第六話『伯爵の崇高なる考え』
まだ伯爵は帰らない。
――展覧会まで、あと三日。
まだ伯爵に会えない。
――展覧会まで、あと二日。
まだ伯爵は屋敷に戻らない。
――展覧会まで、あと一日……。
ついに、ついに今日、伯爵が戻ってきた。
玄関にいたメイドが私まで知らせてくれたので、急いで出迎えに向かった。
しかし、最初は誰もそれが伯爵だとは気づかなかった。
写真ではかなり豊満な肉体のはずだったが、今帰ってきた彼の体はガリガリに痩せていた。
――いや、やつれていた。
服には皺が寄り、髪も乱れている。
頬もこけており、まるで何日もまともに休んでいないようだった。
それなのに――。
「ただいま」
伯爵は、まるで数時間ほど外出していただけかのように笑った。
「旦那様! 一体どこをほっつき歩いていたんですか! 屋敷にいる全員に心配されてたのですぞ!」
サイコスらしく叱る。
伯爵は少し申し訳なさそうな顔をした。
「それは悪かったな。皆にも心配をかけてしまったようだ」
そう言って、周囲にいる使用人たちを見渡す。
「留守の間、何か問題はなかったか?」
……それは使用人の方が聞きたいと思うが。
それよりも――。
一体、何をしていたんだ?
あれほどまでに、やつれるなんて……。
そんなことを考えていると、伯爵がこちらを見る。
そして、目を見開いた。
「特にお前には心配をかけたようだな。
サイ……コス?」
疑問系で名前を呼ばれた。
まさか?
いや、考えすぎだろう。
「展覧会の準備をしていたんだ。皆にまだ見せるわけにはいかないからな」
伯爵はそう言って、少しだけ顔を曇らせた。
「……本当は、誰にも見せたくないんだがな。
無力な俺を許して欲しい……」
無力?
それに、そこまで徹底的に隠すのか……?
その絵とは一体なんなんだろうか……。
そう怪訝に思っていると、
「いや、本来皆にまだ見せる気はなかったんだが、サイコス……キミには手伝ってもらいたい」
伯爵はそう言って、私を見る。
「ついてきてくれ。会場へ向かおう」
渡りに船というやつだろうか。
しかし、なぜ私にだけ……?
やはり気づいているのか?
「はぁ。手伝うのはいいのですが、他の使用人も呼ばなくていいのですかな?」
「あぁ、問題ない。とにかく来てくれ」
そう言って、伯爵は歩き出した。
*
会場は領土内の、そこそこ大きいホールらしい。
「あの絵を取りに行くために少し遠出をしていたものでね。そのまま泊まりで、展示物の配置などを調整していたんだ」
一人で?
どうしてそうまで……。
なんて疑問を持ちながらも、促されるままにホールへ入る。
ホール内には大小様々な部屋があり、あちこちに骨董品が置かれていた。
伯爵はそれらを一つ一つ眺めながら、どこか嬉しそうにしている。
……なるほど。
資料にも書いてあったが、本当に骨董品が好きらしい。
「それで、私は何を手伝えばいいのですかな?」
伯爵は目を細める。
茶色の目が、こちらをじっと見つめる。
「あぁ、そういえばそんな口実だったな」
……?
「口実とはどうい――」
「それで? キミは誰だ?」




