防戦一方となり、ただでさえダメージを受けて限界に近いユーゴーからさらに体力を削っていく。


「オラオラ、どうしたどうした! 俺を倒すんじゃなかったのか? それともあれはハッタリか!?」

 シャリアは力任せにぶつけまくった所為で少しスッキリしたのか、多少なりと冷静さを取り戻しその挑発も先ほどと同じような上から目線のものに戻っていた。

 シャリアが調子を戻してきた事で戦いの天秤が彼に傾きかけ、ユーゴーの中に焦りが生じる。

 その焦りが微妙に判断力を鈍らせ、ユーゴーの腕や太もも辺りに薄皮一枚程度だが血の筋が増えていった。

「やっぱお前じゃあ、俺には勝てねぇんだよ! やせ我慢せずにさっさと倒れちまいな!!」

 調子を取り戻したことで攻め方に隙がなくなってきたシャリアに、すり足とも言えぬ微妙な足捌きで間合いを取ろうとするユーゴー。

 しかしシャリアにはその程度の事はお見通しで、ユーゴーが間合いを外すごとに外れた分を埋めるように詰めてきた。

「"小波(さざなみ)"とはしゃらくせぇ真似してくれるじゃねぇか、だがそんなもんで俺を出し抜こうなんざちゃんちゃらおかしいぜ」



 "小波"とはドラゴネスト流において、ほとんど足を動かさずに素早く移動する歩法である。

 移動距離は長くても1歩につき3セラ程度だが、足を動かさないため相手は移動していることに気付かずに間合いを外されているという、一見地味だが間合いが重要な斬り合いにおいて特に効果を発揮する。

 ちなみに他の流派にも同じ動きをする歩法はあるが、流派によって名前が違う。



 ユーゴーはシャリアに足捌きを読まれるも、変わらず"小波"で斬撃を避け続ける。さすがに蹴りできたときは、普通にステップアウトするなり受け流すなりしていたが。

「おいおい、いくら打つ手が無いからって逃げ回ってばっかでどうするよ。それとも、このまま体力切れするまで逃げようってのか、よっ!」

 シャリアが挑発しても変わらず"小波"で避け続けるユーゴーに、彼は"小波"の移動距離を見越してその分を深く踏み込み斬りつける。

 しかし、シャリアが振る刃の軌道上に既にユーゴーは無く、そこから20セラほど後方にユーゴーはいたが、その姿も見えたと同時に掻き消えた。

「何っ、"瞬移"だと!? ……ぐあっ!」

 次にユーゴーを確認した瞬間、シャリアは胸に衝撃を受け3リム(m)ほど飛ばされ、彼が地面に落ちると同時くらいに、ユーゴーが彼から5リム離れた場所に降り立った(・・・・・)


 実はユーゴが使ったのは"瞬移"ではなく極短距離の"瞬転"で、シャリアを"小波"では逃げ切れない距離まで踏み込ませて最初の"瞬移"で斬撃をかわし、即反転してシャリアの懐へ入り込む。

 そして入り込んだと同時で飛びつくようにシャリアの両肩を掴み、そのまま飛び上がると足を彼の胸に乗せて一気に蹴り、後方へと文字通り飛び退(すさ)ったのだった。


 しかし相手が倒れているという捕縛には絶好の機会にもかかわらず、ユーゴーはその場から動かなかった。

 というより動けなかったのだろう、ユーゴーの左脹脛(ふくらはぎ)から血が流れていた。

 おそらく、飛び退くためにシャリアの肩から手を離した際に斬られたのだろう。

 わずかに顔をしかめながら装備の中にある布で傷口を縛るユーゴー、どうやらすぐに動けないほどには傷が深いようで彼の表情にかすかな焦りも見えていた。

 傷のカバーにそれほど時間が掛かったわけではないのだが、それが終わらぬうちにシャリアがゆっくりと起き上がりユーゴーの焦りが現実となった。


「……ゴフッ。フ、フフフ、やるじゃねぇか、ユーゴー。"小波"が誘い水とはよ。だが、その足じゃ満足に動けねぇだろ、これで最後にしてやる」

 シャリアは軽く咳き込むがそれもすぐに止み、息を整えつつ短刀を前に構えてゆっくりとユーゴーに近付いていく。

 しかしユーゴーは傷の所為もあるのか、その場から動かず緊張の面持ちでシャリアを見つめていた。

 やがて"瞬移"の射程に入るとシャリアは、足を止めて短刀を肩の高さで構える。

「この足ではチャンスは一度きりか……。ぶっつけだがアレを試すしかないな……」

 その構えを見たユーゴーは声に出さずに呟き、何を思ったのか持っていた短刀を腰の鞘に戻して左半身に構え、さらに目を閉じた。





「ユーゴー……」

 ユーゴーの取った構えに不安を感じ、思わず彼の名を呟くメイベル。

 彼女が呟いた直後、誰かが後ろから彼女の肩を軽く叩く。

「ロックハマー……」

「メイベル、気持ちは分かるがユーゴーを信じるといったのはお前だろう。だったら最後まで見てやることだ。だがアイツは負けんさ、お前が言った通りこの国一番の"負けず嫌い"だからな。それにアイツの隣に居続けるのなら、こんなことはこれから何度も起きる。その度に憂いていてはお前が潰れるぞ」

 ロックハマーの言葉にハッとして振り向くメイベル、その先にある顔は厳しい表情をしていたが目は優しい光を放っていた。

「そうね、あなたの言うとおりだわ。私ももっと強くならなきゃね。ありがとう」

「別に礼を言われるほどじゃない。俺達はチームで互いに命を預けているんだ、互いに支え合うというのもまたチームというものだろう」

 ロックハマーは言うだけ言うと、メイベルとの話を強引に終わらせるかのように視線をユーゴーに移し、メイベルもそれにつられるようにユーゴーへと再び目を向けた。


 メイベル達から少し離れた場所に、アランとバンゴがいた。

 彼らはユーゴーが敗れた時のメイベル達との連携を考え、シャリアがどちらに意識を向けてもどちらかが彼の死角になるような位置にいた。

「おいバンゴ、アイツ刀を納めちまったぞ、おまけに目を閉じて。アイツは一体何をする気なんだ?」

「基本的にあの構えは相手の攻撃を受ける、もしくは捌くものなんだが、目を瞑るというのはあまりしない。おそらくはあの連続突きに幻惑されないためだと思うが……」

 バンゴの見立てにユーゴーの方へ目を向けながらなるほどと頷くアラン、それからメイベル達の方へ目を向けた瞬間彼はニヤリとしてバンゴへ極小さい声で話しかける。

「おいバンゴ、ちょっと(ねえ)さんの方を見てみろよ」

「ん、彼女がどうかしたのか?」

 バンゴはアランに言われてメイベルを見るものの、彼が何を言いたいのか今一つ分からなかった。

「分からねぇか? 今の姐さんは"仲間"を心配するものじゃねぇ、"恋人"を心配するような顔をしてるぜ。でも先ほどの戦いを見てると、相手の方はそこまで想っていないような気がするがな」

「む、そう言われればそんな感じだが……。にしても長年相棒をしてきたが、他人の色恋沙汰を気にするとは意外だったな……」

 相棒の観察眼に少し感心するものの、バンゴの口から洩れ出た呟きは殆ど"呆れ"で構成されていた。


 アラン達からさらに離れた場所、広場と森の際にアーガイルとカールがいて、やり残した元"薬物投与者"の拘束と万一のために撤収準備を進めていた。

 もっともカールは意識は回復したものの体はそういうわけにもいかず、大きな木に寄りかかってい休んでいて殆どの作業をアーガイルがしていたが。

「すまないな、アーガイル」

「いいよ、別に気にしてないから。それにカールを放って逃げたのは俺だしね……」

「おいおい、それこそ気にするな、だ。逃げるよう指示を出したのは俺だ。それにあの時はあの手帳を持ち帰る事を優先するべきと思ったしな」

「そう言ってくれると助かるよ。ん、どしたの、カール?」

 アーガイルは作業をしながら喋っていたので特にカールの顔を見ておらず、いきなり会話が途切れたことを訝しがりのカールの方を向くと彼は構えを取ったユーゴーを凝視していて、声を掛けられたのも気付いていないようだった。

「お~い、カール。さっきからユーゴーの方をじっと見てるけど、あっちになんかあったのかい?」

 ユーゴーがずっと押され気味なことはアーガイルも分かっていたので、さらに状況が悪化、もしくは変化があったのかを聞く。

「ああ、悪い、アーガイル。別にそこまでの事はないよ、ただこっちもまだろくに動けないからユーゴーの方をじっと見てただけだよ。さて、いいかげん俺も動かないとな……」

 そう言うとカールは、まだ身体の節々が痛むのか少し顔をしかめつつ立ち上がる。

「ユーゴーよぉ、お前こんなとこでアレを出すってかぁ? 下手すりゃ今度こそ本当に死ぬぞ、おい」

 立ち上がったカールはちらりとユーゴーの方を見て、声に出さずに呟いた。





 目を閉じた瞬間にユーゴーの脳裏に浮かんだのは、目の前のシャリアではなく少年時代の彼とカールだった。

 彼らは住んでいる場所が隣同士で同い年だったので、出会ってからすぐに意気投合して友達となった。

 そしていつしかカールも斥候術に興味を持ち、ユーゴーと一緒に修練をするようになる。

 ちなみにカールが習ったのは一般向けの技(体術・棒術)のみで、いくら跡取り息子(ユーゴー)(その時点では)の友達とはいえ斥候術の本分である裏の技(穏行術、暗殺術、薬術など)はドラゴネスト流の掟により教えられなかった。

 まぁ、当時裏の顔を知らなかったカールにしてみれば、どちらでもいい話ではあったが。

 実のところ穏行術だけは、危険を避けやすくなるということでユーゴーが師範たちに内緒で手解きをしていたが、この事について実は頭領であるミツヨシも了承していた。


 そんなある日、道場でユーゴーとカールが3リムの間を空けて向き合っていて、ユーゴーが素手でカールが棒を持っていた。

 自分が武器を持ち相手が素手だという事に、困惑したカールがユーゴーに尋ねる。

「おい、ユーゴー。棒術の自主練をするって言うから棒を出したのに、何でお前が素手なんだ?」

「いいじゃん別に、俺は俺で試したい技があるだけなんだからよ」

「わかった。けど、何をするつもりかだけ教えてくれ。それならこのまま始めてもいいよ」

「え~っ!? 言わないとダメかぁ……? う~ん、しょうがねぇなぁ、誰にも言わないっていうなら教えてやるよ。んじゃこっちに来てくれ」

 近寄ってきたカールに、ユーゴーは渋々といった感じ耳打ちする。

「実は"蔵"に……、載ってた……で、……する技なん……、面白そ……と思って」

「え~っ! そんなことできるの、ユーゴー!? ってか、"蔵"に勝手に入って怒られない?」

 耳打ちされた言葉に驚いて声を上げてしまうカールに、"声が大きい"とばかりに押さえるように掌を上下するユーゴー。

「ああ、ごめん……。でもまぁ聞いちゃった以上しょうがないね。じゃ、ちゃっちゃとやろうか」

 声を上げてしまったことで少々不機嫌になったユーゴーを見つつ、カールは半ば諦めた様子でさっき立っていた場所へ戻っていった。


 その日の夜、自室にてカールの攻撃を受けた箇所に薬を塗っていたところ、住み込みの門人にミツヨシから道場に来るようにとの伝言を受ける。

 伝言を受けた時のユーゴーはもの凄く嫌そうな顔をしていた。なぜならミツヨシが道場へ呼び出しを掛ける際は大抵叱責やお小言が待っていたからである。

「失礼します。何用でしょうか、"師匠"」

 恐る恐るといった感じでユーゴーが道場に入ると、ミツヨシはいつも座る師範の席ではなく、道場の中央に目を閉じて厳しい表情で正座していた。

 ちなみにここでユーゴーがミツヨシを"師匠"と呼ぶのは、門人として道場に入る以上彼らは"親"と"子"ではなく"師"と"弟子"になるからである。

「うむ、そこに座れ」

 目を閉じたままミツヨシが指差す場所には、彼が下にしていると同じ座布団が敷かれていた。


 ミツヨシから1リムほど離れた場所に敷かれた座布団へ腰を下し、彼と同じ様に正座するユーゴーだったがその顔は処罰を待つ罪人の様に真っ青だった。

 目を閉じていてもユーゴーが座ったのが分かったのか、彼が正座した瞬間ミツヨシが表情はそのままで目を開き開口一番。

「昼間の修練は見ていた……」

 話を続けようとするミツヨシを遮るように、ユーゴーがいきなり両手を突いた。

「ごめんなさいっ! もう"蔵"へは入りませんっ!!」


 ちなみに"蔵"とは、ドラゴネスト流が東州(あずまのくに)にいた時から今までに得てきた技や兵法の書を収めている場所であり部門ごとに存在するが、その部門の師から認められた者であるならそれに応じた"蔵"へ入ることができる。

 しかしユーゴーはまだその資格を得ていないのでどの"蔵"にも入れなかったが、強くなりたい気持ちが先走り、自身が得意とする体術全般の"蔵"に忍び込んで書を見たのだった。


 呆気にとられるミツヨシに"ごめんなさい、ごめんなさい"と謝罪を続けるユーゴー、息子のそんな様子に彼は表情を少し緩めポツリと呟いてからユーゴーに声を掛ける。

「そうか、やはりあの技は"蔵"の文書(もんじょ)の……。頭を上げろ、ユーゴー。お前が"蔵"に入ったことは、今は咎めん。それで先程言いかけた続きだが、あれではいくらやっても傷が増えるだけだ。いくら書を見ても、技の本質を掴まなければ意味は無いし最悪命にも係わる」

 ミツヨシが一旦話を止めてユーゴーを見ると、先ほどまで見せていた怯えはどこへやら、真剣な表情で彼の話に聞き入っていた。

「ふむ、熱意だけはあるようだな。残念だがここで極意を話す事はできん、と言うよりこの技は口で言われただけ、書を見ただけでは掴めるものではないからだ。文書を読んだお前には、あの技の項が他のものに比べかなり少ないことに気付いただろう。あの技を修めるに必要な事は構えや体捌きじゃない、そこに書かれたたった一言こそが重要なのだ」

「"耳で視ろ、身体で聞け、そして息を合わせろ"だったかな……」

「そうだ」

 ミツヨシはユーゴーの答えに大きく頷き、表情を師が弟子に向けるそれから親が子を見るものに変えた。


「しかしまぁ早く強くなりたいのは分かるが、もうちょっとジュウロウ程とは言わんが落ち着きを持ってほしいもんだがなぁ……。"蔵"に忍び込むなんて、変なとこばっかり俺に似やがる」

「そりゃぁ、父さんの息子だからね、しょうがないよ」

「なんだと、この野郎~っ」

「うわぁ、虐待親父だぁ~」

 などとしばし親子の会話(軽く肉体言語も使用)を続けた後、またミツヨシが不意にまた"師匠"の顔に戻りユーゴーに告げる。

「さて話は以上だがユーゴー、お前には"蔵"に勝手に入った事を咎めないとは言ったが、掟を破った罰を受けなければならん。明日の早朝から1マース(月)の間、毎日この道場を朝の修練が始まる前に一人で雑巾掛けすること。その間1ダイも休むことはならんし、遅れることも許さん。もし1回でもそうなれば、1ダイずつ期間が増えるからそのつもりでな」

「え~~~~っ!」

 与えられた罰にユーゴーが抗議の声を上げるが、ミツヨシはそんな彼を尻目に道場を出て行く。

 しかしミツヨシが道場から出る戸に手を掛けた時、不意に振り向いてまだ座って不満顔をしていたユーゴーに親の顔で言った。

「ユーゴー、お前はたかがと思うかも知れんが、それぞれの"蔵"には下手に扱えば命を落としても不思議じゃない技が書かれた文書もあるんだ。お前がやろうとしていたアレだってそうだ。だから道場の雑巾掛けで済んだだけよしとするんだな。それと、座布団も片付けておけよ。じゃあな」

 ミツヨシは言うだけいうと、今度こそ出て行った。


 余談だが、実は"蔵"の中でもう一つ書から技を読み覚えていて、それこそが"闘技祭"でユーゴーが使おうとした技だったのだが、技の内容が内容だけにカールに練習台になってくれとは言えず密かに型のみを練習していた。

 その所為かミツヨシにはカールと練習した技についてのみ言われ、もう一つの技については全く言われなかった。


「"耳で視ろ"? ん、こうか? そんなんじゃ全然見えねぇって! うがぁ~、一体どうすりゃいいってんだよぉ!!」

 ミツヨシが出て行った後もユーゴーは一人道場の真ん中で座り込み、技の会得へと至る言葉に頭を悩ませていた。

 それからしばらく言葉の意味を考えながらカールとの練習に明け暮れたが、一向に手がかりすら掴めずまた他に覚えるべきこともあったため、この言葉は文字通り頭の隅に追いやられ次第にこの技を練習しなくなっていき、いつしかその技そのものが記憶の隅へと追いやられていったのだった。


 しかし少年期のカールとの自主練、坑道での修業、そして書の言葉と、ユーゴーの中で今、それらが合わさり一つの技へと昇華した。





「何考えてんだ? あいつは……」

 シャリアは短刀を構えつつ、声に出さず呟く。

 彼はユーゴーがどんな策を講じようが、それごと突き破るつもりだった。しかし仕掛ける寸前、ユーゴーの構えに何故か背筋に寒気を感じ構えを崩さずに足を止めた。

 ユーゴーの構えは確かに攻撃ではなく防御に徹したものであるのは分かるのだが、敵の目の前で目を閉じる理由が分からなかった。

 たがユーゴーが目を閉じた瞬間、シャリアは彼の中の気が異常に高まっていく事を感じるのと同時に、彼の体の中で抑えきれなかったであろう気が彼の周りで陽炎のようにゆらめくのを見た。

 それはあたかも地獄へ(いざな)う死神の手のように見え、気付かず突っ込めば地獄に引きずりこまれるようにシャリアは感じた。

「……この期に及んで悪あがきを」

 シャリアがポツリと呟く。しかしそれは、ユーゴーに聞かせるというより己を鼓舞するためのものだった。

 シャリアもまた"陽炎"を突き破るべく、構えた短刀の切っ先に気を集中し始める。

 2人の高まる気はそれぞれにある種の"(フィールド)"を形成し、戦いを見守る者達はこの状況に息を呑んだ。

 そして互いの"場"が膨れ上がり、それぞれが触れ合うかどうかの間合いに至った瞬間シャリアが動く。

 彼の姿がいきなり掻き消えユーゴーのすぐ前に出現、2人の間で炎が煌き、百雷が一時に落ちたような破裂音が響いた。


 それから何度か炎と雷鳴が交錯したのち、シャリアが後方へと飛び退(すさ)る。

 その姿は次の攻撃への繋ぎというより、とにかく間合いを外して体勢を立て直そうとするものに見えた。

(なんだありゃ、俺の刃を全部弾きやがった。それもこちらの動きを全て見切ったように一切の遅滞も無く合わせてきやがって、まるで鏡に映った自分を相手にしているようだったぜ……)

 シャリアは自分の攻撃が全て弾かれたことに驚きを禁じ得なかったが、何とか表情に出さずに心の中で呟いた。

 とそこへユーゴーがシャリアの思いを読んだかのような呟きが聞こえ、その声はポツリとしたものだったが、なぜかしっかりと彼の耳に届いていた。

「ドラゴネスト流斥候術 拳技 絶招"鏡弾(かがみはじ)き"……」

「"鏡弾き"、だと……?」

 さすがのシャリアも、今度ばかりは感情を表に出して呟いてしまっていた。



 "鏡弾き"とは、武器を持った者に素手で対抗するための技の一つで、主に路地の行き止まりなどの狭く逃げ道がない場所での防御、"雷突"や"瞬転刺突・六連"などの目だけでは追いきれない攻撃を捌くための技である。

 相手の呼吸から"気"の流れを読み相手と"気"を同調させ、身体を動かしたときに生じる音や空気の流れを聴覚や触覚で感知することで相手の動きを読み、相手の攻撃をほぼ完全に捌く。

 この技を極めた者は意識しなくても対峙するだけで相手の"気"の流れを読み取り、周りを全て敵に囲まれた状態であっても一筋の傷すら受けず攻撃を全て捌ききった、という逸話もあるらしい。

 しかしこの技を行使するには通常の斥候員以上の反応速度が不可欠となり、また会得には本人の資質も大きく影響するため、資質を持たないものが得ようとするならば死ぬほどの修行が必要とされる。

 そしてその効果は絶大で、打撃力が無い技ではあるものの"絶招"を冠されているのはそれが所以である。

 さらにこの技を記した書にも概要みたいなものしか書かれておらず、会得しようとにもその概要を読んだ者の感覚に頼るしかないため明確な修行法がない。

 それ故に会得できた者も殆どおらず、"幻の絶招"とも呼ばれている。



「ふ、ははははは! なかなかにシャレたモン持ってるじゃねぇか、ユーゴー! だがよ、それだけじゃ俺は倒せないぜ。どうせまだ何かあるんだろ? だったら見せてみろ!」

 驚いた顔をしていたシャリアだったが、すぐに笑い声を上げユーゴーに対して挑発めいた言葉を口にする。しかしその口調は、面白いものを見せられた子供のようにどこか楽しげだった。

 ユーゴーは"鏡弾き"でさらに体力を消耗したのだろう先程よりも疲労の色が濃くなっていたが、シャリアの言葉にニッと笑って不敵に答える。

「……へっ、言ってくれるじゃないか。だが、見た後で後悔しても遅いぜ」


 次の瞬間ユーゴーの姿が掻き消え、シャリアとの間で炎に彩られた刃と刃が煌いた。


「おいおい、また"影断ち"かよ。バカの一つ覚えみたいに出しやがって、それだけしかねぇのかよ! もっと他にもあるんだろ? だったらそれを見せてみろよ!!」

 ユーゴーが"鏡弾き"の後に追撃をしなかったことで、また自分の知らない技を出してくると期待していたシャリアだったが、繰り出されたのが"影断ち"だったことで少しイラついた表情になっていった。

 しかし先程の"小波"の事があったからか自分からは踏み込まず、シャリアは自然体で立ったままほぼ腕だけでユーゴーの攻撃を凌いでいた。

「そう言うなって。俺が追い討ちしなかったことで、まだ何かあると思ってんだろ? だったらもうちょっと待ってろよ」

 "影断ち"を繰り返しつつ、ユーゴーは殊更に軽い口調で告げる。

「へえ、そうかい。それがホントならさっさと見せろよ。あるかないかのものに付き合うほど、俺はヒマじゃ無いからな。……ん?」

 ユーゴーの言葉に対して彼と同じように軽く返すシャリアだったが、彼の繰り出す攻撃にどこか違和感を感じていた。

 実はユーゴーが繰り出していたのは"影断ち"ではなく、瞬移ついでに斬りつけることで"影断ち"と錯覚させていたのだった。

 そして先程までほぼ腕の動きだけで攻撃を捌いていたのが、いつの間にか一歩下がって体全体で捌くようになっていた事にシャリアはまだ気付いていなかった。


「何だ? まさか、俺が押されてる? いつの間に……!」

 攻撃をあしらっているつもりがいつの間にか本気で捌いていて、且つそれが遅れ気味になっていたことに気付いたシャリアだったが、そうなった事に対する驚きと自分に対する苛立ちを相手に気取られぬよう抑えつつ呟いた。

「気付いたか……。だが、別段お前に何かしたわけじゃない。これが真の"影断ち"だ……」

「何っ! 真の"影断ち"だとっ!」

 シャリアの呟きを聞いたのか、ユーゴーが何の感情も無くただポツリと告げる。

 そしてその言葉に、シャリアの目が今度こそ驚愕に見開かれた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 おそらく次話が"サイレントスニーカー"の最終話となると思います。

 次話は今話よりも早く出すつもりではありますが、もしもの場合もございますので気長に待っていただけると助かります。

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